いきなり料理の皿と共に現れた見知らぬ少年。
鬼殺隊生活もそろそろ3年になる蜜璃が見覚えがない顔となると、おそらく極東支部から来たのだろう。
と、どこか自信なさげに初対面であろうと挨拶をすると、綺麗な少年はニコリと美しくではなく、にやりとどこか悪い笑みを浮かべた。
しかし蜜璃は何故かその笑みに嫌悪ではなく安心感を感じる。
その蜜璃が持った印象は正しかったのだと次の瞬間に思った。
彼は行儀悪く足で椅子を蹴とばして座ると、カナッペを一つがぶりとかじる。
そうしておいて、ふと気づいたように立ち上がって今度は恭しく蜜璃のために椅子を引いた。
──ありがとう。
と蜜璃が礼を言って座ると、彼はまたにやりと笑って
──天元…宇髄天元ってんだ。
と自己紹介をしてきた。
「ちっと人を探してたんだが、離席中みてえでさ、お偉方のつまんねえ挨拶聞いても仕方ねえし何か食おうと思ったんだが、どうせなら一人で食うより可愛い女子と食った方が旨いだろっ」
などと愛想のよいことを言うが、不思議と思ってもいない社交辞令な気がしない。
どこか斜に構えた雰囲気があるのに、何故かその言葉には誠を感じた。
「ありがとう。
滅多に言われない誉め言葉、嬉しいわ」
可愛いなんて言葉は胡蝶姉妹や真菰、それに善逸くらいしか言われたことがない。
ありがとう以外になんて言ったらいいのかわからず思わず思ったままを言うと、宇髄はきょとんとした顔をした。
そんな表情をしていると、思いのほか幼くも感じる。
まあどちらにしても蜜璃なんかよりもよほど美しい顔立ちの少年なのだが…
「へ?こっちの奴らめんたま腐ってんのかよ。
どん!とグラマーで髪なんか最高派手でイカしてんのにな」
と言う宇髄。
大柄で華奢からは程遠い体躯も、染めるにしてもそれはない!とジャスティスになるギリギリくらいの頃にお見合い相手にひどく嫌そうに顔をしかめられた桃色と緑の地毛も、蜜璃のコンプレックスだったのだが、それを本当に素敵な要素であるように褒めてくれる少年に、蜜璃が好感を持つのは当然だった。
自分もガシガシと良い食いっぷりを見せてくれる彼は、すっかりリラックスした蜜璃が他にはよく嘲笑されたような大食いを披露しても、
「お~、あんたすっげえ美味そうに食うなっ!
やっぱ一緒に食うならすましてちまちま食うより笑顔で美味そうに食う奴がいいわっ」
と笑ってくれる。
今回は新しい仲間が来るのだし食べるのは控えて大人しくおしとやかにしていようと決めて参加した歓送迎会だったが、見知らぬ少年のおかげで思いもかけずに素の自分のまま楽しんでしまった。
胡蝶姉妹や真菰は本人たちは華奢で食も大食いとは言い難くて、揶揄する人間が居ればかばって怒ってはくれるものの気まずい思いはしてしまう。
だが笑顔で一緒に豪快に食べてくれる宇髄が居ると、そんな気まずさは微塵も感じなかった。
探し人がいる…と最初に言っていたが、極東に戻る前に会いたい相手が居るということだろうか…。
それならカナエに頼めば見つけてもらえるかもしれない。
戻ってきたら聞いてみようか…。
でもこんなに居心地の良い相手が明日には居なくなってしまうのは少し残念…と思いつつ、蜜璃が
「宇髄君、明日には極東に戻るんでしょ?
そうしたら人探しは急ぐわよね?
私、本部長のカナエさんと知合いだからあとで呼び出してもらえるように頼んであげるわ」
蜜璃がそう言うと、宇髄はまたきょとんと眼を丸くして、そして次の瞬間噴出した。
え?え?私へんな事言ったかしら??
とそれに蜜璃がオロオロしていると、宇髄はまだ笑いながら
「あ~、ごめんなっ?
いや、知ってると思ってたから省略しちまったが、俺は”ジャスティスの”宇髄天元な?
当分…っつ~か、たぶんずっとこっちに居るから、これからはあんたのジャスティス仲間だ。
よろしくなっ」
という。
その言葉に蜜璃はまた、ええ???!と驚いた。
そう言われてみれば今回本部に来る極東ジャスティスの一人がそんな名前だった気はしたが、蜜璃の聞いた話だとずいぶんと偉そうで斜に構えた協調性の欠片もない嫌な奴…ということだった。
しかし目の前の少年はずいぶんと明るくて優しい。
そんな悪評の立つような人間には見えない。
……と、驚きのあまり思わずポロリとそのまま言ってしまって、蜜璃は慌てて口を押えるが、少年は気を悪くした様子もなく
「あ~、能力の関係上フリーダムの連中とは相性が良くなくてなっ。
あっちも俺を嫌うし俺もてめえを嫌ってる輩に愛想振りまく趣味はねえだけ。
極東でもブレインや医療部とはそれなりに関係も良好だぜ?」
と教えてくれる。
ああ、そうだったのね…と納得する蜜璃。
そう言えばその話をしていたのは本部でもフリーダムの面々だった気がした。
そういうことなら蜜璃はジャスティスだし別に問題なく仲良く出来そうだ…とホッとしたところで、
「そうだったのね。宇髄君が本部に来てくれて嬉しいわっ。これからもよろしくね」
と、ずっといるなら人探しも急ぐこともなさそうだしと蜜璃はまた美味しい料理に手を伸ばしかけた。
…が、平和な時間はそこまでで、後ろから沸き上がった不穏な空気に蜜璃の手がピタッと止まった。
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