俺達に明日はある?第10章_美姫と野獣

「あ~…近づいても噛み付かないから大丈夫だ…。」

昼…暗い夜よりはまだ恐怖心も和らぐだろうと、景虎はつるぎと共にあかりをまずは秀吉に引き合わせるべく、双方を自分の離れに呼ぶことにしたわけだが…

部屋で待っていた秀吉を目にしたとたん…あかりが固まった。
ジリ…ジリ…と景虎の背後に隠れる。

(ハァ~…やっぱりか…)景虎は内心頭を抱える。
そもそもつるぎはともかく、自分がそういう反応を取られなかった事自体がすでにすごいことなのだ。

自慢じゃないが、自分も親しみやすい容貌とは言えないと思う。
ただなんというか…あかりの秀吉を見る目はすでに、『怖そうな人』を通りこして『怖そうな得体の知れないもの』を見る目になっていた。
景虎の腕にしがみつきながら、ガタガタと震えている。
一歩でも近づかれたならそのまま失神しそうな勢いである。

「そんな面をしているお前が悪い!!」
つるぎに容赦のない言葉をあびせられ、
「つるぎいぃぃ…」
と情けない声をあげる秀吉。
その声を聞いて、何かがプツっと切れたようだ。
「あかりっ?!!」
景虎があわてて崩れ落ちる細い体を支える。

「医者を!」
と言う景虎を制して、つるぎがあかりの細い手首を取る。脈を取り、顔に手をかざし呼吸を確認。

色々調べて
「気を失ってるだけだな。」
と決断を下す。


「やっぱり怖いよなぁ…」
秀吉が大きい体を小さく丸めて息をはく。
「すご~~~くひどい事をしてる気になってくる。トラ、無理だ。やめよう」

元々気の優しい男なのである。
あかり的にも無理だが、秀吉にとってもまた限界なのだろう。
景虎もこの件に関してはあきらめることにした。

あかりは戦闘に連れて行くわけでもないし、無理に秀吉に近づけなくても、避けられない接点があるわけでもない。
とりあえず…つるぎはなんとか秀吉に馴染んだ事だし、当座はそれでヨシとしよう。

天才軍師と言えども不可能な事はあるのである。
こうして第一次遭遇は失敗に終わった。



「サルには可哀相だが…まあ普通に考えれば無理だよな」
気を失ったままのあかりを部屋に運び、つるぎはそのまま景虎と縁側で話し込む。

「うむ…まあここまでここの生活に拒否反応起こさなかったのが奇跡みたいなものだな」

景虎もこれには同意せざるを得ない。
宮中生活が長い名家の出のつるぎが、恐らく自分よりもよほど身分の高い家の姫だと言うのだ。
本来なら御簾の中で限られた人間としか顔をあわせず生きているような人種だ。
下々の前に顔を見せるだけでもすごいことのはずだ。

…でも良い奴なのだ、秀吉は。
できればその良さを判ってほしかった。
だが、外見はその友情を持ってしてもかばいきれないほど、ごつく、怖い。
そんな雅に生きる深窓の姫にとっては下手をすれば人外の物に映ってもおかしくはない。

(いつかわかる日がくれば良いが…)
景虎が切にそう願っていたその頃…

自分の離れに戻って大きく肩を落とす大男の姿が…

ほっそりと可愛らしい少女だった。
高貴な身分の姫らしい気品がありながら、冷たい気難しさを感じさせないほんわかした雰囲気をまとっていた。

景虎の離れの一室で待ちながら、景虎やつるぎと楽しげに談笑しながら歩いてくる少女の姿をみかけた。
自分がよく口説いている女性達よりはるかに若く、よこしまな気持ちがわくような年齢でもない。
つるぎがそうであるように、ただ、家族のように、妹のように仲良くできたら、と思ったのだが…

「やっぱ怖いんだなぁ…」

女性には好意を持たれない容貌だというのは自覚している。
面と向かってきつい事を言われるのも日常茶飯事だ。
だが、悪意の全くない少女相手だけに今回はひどく堪えた。

(はぁ~…)
おちこんだ気分のまま母屋に向かう。

「茂助~…手が空いてたら茶を煎れてくれんか」
廊下で見慣れた後ろ姿をみかけて声をかける。

「は~い、あ、殿、丁度良いところに…」
振り返った茂助の影に見える人影にぎょっとする秀吉。

「す、すまん。あとで良い!」
踵を返しかける秀吉に、あかりが後ろから声をかける。

「ま…待って!!」
茂助が
「じゃ、広間においておきますね~。お茶」
と去る気配がした。

シ…ンと一瞬の沈黙。

いや、正確には
「逃げちゃだめ…逃げちゃだめ…逃げちゃだめ…」
と小声であかりがつぶやく声が。

(聞こえてるし…)
小さく息をつく秀吉。

緊張した小さな人影が近づいてくる気配。
「あの…あかりちゃん?」
不信に思って振り向きかけると
「振り向かないでっ!」
とピシっとした声が飛んでくる。

「はい!すみませんっ!」
慌ててまた後ろを向く秀吉。

「怖くない、怖くない、怖くない…」
またお題目のような小さなつぶやきが聞こえる。

「か…噛み付かないから、大丈夫…大丈夫…」

(珍獣かいっ!)
心の中で密かにつっこみをいれる秀吉。

「お座りっ!」
聞こえないはずの秀吉の心の声を肯定するように、またピシっと命令口調で声が飛んでくる。

「はいっ!」
思わず勢いで返事をしてしゃがむ大男。

「よしっ!」
誰に向かって言ってるのか微妙な小さな掛け声。

小さく息を吸い込む音。
そろ~っと小さな手が近づいてくる気配。
チョンっ!と指先が頭にふれる。

チョンチョンっ…とだんだん触れる時間がふえ…
ナデナデ…。

小さな手の感触は心地よいが、微妙なシチュエーション。
複雑な気分だ。

「うん、大丈夫」
これはたぶん独り言。

「大人しく…良い子にしててくださいね♪」
これは…たぶんというか絶対に自分に向けられた言葉なんだろうなぁ。

(良い子ってなんですか…?)
聞いてみたい気もするが
「はい」
思わずと神妙に返事を返す秀吉。

「よしよし、良い子ね~。うん!慣れたら可愛い♪」
10歳ほど年下の少女に頭をなでられる大男…。
扱いは何かを勘違いされているような気がしないでもない。
…というか、やっぱり珍獣ですか?!

「茂助っ!!あかり見なかったかっ?!!」

可愛らしい少女に忠犬のようにナデナデされている大男。

異様なその絵図を見て
(お茶…二人分用意した方がいいのかな)
などとノンキに立ちつくしていた茂助に、血相を変えて詰め寄る二人、つるぎと景虎。

茂助は二人から見えるように少し体をずらして、あかりを指さす。
一瞬同じようにぽか~んと立ち尽くす二人。

「え~っと…」
と、同じように眉間に手をやる。

そしてほぼ同時に
「なんなんだ?あれは…?」
と、同じセリフ。
そういえばつるぎ達が初めて来た日もそんな事があったような…

(似てるよなぁ…)
と茂助は感心する。

(景虎さんと似た人物なんてこの世にいるとは思わなかったなぁ…)
『ある程度明るくまっすぐ育った景虎』それがつるぎに対する茂助の印象だった。

ともあれ、美姫と野獣…第二次遭遇…成功?!めでたしめでたし。










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