少女で人生やり直し中_66_猗窩座と槇寿郎と嫁と息子

言うべきことは言ったとばかりに、上弦の参に集中する槇寿郎。
燃え上がる闘気。

──炎の呼吸 伍ノ型 炎虎!!
との声と共に、炎の虎が槇寿郎の刀から飛び出て鬼へと襲い掛かる

それを己の技で相殺しながら上弦の参が笑みを浮かべる。

そして
「驚いた。
素晴らしい闘気、素晴らしい剣技!!
なのにお前は柱ではないのか。
今の鬼狩りは強者が多いのだな」
と、おそらく槇寿郎が炭治郎に投げかけた言葉が聞こえていたのだろう。
そういう鬼はどこか嬉しそうに言う。

それに槇寿郎は
「俺など強者のうちに入らん。
俺はそれを思い知らされて大人しく隠居したただのジジイだ」
と、鬼とは対照的に苦々しい表情で答えた。


「そうか…それではお前、鬼にならないかっ?!
お前ほどの剣士をみすみす死なせるのも惜しいし、加齢で衰えるのも惜しい!
今なら間に合う!鬼になって今の強さのまま、俺とさらに高みを目指そう!」

はあ?と鬼の発言にあきれ返る炭治郎だが、槇寿郎もまた同じようにあきれ返ったようである。

「は?馬鹿か、お前は。
怪しい新興宗教の勧誘でもあるまいし、何を言ってるんだ?
この状況で、はい、鬼になりますという愚か者がどこにいる」
攻撃に対する緊張感は保ちながらも、心底力が抜けたように言う槇寿郎。

しかし鬼は本気だったようだ。

「人間は衰え、弱くなっていく。
それだけの実力を持ちながら、年をとって他の無価値な弱者と同じようになっていくのは虚しくないか?
その点鬼なら衰えることはない!
その剣技を永遠に高めていくことができる!」

(…え?わけわかんない。永遠に鍛錬し続けるって、それなんて地獄?)
と、炭治郎以上に思い切り引いて小声でつぶやく善逸。

何故か鬼はとても耳が良いらしい。
ギロっと睨まれて、善逸は、ヒッ!と身をすくめて黙り込んだ。


そんな中で、槇寿郎は大きくため息をつく。
そして口を開いた。

「強くなるのは手段であって目的ではない。
鬼に言っても仕方ないことだとは思うが、弱くても価値のある人間など多くいる。
俺の妻は体の弱い女性だったが、俺の幸せの全てで、俺にとってこの世の何よりも代えがたい価値のある人だった。
嫁と過ごす時間は鍛錬に費やす時間以上に満たされたものだったし、二人もの可愛い息子を産んでくれて、俺に親になる幸せも教えてくれた。
子は始めは親の手でなにもかも世話をしてやらねばすぐ死んでしまう弱い存在だが、今では鬼殺隊でも頂点の柱の位についている。
正直、俺にも己の強さのみに価値を見出していた時期もあったが、今は自身の強さを追及するよりは強く育った子を導き助け、自身が衰えた時には強者ゆえに時間のない子に代わって孫馬鹿なジジイとして余生を過ごすのをなにより楽しみにしている。
たとえそれで最強の剣士になれるとしても、世界で一番価値のある嫁が産んでくれた俺の息子たちと敵対して鬼になる気などかけらもない」

(…なんか…さ、良い話なんだか、ただの嫁馬鹿なんだかよくわかんなくない?)
と、炭治郎が飛び出さないように彼の隣にしゃがみこんでしっかりとその羽織をつかんでいる善逸が困ったような顔で言う。

(いや、良い話じゃないか。あんなに素晴らしい煉獄さんをこの世に生み出してくれた女性の話だぞ)
と、それに真顔で答える炭治郎に、善逸はますます複雑な表情になった。


善逸と違ってこんな戦いの場で嫁に対する愛を叫ばれても…と思わないのは口にしている槇寿郎自身と炭治郎だけではなかったらしい。

何故か人のことなど無関係であろう鬼も、それまでの笑みが消えて神妙な顔になっている。
鬼から聞こえてくる音は呆れた音ではなく、何か胸がぎゅっと締め付けられるような悲しい音だった。

──…体の弱い嫁…か……
と誰にともなくつぶやく上弦の参。

え?え?もしかして鬼も嫁がいたりするの?
でも鬼の嫁って鬼だよね?
鬼にとって人って食い物だしね?
そしたらさ、嫁も鬼だったら体弱いとか関係ないよね?
と、一人混乱する善逸。

「それなら…嫁ごと鬼にならないか?
鬼になれば嫁だって死なずに済む。
なんなら息子も一緒に一家総出でっ」

なんだか鬼から思いやりに満ち溢れた音がする。

なんなのこれ??
善逸はますます混乱を極めたが、槇寿郎は
「ならん!」
と不愛想に答えた。

「妻はもう故人だし、生きていても人を害する鬼になってまで生きながらえようとするような女じゃない!
身体は弱くとも心は強く美しい人だった」
と続ける槇寿郎。

「…死因は病か?」
「…そうだ」
「………そうか…」

鬼からは悲しみと安堵と…なんだか色々がごちゃまぜになったような複雑な音が聞こえて、さきほどまでのテンションの高さが嘘のように沈んだ様子を見せている。

「…それは…辛かったな」

へっ?!!!
鬼の口から出てきた言葉に善逸は目をむいた。

なに?なんなの、この鬼っ?!!
…と思ったのは善逸だけらしく、槇寿郎も炭治郎も目をうるませている。

その異様な空気に汚い高音で叫びだしたいところだが、鬼から聞こえてくる音はなんだか胸が締め付けられるほどに悲しい音で、さすがに空気を読んで黙り込んでしまう。


シン…と静まり返る現場。

「ふん。…今始めてもじき日が昇るだろうし、戦うとしても後日だな。
俺は今日は去る」

あっさり宣言する鬼。

一戦終えたあとの疲れた体で、もちろん後ろに一般人200名を抱えて、勝てるわけもなく、その申し出はこちらとしてはありがたい。

しかしくるりと反転して去ろうとする鬼がふと足を止めて振り向いたので、善逸はぎょっとしたのだが、その口から出た言葉は

「ああ、そうだ。
俺は上弦の参、猗窩座だ。
お前、名は何という?」
で、ホッと肩の力を抜く。

「…煉獄槇寿郎だ」
と、それに槇寿郎がそう答えると、猗窩座はなんだか邪気のない笑みを浮かべて、
「そうか。煉獄槇寿郎か。覚えておく。
お前だけではなくきっとお前の息子も強いのだろうな。
対戦が楽しみな相手が増えて俺は嬉しい」
と、それだけ言って、今度こそ夜の暗闇のなかへと去っていった。



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