『銀狼寮には手を出すな』といきなり言われた理由は、傭兵派遣や警備を担っている業界一の大企業ツヴィングリ社の社長であるバッシュ・ツヴィングリが銀狼寮の寮生として在籍していて、すでにアンがJSコーポレーションの意志で動いていることを察知されているから、ということである。
ふざけるなっ!!とアンは憤った。
今の彼女の最大の目的は、銀狼寮の寮長のギルベルトを落とすことと、プリンセスを陥れることなのである。
特に後者は絶対に譲れない。
アンの不遇な人生を心の中で清算するためには絶対に譲れないところなのだ。
それでも依頼者の意向に真っ向から対立するのは得策ではない。
わかった。
自分で手を出してはいけないだけだ…と、アンはそう解釈することにした。
「…わかりました。
銀狼寮のプリンセスには近づかないようにします」
と答えると、通話を打ち切る。
そして
──私が近づかなければ問題はないのよね…
とにこりと笑った。
もちろんアンは諦めるつもりなんて毛頭ない。
鼻歌交じりにブラシを置くと、いったんは部屋着を着ていたのを真っ白なブラウスと薄桃色のフレアースカートに着替える。
別にどんな格好だろうとアンに惚れ込んでいる学生達は気にしないだろうが、男性受けしそうな清楚で可愛い服に着替えたのはアン自身の気分の問題だ。
素敵な寮長を訪ねるなら可愛い格好の自分の方がテンションがあがる。
「…誰にしようかなぁ…やっぱりここは虎寮組かしら」
そう、自分が動かなくても自分に惚れている学生達に動いてもらえばいいのだ。
2年の金竜寮のロディでもいいのだが、銀竜のルークはいま一つ洗脳しきれていない。
というか、洗脳が解けてしまって、どちらかと言うと銀狼寄りになっている気がする。
その点3年の金銀の虎寮の寮長達は洗脳具合も上々だし二人は同級生で仲が良いらしい。
だからギルベルトをプリンセスから引き離す役とプリンセスに言って欲しいことを言ってもらう役に分かれて行動してもらえるだろう。
そうと決まれば邪魔が入る前に行動あるのみだ!
アンは昼間に手に入れたカインの携帯に電話をかける。
──俺だ。
とコール音2回でつながる電話の向こうの声は確かにカインのものだ。
だが、昼間のどこか甘さを含んだ声と違って、なんだか硬い印象を受ける。
アンはそこで昼間にルークの洗脳が解けた時のことを思い出して、少し緊張した。
まさか離れたことによってカインの洗脳も解けたの?!
と不安で一瞬言葉に詰まる。
しかしなぜかそこで
(…カイン、代われ)
と、声が聞こえた。
その声にももちろん覚えがある。
銀虎寮のユーシスだ。
まあ二人仲が良いわけだから、互いを訪ねている時もあるだろう。
──もしもし、電話を代わった。ユーシスだけど、何かあった?
と、こちらは昼間はわりあいと硬い印象があったのだが、今は随分と声音が柔らかい。
あるいはユーシスは人見知りなところがあるのかもしれない。
どちらにしても優しい調子で聞いてくるユーシスにカインが特に何も物を申さないところを見ると、洗脳が解けたというわけではないようだ。
それにホッとして、アンは当初の要件を果たすことにした。
「あの…ね、最上級生の二人に少し相談があるの…これから会ってもらえないかな…?」
と、涙声に聞こえるように鼻をすすりながら言うと、ユーシスは少し間をおいて
「わかった。カインはこれからちょっと用事があるから俺だけでいい?
もちろん相談事についてはちゃんとあとでカインとも共有するから…」
と答える。
出来れば二人一度に動いて欲しいが、まあこんな時間の急な呼び出しに応えてもらえるだけでもありがたいと思うべきだろう。
「…ありがとう…。もちろんよ。こんな時間にごめんなさい…」
としおらしくこたえると、ユーシスはやっぱり優しい少し笑みを含んだような声音で
「どういたしまして。
女性が夜に出歩くのは危ないから、俺の方が教職員宿舎のエントランスまで行くね」
と言う。
ああ…俺様なカインもカッコいいけど、優しい王子様なユーシスも素敵。
もちろん今の本命はギルベルトだけど……
アンはうっとりと思いながらそれにも礼を言って、ユーシスに会うべく目薬を持参でエントランスへと降りて行った。
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