「サル!稽古をつけろ!」
縁側にデン!と仁王立ちになるつるぎ。
は~っと大きなため息をつきながら、それでものっそりと秀吉は立ち上がった。
「当たり前だ!半殺しにしてでも稽古をつけてもらう!」
などとつるぎは物騒なことを口走る。
(半殺しにされたら…もう稽古なんてつけられないと)
ともっともな事を思いつつ、秀吉はしかたなしに部屋に立てかけてあった棒を手にした。
(なるほど、これはなかなか…)
景虎の言っていた通り、子供だと気を抜いたらこちらがやられかねない。
それなりに緊張感を保ちながら、秀吉はつるぎと太刀を合わせる。
綺麗に型通りに打ち込んでくるのだが、では意表をつくような反撃に出られると弱いかと思うとそうではない。柔軟に対応して、さらに打ち込んでくる。
それに驚くほど身が軽い。
秀吉ほどになるとつるぎの攻撃を受け流すのはさほど難しい事ではないが、では一本取ろうかと思うと、これが極めて困難だ。
どこに打ち込もうと、虚をついてみても、ヒラリヒラリとかわされる。
死なない戦い…あえて銘打つならそんな感じだ。
景虎がいきなり戦場の、しかもいつも自ら突撃せずにはいられない自分の隊、つまり、最前線に送り込もうなどと、一見無茶とも思える決断を下したのもうなづける。
一方つるぎの方は若干いらついていた。
一本取れない…これはさきほどの景虎との手合わせでの経験上、予測の範囲内であった。
それ自体は別に仕方ない事だと思う。
ただ、攻撃がぬるい。それが気に入らない。
確かにそれなりに痛いところもついてくる。
だが景虎の時のような殺気だった鋭さがない。
所詮子供と手加減されているのか…
「サル!いい加減にしろっ!!」
とうとうつるぎが爆発した。
「所詮子供だと思ってなめてるのか!」
木刀を投げ捨てて叫ぶ。
「・・・?」
秀吉は怪訝な表情でやはり棒を振るう手をとめた。
「それなりに真剣に…やってるんだが?」
「嘘をつくなっ!攻撃がぬるい!!」
(ぬるいって言われても…)
秀吉はがっくりと肩を落とした。
誓って手加減しているつもりはないのだが…
「本気でやってるのに当たんないだけなんだけど…。どうしろっていうのよ?」
「うそつけ!」
「いや、ウソつけって言われても…」
本気で困る秀吉である。
「茂助が貴様は景虎と同じくらい強いと言っていた!
なのにこんなに攻撃に鋭さがないわけないだろう!!」
(ああ、なるほど、そういう事ね)
と心中納得する秀吉。
「そりゃね、実戦でのことで…普段から相手殺す気で剣振れるなんて人間そうそういないから。トラは特別」
「貴様も殺す気でやれ!」
「そんな無茶な…」
さて、どうしたものか。
こういう口での説得は苦手である。
だが…真剣なつるぎにはいい加減に答えるわけにもいくまい。
後々の信頼関係にも響く。
「つまりねぇ…つるぎ、お前、親兄弟に対して殺す気で剣振れる?」
「姉しかいないから、無理だ」
(そうきたか…)
つるぎの言葉にがっくり肩を落とす秀吉。
しかし続く
「父上はまあ…手加減するほど私の力がないからなんとも言えんが、嫌な親父ではあるが殺す気にはなれんな」
というつるぎの言葉にとりあえずほっとする。
「でしょ?オレにとってここにいる家臣みんな家族なわけよ。
だから敵と同じ感覚で武器をふるうって無理なのよ」
むぅっと、考え込むつるぎ。
「でも誓って手加減とかしてないから。
トラも言ってたけど…つるぎの攻撃避ける能力ってまぢはんぱじゃないから」
「景虎が?ウソだ!!」
秀吉の言葉につるぎは叫んで、下を向いて唇をかむ。
「さっき手合わせしたが…全然歯がたたなかった」
自尊心の高いつるぎだけに、よほどこたえたらしい。
「ほんとのことよ?実はトラ、あのあとここに来たから」
「景虎が?」
言って良いのかわからないが、あまりに気の毒になって秀吉は言った。
「あまり他人を誉めないトラが絶賛してたよ。
本気でしかけたのにかすりもしなかったって。
攻撃も一撃がすごい重いって言ってたぞ」
秀吉の意外な言葉につるぎはぽか~んとする。
「でも本当に全然歯がたたなかったんだ…」
半信半疑でつぶやくつるぎに、秀吉はやれやれ、と言った感じで肩をすくめた。
「まだ実戦も経験した事ない若いもんにあっさりやられちゃ、しょうがないでしょ。
でも数年後にはサシで負けるかもって言ってたぞ」
「まさか…」
「世辞は言わん男よ?奴は。
その証拠に…次の今河戦はオレの隊に配属するって言ってたしな」
「サルの部隊なのか」
がっくりと肩を落とすつるぎに、秀吉はさらにがく~っと大きく肩を落とす。
「つるぎぃ~、あ~の~ね~…普通大抜擢よ?大将の部隊って」
「だって大将の部隊なんて最後方で戦闘なんてほぼないじゃないか」
口を尖らせて言うつるぎの言葉に、秀吉はにや~っと笑った。
「あま~い。うちの大将隊は軍の最前線だぞ」
「へ?」
ぽかんと口をあけるつるぎ。
大将が最前線?そんな戦闘聞いたことがない。ありえない!
「大殿にお褒めに預かったさきの今河戦だって、先陣切ったのはオレの部隊だしな」
「まじ…か」
軽いカルチャーショックを覚えるつるぎ。
こいつら、まぢめちゃくちゃだ。
『今、日の国で一番面白いところぞ』
信長の笑い顔がチカチカと脳裏をよぎる。
「後ろでお上品に控えている大将についてくるような男達じゃないからな、うちの面々は」
他人にできないことを成し遂げるためには他人のしない事を…
信長の口癖だった。
信長が…気に入るはずだ。
あいつはこういうめちゃくちゃな奴が大好きだから。
あの自信満々な態度はこういう配下が下にいるからなんだろう。
そして…同じくわくわくしている自分がいることにつるぎは気づく。
景虎が信長の誘いを断ってこの軍団に固執する気もわかる気がした。
つるぎはここに送り込んでくれた信長に心から感謝した。
「よし!サル!稽古をつけろ!」
つるぎは投げ出した木刀を拾い、握りなおした。
「景虎を越えるくらい強くなって最前線でお前を守ってやる!」
(やれやれ、お子様は元気なこった)
景虎ならそういうところだな。
密かにそんな事を考えながら、秀吉は棒を構えなおした。
(だがオレは…そんな元気な子供は嫌いじゃないぞ)
たぶんその言葉に自分ならそう返すだろう、と秀吉は思う。
さっきまで信長によってかすかにつながっていた脆い絆が今、確実に強くなったのを感じて秀吉は再度つるぎと刀を合わせ始めた。
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