「景虎様、庭の花が綺麗に咲いてましたので、少し摘んで参りました。活けますね」
茶が入った、花が咲いた、珍しい菓子が手に入った、良い香が…etc
あかりは何かにつけて景虎の部屋を訪ねてくる。
そしてシン…と静かだった部屋に小鳥のさえずりのようなあかりのおしゃべりが響き渡る。
内容は天気の事だの日常の事だの、たわいのない事だ。
時に剣の手入れをし、時に書に目をやる景虎の横で、BGMのように流れ続ける。
よくそれだけ話題があるものだ、と景虎は感心する。
軍師と呼ばれるだけあって博識ならしい自分ですら、それだけ話し続けられるものではない。
「お前は本当によくしゃべるな…」
景虎が言うと、あかりは少し首をかしげて心配げに景虎を見上げた。
「うるそうございますか?ご迷惑でございましたら控えます」
「いや、たのしそうで良い」
シュン、としたあかりに、努めて柔らかい声音で言う。
「オレはあまり話すのが得意ではないから、黙っていられると…何かきまずい」
本心だった。
たわいもない話、というのをしてみようにも、何を話してよいやらわからず気を使うし、かといって黙っていると、沈黙が続くのがつらい。
あかりは一人で楽しげにしゃべっていて、しかしこちらが言う事にはもちろん反応する。
時には自分で自分自身の言葉に答えてみたりと、こちらが黙っていてもそれがむしろ気の利いた対応のように見えて、気詰まりでない。
景虎のように人付き合いが苦手という人間にとっては珍しく側にいて苦痛にならない人種だった。
苦痛どころかむしろ楽しいと言っても良い。
人付き合いが苦手なだけであって、別に人が嫌いという訳でもないのだ。
時には人恋しくなる事もある。
もっとも…それを誰に言うでもなく、感情が顔に出る事もないので、すっかり一人が好きという風に通っているのであるが。
それでなくてもキツイ印象を与える顔立ちのせいで、気軽に近づいてくる者も少なく、さらに話しかけてもあまり反応が良くない事で、さらに人がよりつかない。
天才軍師の名も人を気後れさせ、近づきにくくしている。
さらにさらに…身近で秀吉が様々な女達から様々に辛らつな言葉を浴びせかけられるのを見るに従って…もう自分は一人でいいか、と、一種開き直りみたいなものを感じていたりする。
あまりに人との親密な交わりを避けすぎているがゆえに、景虎は気づかない。
女達が辛らつな言葉を浴びせかけるのは『秀吉だから』である事を。
今までは特別用もなくてもなんとなく話をする相手は秀吉だけだった。
というか、用もないのに景虎に話しかける度胸のある人間がいなかったというべきか。
「景虎様、なんの書をごらんになっておいでなのですか?」
景虎の言葉に元気を取り戻したあかりは、景虎がさきほどから目を通していた書を覗き込む。
「うむ。鉄砲という南蛮渡来の武器についての文献でな…」
と答えかけて、すぐ気づいて苦笑する。
「まあ…オナゴが聞いて楽しい話でもないな」
「南蛮渡来とは…珍しい物なのでございますね。剣や槍とは形状も違うようで…
どのような物なのでございますか?」
「おかしな物に興味を持つな。無理にオレに話をあわせる事はないぞ」
さらに聞いてくるあかりに景虎は答える。
「いいえ」
と景虎の言葉にあかりは首を横に振った。
「あかりは景虎様の秘書でございますれば…景虎様のご興味をお持ちのことは知りとうございます。それに…」
「それに?」
と、景虎は先をうながす。
「あかりは今まであまり外の世界を存じませんでしたので、見るもの聞くこと全てが興味深く感じます」
目があった景虎ににっこり微笑むと、あかりは書に目をうつした。
「あかりは物知らずなので理解も浅いとは存じますが、もし景虎様のご迷惑にならぬようでしたら、この鉄砲と言うものの事も教えて下さいませ」
「そうか」
