寮長ギルベルトは目に見えて不機嫌だった。
プリンセスは今ここには居ない。
だからそんな素の感情を表に出せるのだ。
居たら内心機嫌が悪かろうと絶対にそんな素振りを見せる彼ではない。
その時点で、おそらく不穏な話なのだろうと、大切なプリンセスのアーサーは趣味のクーヘンを焼いていたルートに預けておく。
これは特に銀狼寮の寮長になってからは常に先読みをすることが習慣になっている彼にしたら当たり前のことだ。
どれだけ不穏な事態が起きようとも皆の大切な大切なプリンセスに不安を感じさせることなどできはしない。
そうして覚悟を決めて準備万端にしてフェリシアーノの話を聞いて思う。
プリンセスを預けておいて正解だった。
さすが俺様、天才じゃね?
などともう自分で自分の気持ちを盛り上げていくしかない。
その程度には今回もフェリシアーノから来た情報は厄介だった。
とりあえず…厄介で注意が必要なのはわかったから、水面下で協力関係にあるあたりには流しておくべきか…とギルベルトは金狼寮の寮長、香に電話をかけた。
『あ~…せっかく休み満喫ナウなのに面倒ごとマジありえない感じ』
と、出るなりいきなりかまして来る香。
彼は雇い主である王の依頼で普段は自寮のプリンセスに据えたアルフレッドの護衛が本業なのだが、休み中にアルフレッドが王と過ごす時は滅多にない完全な休暇らしい。
そのあたりの事情を知れば気の毒にとは思うが、どちらかと言うとマジありえないのはおそらくフェリと香と自分のなかでは唯一完全な巻き込まれなのだろう自分の方だとギルベルトは思う。
なにしろシャマシュークの寮長としては行事のたびに寮としての実績を挙げねばならない。
顔見せから始まって寮長行事に体育祭、つい最近だと寮対抗戦略大会、通称プリンセス戦争が終わったばかりだ。
全ての行事で抜かりがないように着々と実績を積み上げ続けてきたギルベルトだが、今が10月の始めで、11月終盤にある学園祭までの1ヶ月弱は少しゆっくりできるとホッとしていた。
だが、周りの状況はそうさせてはくれなさそうだ。
フェリシアーノの情報によると若い女性の教師が赴任してくるらしい…
これまではずっと男子校だったのもあって女性が学校に出入りすることはほぼなかった。
それこそ食堂の従業員ですら男性だ。
それが急に『女性が全くいない場所で女性に慣れないまま育つのはよろしくない』という理由で派遣されることになったらしい。
しかし当然ながら影の学園長であるフェリシアーノはそんな指示は出していない。
もちろん彼の代わりに表に出ている従姉妹もそんな指示は出していないと言う。
なのにいつのまにか手配されていて、一部の生徒や保護者にまで広まってしまったため、今更中止することも難しい。
なので、とりあえず今年度の後期限定という形に落ち着いたらしい。
これはもう、学園乗っ取りを企む勢力か、あるいはその勢力に富豪の孫であるアルフレッドの暗殺を依頼している彼の親族か、その両方かが関わっていることは確かだろう。
少なくともバイルシュミット家にはかかわりのない戦いではあるし、名家の出でもないアーサーにはもっと関係がないだろう。
だから今回の一件は出来れば一定の距離を保って静観したいところだが、どうしたものだろうか…。
そんなギルベルトの考えも聡いフェリシアーノは予測していたようで、──静観したい…というところだろうけど…と、にこやかに前置きをしつつ、
「…担当は中等部じゃなくて高等部らしいから。
危険な波は高等部から飲み込んでいくんじゃないかな?」
と、不吉な予言を残して通話を終了してくれた。
ああ…マジか…
中等部でアルフレッドなりフェリシアーノなりを直接的に狙うならとにかくとして、高等部からとなると、おそらくまずは校内で絶対的な権限を持つ寮長達を制圧するところから始めるつもりなのかもしれない。
まあ…海千山千の彼らが相手がプロとは言えそうそう他人の思う通りになるとは思えないが…。
とりあえず…授業ももう明後日に迫ってしまっているので、今からやっておけることは多くはない。
まあ幸いにして自分はもう一人ではなく、頼もしい傭兵会社の社長を寮に迎えているのでそちらに少し話を振ってみようか…
そう判断してギルベルトはバッシュに電話をして今度の女教師の身元と所属勢力を調べておいてくれるよう依頼した。
──さてと、これでハード面は準備終了だが…
と、バッシュとの通話も終わらせてギルベルトは考え込む。
女がどういう相手であろうと、アーサーの隣には常に自分自身が鍛え上げたルートが護衛としてついている。
だから物理的にはなんとかできるはずだ。
しかしながら、ソフト面…精神面から攻撃されると厄介だ。
なにしろ相手は女だ。
銀狼寮の寮生に限って異性であるということに惑わされてプリンセスをおろそかにするなどということは考えられないが、アーサー自身が異性である相手に気後れして自分の価値を見失うことも考えられる。
それでなくても自己肯定感が著しく低い我らがプリンセスは落ち込みやすいのだ。
それをようやく寮生全員で大切に大切に仕えることでようやくプリンセスとして認められている愛されている存在なのだと自覚させることができかけているところである。
これを変な女に壊されたくはない。
──あ~…どうすっかなぁ……
物理的な手配は得意でも精神的なフォローは得意とは言えないギルベルトは綺麗な銀糸の髪をガシガシと掻く。
何か…何か、プリンセスの気持ちを向上させるようなイベントを……と脳内で色々考えている時に、スマホが振動した。
ちらりと発信元に目を落とすと意外な人物…目をかけている寮生の一人、モブースである。
今は考えねばならないことがあるしどうするか…と思ったが、彼はプリンセスの絶対的な支持者で何か参考になることを話してくれるかもしれないし、一人で考えこんでも煮詰まるだけでいい考えも浮かばないだろう…と、ギルベルトは彼の要件を聞くことにして、通話ボタンをタップした。
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