こうして4時限目が終わって面識が出来た二年生の教室のあたりに行くと、元気に出てきた学生達がアンをわ~っと取り囲んできた。
と、一緒に行く気満々だったロディと
「教職員は教職員用の食堂があるから、もしその後に寮長巡りしたいなら待ってるけど…」
とそれと対照的に一歩引いた感じのルーク。
提案としてはもちろん寮長コンビと一緒に居たいが、他の寮長を紹介してもらうとなれば、自己主張が激しそうなロディよりもルークにしてもらう方が他の寮長と仲良くはできそうだ。
なので
「早く学校に慣れたいし、皆と一緒にご飯食べたいな。
案内してくれる?ルーク」
とその腕をとると、ロディは舌打ち。
ルークの方は少し驚いたようだが、
「う、うんっ。じゃあ行こうか」
とゆっくり歩き始めた。
もちろんロディだけではなく、他の学生達もアンの周りを囲み、我先にと色々話しかけてくる。
皆、アンの気を惹きたいのが見え見えで、とても気分が良い。
ただ、ルークは紳士らしくアンが疲れないように少しゆっくり目に歩いてくれているのだが、アンからするとじれったい。
正直、一刻も早く本命と仲良くなりたいので、さっさと食堂に行って、さっさと昼食を済ませて、早くギルベルトに会いにいきたい。
が、だから急げとも言えないので、
「初日で緊張しちゃったから、おなかぺっこぺこ」
とぺろりと舌を出して言えば、それが可愛いとまた周りが盛り上がった。
そしてそのまま食堂に。
席は先に行った学生が取っておいてくれたらしい。
食堂の入り口につくなり
──こっち、こっちっ!
と、一際景色の良さそうな広い席から手を振ってくる。
それに手を振り返して、トレイを手にしようかと思ったところで、後方でざわめきが起こって、アンは後ろを振り返った。
そこに見えるのは圧倒的な存在感。
まるでドラマか物語の中から飛び出してきたような迫力とカッコよさ。
す…すてき……
と脳内で叫ぶアン。
シャマシューク学園の制服である燕尾服を着てはいるが、それよりはマントと鎧が似合いそうな、騎士のような雄々しく凛々しい空気をまとった青年。
写真よりもキラキラと輝いている銀糸の髪は走ってきたせいか少し乱れていて、最高級のピジョンブラッドのように真紅の瞳は鋭い光を放っている。
もうその存在自体が美しくて眩いばかりで、他が皆霞んで見えてしまう。
ああ…これが本命……年の差なんてどうでもいい!
と、アンは心の中でそう呟いた。
綺麗な形の銀色の眉がキリリとあがっているので不機嫌に見えてしまうが、彼はもともと愛想を振りまくタイプではないと資料にはあった。
それでも十分素敵なわけなのだが、どうせなら自分にだけは優しい笑みを見せて欲しい。
そんな気持ちもあって少しでもそれを実現すべく、アンは
「ギルベルト・バイルシュミット君でしょ?
今年度最強って言われてる寮長さんよねっ」
と言いながらギルベルトに駈け寄った。
これで他の学生同様、彼の態度も優しく甘くなるはずである。
ところがところが、
「あ、あたしね、新任教師のアン・マクレガーっ。
教師になり立てでまだ学生気分が抜けなくて色々失敗も多いけどよろしくねっ」
と自分的にとびきり可愛いと思っている笑みを浮かべながらそう言って見上げても、不機嫌そうな彼の表情は変わらない。
それどころか失敗が多いと自覚があるなら学生に媚びを売っている暇に力量を磨けなどときつい言葉を浴びせかけられて、アンは唖然としてしまった。
え??どうなってるの??
と動揺していると、ギルベルトの叱責は今度は隣に居るルークに向かう。
彼はどうやらいつもは自寮のプリンセスにランチを用意しているらしく、それを放置でここにいることに対して、寮長の責務を放棄していると怒っているらしい。
そしてギルベルトに叱られたことで何故かルークが急に我に返ったように動揺し始めた。
そこでアンはさらに慌てる。
何故?
こんなに簡単に暗示が解けてしまうモノなの?
怒られたから??
そう思ってみるが、全く影響なくギルベルトを非難する学生もいて、一体なにがどうなっているのかわけがわからない。
自寮のプリンセスのためにランチを持っていくというルークのことを非難する学生達。
解けた?完全に暗示が解けちゃった?
何故?
と一生懸命考えるアン。
そこで思った。
もしかして感情がひどく高ぶると暗示が効きにくくなったり解けたりするんじゃないだろうか…。
そう考えるとここに来た時点で腹を立てているギルベルトに暗示が効かず、また、その大変迫力のあるギルベルトに間近で名指しで激しい非難をあびたことでルークの暗示が解けてしまったことにも合点がいった。
ああ…そうか……
と、アンの腹の底から黒いものが沸き上がった。
せっかくギルベルトの愛情を一身に受ける予定が暗示が効かない状態での出会いになってしまったのは、おそらくルークの寮のプリンセスがギルベルトに泣きついたからだろう。
そうでなければ学生達にちやほやされながら楽しく食事を終えたあとすぐにギルベルトに会ってあふれるほどの愛を向けられたはずなのに……
…絶対…絶対に許さないわっ!!!
銀竜のプリンセスは味方に付けるつもりだったが計画変更だ。
絶対に地の底まで陥れてやるっ!!
アンはそう決意を固めながらも、表向きは悪気がなく純粋な乙女を演じるため、涙をこぼしてみせた。
0 件のコメント :
コメントを投稿