俺達に明日はある?第12章1節_つるぎ初陣-出立の時

「つるぎ様…お気をつけて。秀さん守ってあげてくださいね…。」

晴天。
いよいよ待ちに待った初陣だった。

前日からわくわくして眠れず、それでも張り切って鎧をつけたつるぎを迎えたのは涙を目にいっぱいに溜めたあかりだった。


「秀さんも…良い子にしてちゃんとつるぎ様のおっしゃる事聞いて下さいね」

相変わらず認識は珍獣、あるいはペットらしい…
(それ逆だし…)
と思いながらも、泣かれると弱い秀吉は、はい、はい、と神妙に返事をする。

大将からしてこの扱いだ。他の屈強の男達も今では忠犬のように姫に飼いならされている。

「あかり様、いってきやす」
大将の秀吉を先頭に次々にあかりに頭を下げて、門をくぐっていく。

「つるぎ様お怪我をなさらないで下さいね…これ…お守りでございます」
つるぎの手にそっと手に小さな守り袋が握らされる。

(やっぱり戦ではこういう出発前のシチュエーションも大切だよなぁ)
「ありがとう、あかりも留守、きをつけろよ」
一応真剣な顔をしつつも、内心はご機嫌なつるぎ。
あかりの手を両手で握り締め、すこし雰囲気に浸ったりしている。

(ん?)
その懐に見慣れない物をみとめて、あかりの顔に目をやる。

「あ…これでございますか?」
あかりは懐からすっと絹布に包まれた小刀を出す。

「景虎様からの賜り物でございます…何かあった時にはこれで身を守るように、と…」

通常は男が戦に出るという事は、残された城は手薄になる。
留守居も危険がないわけではない。
まあ…今回はここから30分ほどの場所に信長がどっかりとのさばっている状態だ。
何かある、という事もないはずではあるが。

(畜生!やられた!さすが景虎。やることがかっこいいなぁ!)
自分も何かやればよかった!と、まだまだノンキな子供のつるぎである。

「では行ってくる!」
しばらくあかりとの別れを惜しんだあと、つるぎはヒラっと馬に飛び乗った。
そのまま軍団を追い越し、先頭の秀吉と景虎に並ぶ。

「遅れて軍紀を乱すな」
即、景虎から叱責が飛ぶ。

「すまん。あかりに別れを言っていた」
いつもにもまして厳しい景虎の声につるぎは首をすくめた。


「景虎は言わなくて良かったのか?」
そういえば、全くあかりと言葉を交わしてる様子もなかったなと思い、つるぎが言うと
「言うべき事は昨日言った。出る直前にグダグダやっていると規律が乱れる」
とにべもない。
これは…かなり怒っているのか…少し不安になる。

「小刀もその時やったのか。あれ、格好いいな」
空気を変えようと言ったのだが、空気がさらにさ~っと冷たくなってぎょっとする。

「馬鹿か?お前は…。あれがどういう物か知ってて言ってるのか?」
「あ…え~と・・・留守中に身を守る・・・」
「太刀構えた奴相手に小刀で身を守れるものか」
景虎はしどろもどろになるつるぎの言葉をピシっとさえぎった。
声音の冷たさに言葉を失うつるぎ。

「あれは、万が一そういう状況になった時に自分の命は自分でケリをつけろという意味のものだ」

「え?」
景虎の言葉につるぎは氷ついた。
この男はあかりに自害用の刀を渡してきたというのか…

「敵軍に捕まった女は死んだ方がマシな扱いを受ける。
戦場で離れる男はそういう時に殺してやる事もできん。
だからそういう物を用意しておいてやるものだ。
戦は遊びじゃない。物見遊山のつもりならいますぐ帰れ!」

つるぎに一瞥もくれず景虎は言った。
その横顔は無表情にまっすぐ前を見据えている。

「ごめん…」
はしゃいでいた自分が恥ずかしくなった。

「つるぎ…」
一気にしょぼんと肩を落としたつるぎの馬の手綱を自分の方に引き寄せて、秀吉が少し速度を落とす。
そして景虎から距離を取った。
つるぎと秀吉を残して景虎は先頭を切っていく。