おかしな娘だ…と思いながらも、景虎はなるべくわかりやすい言葉で噛み砕いて説明を始めた。
さぞや退屈するのでは、と景虎は思いつつ話を進めたが、あかりはある時は不思議そうに首をかしげ、ある時は眉をひそめて考え込み、ある時はうなづき、コロコロと表情を変えながら真剣に聞き入っている。
「つまり…」
と話が一区切りついたところで、あかりは考え込みながら口を開いた
「この、鉄砲というものは威力は大きくとも、一度撃った後に弾を詰め直すのに時間がかかるため隙ができるので、実戦への投入は難しい、という事なのでございますね?」
(ほぉ…話についてきていたのか)
景虎は感心しながらうなづいた。
「うむ、そういう事だ。ゆえに…それを補うために軍を3部隊に分けて、第一隊が撃った後に第一隊を最後尾に下がらせ、準備を終えた第二隊を前に、第二隊が撃ったらまた最後尾に、という具合に交代で撃てば、そのできた隙を補えるかと、思うのだが…まあ、それをやるには3倍の数の鉄砲が必要だからな。
大殿に進言したところ面白いと興味を持たれたらしく、今あちらで数を揃えているらしいが」
「兵法というものは…常に進歩しているのでございますね」
あかりは神妙な顔で言う。
可愛い顔に不似合いなその難しい表情に不意に笑いがこみ上げてきて、景虎は噴出した。
(…?)
急に笑い出した景虎に、今度はあかりはぽか~んと首をかしげる。
「景虎様…?」
不思議そうにあかりが問いかける。
さきほどから百面相のようにコロコロ表情が変わる顔が今度は軽くすねるようにぷ~っと頬をふくらました。
「景虎さまぁ~!」
「い、いや、すまん」
と応えるものの、笑いが止まらない。
「あかりは可愛いな、と思ってな」
あかりの膨らんだ頬から空気が抜けて、今度は真っ赤に染まった。
「突然何を…」
両袖で顔を覆って袖の中からもごもごと言う。
その様子がまた可愛らしくもあり、思わず笑いがこぼれる。
「でも…景虎様…」
「ん?」
しばらくしてそ~っとずらした袖の間から大きな瞳が覗く。
「そういう風にお笑いになる景虎様、初めて拝見致しました」
(そういえば…)
と自分でも思う。
思い切り笑ったのなど、どのくらいぶりだったか。
(オレとした事があかりにつられたか…)
「そうだな。ここ数年こんな風に笑った事などなかったな」
「ええ~?!」
つぶやく景虎にあかりが驚きの声を上げて袖の間から完全に顔を出し、景虎をまぢまぢと見上げた。
吸い込まれそうに大きな澄んだ瞳が景虎の顔を覗き込む。
「そんなに長い間楽しいと思われることがなかったのでございますか?」
真剣な顔でたずねるあかり。
あったような、なかったような…ふむむ…
「無かったかもしれん…な。楽しいかどうかなど考えた事もなかった。
楽しい楽しくないではなく、やらねばならん事が多いしな…」
こちらも真剣な顔で考え込む。
「京見物に参りましょう!」
あかりがスクっと立ち上がった。
「な、なんだ?唐突だな」
「景虎様も少しは遊びの部分をお持ちにならなくては…そんなにいつもいつも根を詰めていらしては、過労死しておしまいになりますよ!」
ピシっ!と言ってしばらく沈黙
「実は…」
とやがて続ける。
「わたくしも初日に迷った以外、街を見るのは初めてで見物してみたいのでございます」
と、にこぉっと重ねた両手を口元に当てて微笑む。
噴出す景虎。
「わかった、わかった。出かけよう。支度をしてまいれ」
「は~い♪」
軽い足音が遠のいていく。
(不思議な娘だ…)
常に己を崩さないはずの自分がいつのまにかつられているのを、我ながら面白く思う。
常に曇りがかった気分を吹き飛ばす春風が、初夏の羽芝邸に舞い降りていた。
誤変換報告です。「香が炊かれる」→「...焚かれる」かと^^;ご確認お願い致します。(*- -)(*_ _)ペコリ
返信削除ご指摘ありがとうございます。
削除修正しました😊