寮生はプリンセスがお好き10章22_金の竜からSOS

「…軍曹、あの……」
案内の寮生に先導されて寮長室のリビングに入ってきた金竜のプリンセス、シャルルは、少し落ち着かなげにそこにいるバッシュにチラリと視線を向けつつ口を開いた。

「ああ、今ちょっとうちでも会議中でな。
こいつらは俺の腹心で俺の目であり耳であり手足でもあるから、気にしないでいい。
それよりまあ座れ。
うちのお姫さんが用意してくれたとびきりの紅茶があるんだ」
と、その言葉に、まずモブースが立ってシャルルのために椅子を引く。

しかしシャルルは立ったまま
「そんな時間はないんだっ!」
と拳を握り締めて訴えてきた。

それにギルベルトは
「非常事態なのはわかる。
こっちもそのために緊急会議中だったしな。
ただ、絶対に勝つためにはまず落ち着いて、状況を正確に把握することが大切だ。
ロディが終わってる時点でお前が金竜のトップで御旗だ。
それが折れれば完全に金竜は終わる。
だからまず落ち着いて説明しろ」
と、モブースに頷いてみせ、モブースは──どうぞ…と、改めてシャルルに声をかける。

シャルルはギルベルトの言葉に随分と驚いた様子で、──何故、それを…と目を大きく見開いたが、結局自分が座るまでは話は進まないのだろうと悟って、大人しく促された席についた。

ギルベルトはそこで満足げに頷くと、いれたての紅茶のカップをシャルルの前に置く。

「ロディが新任の女教師に惑わされていることは把握している。
もっと言うなら、女教師、アン・マクレガーは接近した人間を魅了できる違法薬物で手あたり次第学生を洗脳中だ」

とりあえずシャルルが一息つく間をとギルベルトは自分の方から軽く状況を説明した。
それにシャルルはポロポロと涙を零す。

「でもさ、軍曹は洗脳されてない。
ここにいる銀狼寮の寮生達も…」

副寮長はカリスマで、寮生の精神的な支柱となる。
なのに寮生が自分ではなく新任教師を選んだ。
それはプリンセスとして耐えがたい屈辱だろう。
洗脳されていない寮長寮生がいるとなればなおさらに…。

それは小等部からずっとシャマシュークに通っているギルベルトは痛いほど理解できる。
さて、どう言うか…と悩んでいると、

「でも…プリンセスがここに駆け込めたということは、誰かが逃がしてくれたんですよね?
寮長にも多くの寮生にも逆らって、もしかしたら自分の身が危うくなるかもしれないのに…自分の身よりプリンセスを思って…」
と、どこからか声がする。

いや、どこからか…というと、モブ三銃士からなのだが、なんというか気配がなさ過ぎて、物語ならまるでナレーションのように思えるくらいだ。

だが言っていることは確かに的確で、シャルルは泣きながらうんうんと頷いた。

「ロディが明日、俺をアンの所へ連れて行くって言ったんだ。
それで高等部生達が皆そいつのせいでおかしくなっているのに危険だって中等部生の皆が相談して、俺だけでも逃げてくれって…。
背格好の似てる奴は皆俺に化けて、それ以外の寮生は皆化けた奴に付き添ってって感じで攪乱して、とりあえず寮の中で一番安全そうな銀狼寮に逃げろって…」

「あ~…うん、それは正しい選択だったな。
俺様達、銀狼寮の寮生には実はマクレガーの洗脳は効かないし、洗脳された奴の洗脳を解くこともできるようだから。
実は他のいくつかの寮も協力して外部の助力も仰いで、マクレガーとその背後の勢力を潰していく予定なんだが……」
と、そこでギルベルトは言葉を切る。

通常なら学生達に危害を加えたりすることはないはずなのだが、相手はすでに自分達の意志を通すために使用によって起きる副作用も定かではない違法新薬を使っている輩だ。

洗脳されている高等部生もそういう意味では全く安全とは言えないが、それに真っ向から対立する姿勢を示した金竜の中等部生はかなり危険なのではないだろうか…。


銀狼寮としてはアウスレーンと王の後ろ盾をしっかり確認してから行動に…と思っていたが、金竜ではすでに戦いが始まってしまっている。

「…そのスタートは…すぐとかには…」
そのあたりの事情は察したのだろう。
シャルルはそう言ってギルベルトの顔を覗き込み、そして
「とりあえず寮に戻るっ!」
と立ち上がりかけた。

「ストップっ!今考えてるっ!ちょっと待てっ!!」
とギルベルトはそれを慌てておしとどめる。

「今そっちの事情を知ったばかりだからな。
俺様だって秒で全てを考えられるわけじゃねえ。
ただ、唯一残った金竜の御旗のお前が戻って敵の手に落ちるか再起不能にさせられるかは、どう考えても悪手だ。
お前さんをここに逃がした面々を救うためには、どう考えても金竜の御旗が必要だ。
俺らはしょせん他寮だからな。
ロディが自分が金竜の総意だって言い張ったらどうしようもねえ」

そう言われて──じゃあ、どうするんだ…とシャルルは俯いて唇をかみしめた。


それ、こっちが聞きてえよ…と思うものの、追い詰められている2歳も年下の後輩にそんなことを言えるはずもない。

シャルル側の理想としてはギルベルトが銀狼寮を挙げて金竜に中等部生の救出に向かうことだが、今すぐそれをやると、銀狼寮は単身で矢面に立って戦うことになる。
もちろんギルベルト的には自分だけならそれもやむなしなのだが、こちらにはこちらの大切なプリンセスが居るのだ。
それを危険に晒してまでやることじゃない。

かといってここで金竜の中等部生を見捨てたとなれば、それはそれで銀狼寮は汚名を残すことになる。

乗るかそるか…ギルベルトは非常に厳しい選択を迫られることになった。











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