寮生はプリンセスがお好き10章29_悪魔のささやき

──こんな遅くにごめんなさい…

動揺している様子をより鮮明にするため、上着も着ずにエントランスまで出てきたアン。
さすがに肌寒いがそれもか弱さを強調するためだ。
自分で自分を両腕で抱きしめるようにすれば、紳士なユーシスはきっと
──大丈夫だよ。それより寒いだろう?これを着て?
と、上着を脱いで着させてくれるはずだ。

そうして羽織る上着は当然温かいがアンには大きくて、アンを儚げに見せて庇護欲を刺激するだろう。

夜の闇に紛れるようにシャマシューク学園の制服である黒い燕尾服の上に黒いマントを羽織ってきたユーシスは、アンの姿を認めると少し驚いたように目を丸くして、そのあとにこりと優雅な笑みを浮かべた。

──いや、遅くなってごめん。ちょっとカインを騙して来たから。
と、彼はちょいちょいとアンに向かって手招きをする。

そうしてアンを人目につかないところまで誘導すると、やはり当たり前にマントを脱いで羽織らせてくれた。

そんな行動は予想通りなものの、ユーシスのさきほどの発言はかなり気になる。
カインを騙して来た?
ということは…ユーシスとカインの間に意見の相違があるということで……(これって、もしかしてどちらかの洗脳がまた解けたってこと??)とアンは内心青ざめる。

しかしそこでユーシスから出てきたのは
──アンさ、なんか俺らに催眠術みたいなもの?かけたでしょ
と言うものだった。

ひぃぃ~!!!とアンは焦るが、ユーシスは特に怒った様子もなく、なんだか楽しそうだ。
わたわたと焦るアンを見下ろしてクスクスと笑うと、
「ああ、別に俺は元々気づいてたしそれに怒ってるわけじゃないから気にしないでいいよ?」
とぱちんとウィンクをして見せる。

「…え??」
意外な言葉にぽか~んとユーシスを見上げるアン。
そんな彼女にユーシスは言った。

「正確にはさ、アンに会った時に急に度を越えた好意を感じて自分が取った行動に違和感を覚えたんだ。
それでこれはただの一目惚れじゃないんだろうなと…」
「…どういうこと?」
「俺はカインみたいに素直な性格はしていないからね。
君に一生添い遂げたいレベルの好意を感じたとしたら、君に即直接的に感情を向けるんじゃなくて、まず自分の価値を高めて選んでもらえるように、まず社会的に認められる人間になろうと画策するような人間なんだよ。
だから学園のルールをガン無視でプリンセスの紅茶を君に差し出すのがありえない」
「ええ???」

そんなところからバレたのか…と思うと、ユーシスと言う人物の奥の深さにとにかく驚いた。
そうしてひとしきり驚いたあとに思う。
まずい…騙せない…終わった…と。

しかしそんなアンの脳内も当然察しているらしく、ユーシスは
「だから怒ってるわけじゃないって言ってるよね?」
と、軽くアンの額を小突いて見せた。

「…でも……」
「その証拠に今カインを抑えてるでしょ?
カインはね、軍曹に言われて洗脳が解けて絶賛ブチ切れ中だった。
でもまあ安心していいよ。
とりあえずアンは脅されて洗脳したことになってるから」
「……それは…?」
「俺は気づいているけど、解けてない」
「え???」
「理性で自分が薬物か何かで君に好意を持っているんだろうと理解はしているけど、感情的には好意を持っている。
軍曹に言えば解いてもらえるのかもしれないけど…まあ、必要ないかな。
俺にとってはアンの背後の組織の後ろ盾がとても有用だから。
このレベルで他人を洗脳できる力があれば、俺は自分の価値を高めて軍曹やカインを超えるために同性の中学生にかしづくしかない生活から抜けさせるし、高い地位を築ける。
ついでに…どうしても理性が邪魔をして誰かに無条件の恋情を向けるっていうことが出来ずにいたんだけど、それが人為的なものだったとしても恋をするって言うのはなかなか楽しいから、まあこのままでも悪くはないかなってね。
…どうかな?」

非情に良い笑顔で言われてアンは戸惑った。
つまり…操られた恋心だったとしても、それが楽しければ良いと言うことか…。

理想は逆ハーでメインはギルベルトの予定だった。
…が、ユーシスの言葉からも…そして実際の状況からもわかるが、ギルベルトには何故か洗脳が効かないどころか、逆に洗脳を解かれてしまうらしい。
そうなると逆ハーどころか一人も手に入れることは出来ないだろう。

それなら自分が操られていても楽しいと言うユーシスを選ぶのが唯一の正解だ。
人為的に作られた恋心だが、解けてしまうならまた薬を使えばいい。
本人もそれを望んでいるわけなのだから、何も問題はない。

「…私…頼れる恋人が欲しかっただけなの。
もしあなたが居てくれるならそれでいい…」

そう言ってその手にすがると、なんとするりとかわされた。

え?ええ??そういう流れじゃないの??
意味がわからない!と呆然とするアンにユーシスはまたくすくすと笑う。

「ああ、ごめん。
俺が表に出るとカインあたりにバレるからね。
君に好意を持っている協力者までかな。
恋人ということなら、ロディあたりが良いと思うよ?
彼は…薬の影響もあるけど、たぶんアンみたいな女性がタイプだから。
で、俺には効率的に協力するために君の事情とか背後の団体とかを教えて欲しい」

なんだか微妙に振られたのか?と思わないでもないのだが、善意は持ってくれているらしいし、完全に薬の影響で全く心のない恋情よりは、確かに元々自分のようなタイプが好みだと言うのならロディの方がいいのかもしれない。

洗脳と言う作戦が失敗した今、アンだってJSコーポレーションに対してなんらかの成果を見せないとならないし、それなら事情を知ってなお味方をしてくれるらしい相手を作ったというのは、そちら方面に対してもいいことかもしれない。

「ええ、わかったわ。
とりあえず担当者に連絡をとるわ」

敗因は高校生を舐めていたことか…それともアン自身の知能の問題か…。
どちらにしろこの決断が彼女を大きく追い詰めていくことになることを、彼女はまだ知らない。










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