寮生はプリンセスがお好き10章15_水面下

「じゃ、終わったら迎えに行くから。
お姫さん一人くらい抱えて帰れるから眠かったらルッツのベッド借りて寝てても良いぞ」

後期初日の夜のことである。
食事が終わるとギルベルトはルートの部屋で時間を潰すアーサーにそう言って、身をかがめてその白い額に口づけた。

アーサーの後ろには実弟。
その手にはバスケットいっぱいの焼き菓子を持たせている。

いつもなら食後はリビングでその日に中等部であったことや思ったことなど、プリンセスの可愛いおしゃべりを聞きながらゆったりと過ごす時間なのだが、今日は色々と不穏な出来事を目の当たりにして緊急事態と判断するしかなかったので仕方がない。


昼休み…ルークを退避させたギルベルトはアンがしつこく引き留めるのを振り切ってアーサーの待つ中庭に戻った。
ギルベルトにとって幸いだったのは、アンは彼を引き留めたがったが、ライバルを増やしたくない周りはギルベルトがその場にとどまることを望まなかったことだろう。
なんのかんので形だけは引き留めるような発言をしてみたものの実力行使に出ることはなく、ギルベルトを引き留めるよりはアンを宥めるほうに比重を置いてくれたようだ。
おかげでギルベルトはこの異常事態を前にいったん戦略的撤退をしたうえで、情報収集と分析の時間を取ることができたのである。


とりあえずプリンセス達…というか、アーサーに不安を感じさせることは出来ないので、ルークについては、彼が頼まれるととても断るのが苦手な性格だから…と、
「ほんと、ルークはしっかりしてねっ?
今年のベストプリンセスはたぶんギルベルト兄ちゃんのところが持っていくんだろうけど、うちだって諦めてるわけじゃないんだからっ。
そういう優しいところも人としては長所なんだけどね」
などとフェリシアーノが上手にごまかしてくれている。


少し遅れてたどり着いたギルベルトはそれにホッとしつつも、
「俺からもちょっと説教だな。
悪い、ルーク借りてくわ。
みんなはそのまま食っててくれ」
と、ルークを離れた場所まで連れ出した。

そうしてまだ混乱しているようなルークに事情を聞く。

「…つまり…最初は皆、あまり関心を持たなかったということか…。
きっかけはロディが前で問題に答えたことということでいいか?」
「うん、そうだと思う。
なんていうか…今にして思えば何故フェリを放ってまで彼女を食堂に案内しなきゃと思ったのか本当に謎なんだけど、あの時はそれをしないと彼女がすごく可哀そうだって思っちゃったんだよね」
と、そんなやりとりでギルベルトは完全にアン・マクレガーが危険人物であるという認識を強めた。

ルークの話から察するに、おそらく彼女に近づくと催眠術か暗示かそんなものが働くのだろう。
だが、そう考えるには一つ腑に落ちないことがある。
ギルベルト自身、彼女にすぐそばに来られたのだが、特に感情の変化のようなものはなかった。
しかしそう言えばすぐそばに来てもギルベルトが相変わらず突き放した物言いをすることに、アンは一瞬驚いた表情を見せていた。
おそらく本来なら自分も暗示にかかるはずだったのだろう。
ところが何かが原因でイレギュラーが起こった?

とにかくたった半日で2年がほぼ篭絡されたことを考えると、対応に時間はかけられない。
この危険な波が1年と3年に広がるまでにどうにかしなければ…と、ギルベルトはとりあえずバッシュと香に至急中庭に来るようにメールを打つ。

3年はどうするか…

もしすでにアンの魔手が伸びているとすれば、こちらが彼女の危険さに気づいていることを知らせるのは得策ではないのだが……

誰にどこまで話すか…ギルベルトは悩んで結局ユーシスにだけ、とあるメールを送った。


そうしてこれから香と話があるからとルークはプリンセス達とその護衛をしているルッツが食事をしている中に戻して、自分は二人を待つ。
そうして駆け付けてきた二人に事情を話すと、まず香が
「昼休みあと15分で話すのは無理な感じじゃね?
夜にギルんとこに集合ってことで」
と言い出す。

ちらりと正確な時を刻む愛用の腕時計に目をやれば、確かに時間がなさすぎる。
しかし…間違ってもそんな不穏なことが起きているなどとは自寮のプリンセスには気づかれるわけにはいかない。

普段は同室で良いのだが、こういう時は困るな…と悩むギルに香がにやりと
「お姫には俺がこっそり勉強教わりにくるってことでノープロブレム。
ゴリプリの世話に明け暮れてたら成績マジヤバで、寮長としてはピンチすぎて他にバレたらレボリューションかもしれないからって、ど?
でもってギルの教え方はアレだから、寮長としてめちゃ怒鳴られてる図っていくらプリンセスでも下級生に見られるのはちとつらすって俺が泣いてるってことで」
と提案してきて、それを採用することにした。

アーサーには勉強が済むまではルートの部屋に居てもらうということで、話がつく。


「…これは…香の信用問題になるから、絶対に秘密な?」
と、呼び寄せたアーサーにいかにも大切な秘密のように声を潜めて言えば、そんなに大切な秘密を打ち明けられていると思ったのだろう。
とても嬉しそうな顔で目をキラキラさせながら頷くのが壮絶に可愛い。

そういうわけで夜に香とバッシュと3人で秘密会議とあいなったわけなのだが、そこで来るメール。
(…ギルベルト兄ちゃん、もしかして今夜は秘密会議?俺も行くね)
とフェリシアーノから。

そうして残り少ない昼休みで急いで昼食を摂って教室に戻ろうとすると、気配もなく近づいてきたモブースから渡されるメモ。

それに目を通した瞬間、ギルベルトは自寮の優秀な人材に感謝する。
ということで、モブ三銃士も会議参加決定。

計7名が銀狼寮の寮長のリビングに集まって報告及び当座の対応を話し合うことになった。










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