寮生はプリンセスがお好き10章17_理性の寮長

ギルベルトがメッセを送ってからほんの数分後、今度は電話の着信音がする。

「今、外か?」
と電話に出て聞くと、
『ああ。そうだ』
と返答があった。

そこで香やフェリシアーノなら木を登って入ってこいと言うところなのだが、今回はギルベルトは一つの仮説を証明したいと思っていたので、電話の主に言う。

「なあ、今どういう気分だ?」
と聞くと短く返ってくる答えは
『最悪だ』
の一言で、言葉を弄することの多い彼にしては珍しい。

ずいぶん追い詰められているようだな、と、苦笑しながら、ギルベルトはさらに
「罪悪感と理性の狭間か?」
と聞いてやると、それにも
『まあそんなところだな』
と短く返ってきた。

これでだいたいの状況は把握した。
あとは実験をするだけだ。


「じゃ、とりあえず目の前の木を登って窓から入って来てくれ」
と、ギルベルトが指示すると、相方が目立ちすぎてそうは見えないが実はそこは腐っても運動神経抜群な男だ。
スルスルとあっという間に木の上に姿を現した。

ギルベルトのものより若干くすんだ銀色の髪が汗で額にはりついていて、まだ新学期一日目だというのにそれと分かるほどにはやつれて見える。

しかしその心底疲れたような顔が、ギルベルトの部屋に飛び移った時には驚きの表情を浮かべていた。

「…なん…だ?
軍曹、お前、何したんだ?」

その反応でギルベルトは察した。
詳細はわからないがこちら側の推論は正しかったらしい。

「とりあえず言えることは…尊敬するわ。
ユーシスぱいせん、真面目にすごい。
伊達に3年寮長じゃねえ」

なんだかギルベルトも肩の荷が少し降りたと言うか…重荷を半分背負ってもらえるであろう絶対的な能力を持った先輩に安心して、思わずクスクスと笑いがもれた。

そんなギルベルトにユーシスはガシガシと頭を掻いてはぁぁ~とため息をつきながら
「お前、このわけわからない状況の何をどこまで知ってんだ?
吐けっ。全て吐けっ」
と言う。

「あ~。言われるまでもなく、3年の先輩諸兄にも真面目に全部知ってもらってなんとか助けて欲しいからメッセ送ったんだけどな?
カインはたぶん無理だと思った。
で、ユーシスならワンチャン流されないで抵抗してくれる可能性があるかなと…」
とギルベルトが笑うと、ユーシスは
「まあ…正しい選択だったな、それ」
と、なんだか力なく苦笑した。

「ってことでユーシスが正気に戻るなら全部話して協力を求めるつもりだったんだけどな、先に聞かせてもらっていいか?
なんで洗脳にかかんなかったんだ?」

正直これは賭けだった。
アンが3年にまで魔手を伸ばすのは想定の範囲内のこと。
そこで相手が油断しているところに寮長の洗脳を解けば、相手に怪しまれていない味方が手に入る。
その人選として、良くも悪くもわかりやすいカインよりは冷静な策略家なユーシスの方が適任かと思った。

だが出来ればギルベルトがアンを怪しんでいることを知られたくないし、洗脳を解く方法があるかもしれないということも知られたくない。
だから悩みが出来たなら連絡をくれとだけメッセを送っておいたのだ。

そうすればアンの素晴らしさを布教するためか、あるいは洗脳されていない中等部生の統率が取れないとかそんなことか、あるいはギルベルトが何か有用な情報を持っていると捉えるか…ユーシスなら何かしらの可能性を探るためにこちらに連絡を寄こすと思った。

だがこちらについた時点ですでに彼はどうやら完全に洗脳されることなく、洗脳されている感情と理性の狭間で苦しんでいるように見えた。

それは何故なのか…と、状況が状況なだけに疑問は明らかにしておきたくて聞いてみれば、ユーシスは真面目な顔で

「昼休みにロディに連れられてアン・マクレガーが近づいてきた瞬間、感情的に彼女を好ましいと思ったんだが、その感情の揺れが度を越えているように感じた。
なにしろプリンセスに持っていこうとしていた食後の紅茶を思わずアンに勧めてしまっていたからな。
単なる一目惚れとかではありえない。
俺はもし相手に対してそういう感情を持ったとしたら、まず自分の地位を高めて価値ある人材として世に認められることから始めるだろうから。
ここでプリンセスに仕えるという寮長の責務を放棄したら、俺はただの一般学生に成り下がる。
しかもそもそもが、ありえないだろう?
圧倒的な何かがあるわけでもない女と、自分がプリンセス戦争で寮としての勝利を度外視で相手が怪我をさせられたことへの報復を選ぶくらいには尊重すべきとしているプリンセスとを比べて前者にいきなり気持ちが完全に傾くなんて。
そう考えた時に『なんらかの暗示をかけられている、やばい』と思った。
そこに軍曹からのメッセが来たからな。
これはあるいは何かが起こっているんだろうと察したが、うちの高等部生達も暗示にかかっている状況で、俺が表立って動くと警戒される。
だからぎりぎり夜を待ったんだ」

「うわぁ……すげえ。
俺様も割と理屈で物を考えるタイプだけど、ユーシスのそれってもう引くレベルだな。
良い意味で怖えわ…。
適う気がしてこねえ。
まあ…味方としては頼もしいからいいけどな」

冗談でも皮肉でもなく、本当に本気でここまで他人の精神力のすごさに感心したのは初めてだった。
本当にさすが3年の寮長だ。

「一応な、俺は絶対に裏切らない。
ユーシスが今回の事に協力してくれるなら、卒業後もバイルシュミット家はユーシス個人に対して友好的な存在であり続けるし、銀狼寮の全寮生も同様であると誓う。
もちろんベストプリンセスとか寮行事は譲れないけどな。
その代わりユーシスの方の裏切りは一切許容できない。
その場合は逆にバイルシュミットと全銀狼寮寮生の一族、それに…たぶん香を通して王一族あたりも全力でそちらを潰しに行くと思ってくれ。
…ってことが前提で…話を聞くか?
聞かないなら今夜は帰って全てに口をつぐんでくれ。
マクレガーの勢力に協力したりとか、こちらの邪魔をしたりしない限りは放置する」

これは再確認と、万が一のための脅しだ。
こちらが何かしらを知っているとアンに知られたら少々動きにくくなる。

ユーシスは策略家ではあるが、プリンセスをないがしろにするあちら側にはつかないだろうと言う期待半分、厄介ごとに足を突っ込むのは避けたいかもしれないと思うのが半分だったが、彼は思ったよりも怒っていたらしい。

「話は聞く。協力もする。
理由は…マクレガーの側がプリンセスを尊重する気がないこと。
俺に暗示をかけるまではとにかくとして、そのあたりがないのは絶対にNGだ。
あとそれに付随する条件が一つ」

静かに…しかしどこか怒りを含んだ目で言うユーシスに、ギルベルトは珍しく少したじろいだ。










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