「トラも新人入るときはいつもにもましてピリピリするから気にするな。
自分が決めた配属で死なせたくないんだよ。やっぱり。
特に若い者の初陣は緊張しすぎや逆に緊張不足で予想外の事故も多いしな」
つるぎを引き寄せて頭をポンポンと叩く。

「いや…今回は私が悪い…」

大人のつもりが子供のようにはしゃいで景虎を怒らせ、さらに秀吉に子供のようになぐさめられるのは惨めだった。
しかしその惨めさ以上に、意味もわからずあかりに対する景虎の配慮をかっこいいなどと称した自分の無神経さが恥ずかしかった。

可哀相なくらい肩を落として落ち込んでいるつるぎを見て、

(トラもあそこまで言わんでも…どれだけ落ち込むかわかるくせに)
と秀吉は一人心の中でつぶやく。

自分の間違いに気づいた時、つるぎはそれを誤魔化さない。
悪いと認め、自分で自分を責める真面目な性格である事を秀吉は今まで行動を共にする中で感じていた。

未熟さにおいても、気づいた瞬間にひたすら努力して努力して努力する。
そのある種まっすぐすぎる生真面目さ、それは同時に旧友景虎の性格でもある。

秀吉は自分はいい加減な人間だと思う。
酒が好きで人も好きで女も好きで…体がなまらない程度に鍛錬して、特に困らない程度の事なら、なあなあですます事もままある。

でもそれで充分困らず楽しく暮らしていけるのだ。
自分のそういう部分が自分の周りにもそれほど負担になっているとも思わない。

景虎やつるぎが何故そこまで自分で自分を追い詰めるのか、秀吉には理解できなかった。
だが、そういう自分にはない生真面目さには敬意も好意も感じている。

いい加減な自分だから、いい加減に見限る人間が出てきてもしかたがない…

常にそんな割り切りが秀吉にはあったが、そんな自分でも景虎だけは最後の最後まで裏切らない。
そういう確信もあった。

そしてその盟友にどこか似たつるぎだからこそ、特に目をかけてしまっているのを自分でも薄々感じている。

景虎は自分よりもはるかに賢く強い男だ。
自分の手など必要とはしていないだろうと思うと同時に、その友にどこか似たこの子供には一人で全て抱え込まないでも良いのだと、何かあれば手助けしてやりたいと思っているのだという事を教えてやりたかった。


「まあなぁ…オレのようにいい加減なオヤジに色々言われたくはないだろうからこれ以上は言わんが…あまりに気が沈むようなら野営の時に酒でも持ってオレの所へこい。晩酌のつきあいくらいはしてやるぞ」

まだ若いのに他人に頼る習慣をあまり持たぬように見えるつるぎの事だ。
頼れと言っても素直に頼らないだろう。せめて気晴らしでも…と思い秀吉はつるぎに耳打ちする。

すると
「戦の前だと言うのに、お前は馬鹿か?!少しは自重しろ!大人のくせに!」
つるぎに即叱られた。

(やれやれ…だが、なんとか調子が戻ってきたな)
と、密かにほっとする秀吉。

「…変に気を使わせた。…..すまん…」

その時、普段の元気な声からは想像もできないような、小さな小さな声でボソボソっとつるぎがつぶやいた。

「へ?今なんて?」
あまりの意外な言葉にポカ~ンとする秀吉。

「言えるかっ!馬鹿やろう!!」
いきなり秀吉の馬の横腹を蹴っ飛ばし、自分はさっさと前へ走っていくつるぎ。

「意地っ張りめ!」
バランスを崩して落ちかけるのを、なんとか体勢を立て直し、秀吉は軽く笑ってその後ろ姿を追いかけた。








2 件のコメント :

  1. 本日も誤字報告です...^^;「いっぱいに貯めた」→「...溜めた」「体制を立て直し」→「体勢を...」かと思いますのでご確認ください<(_ _)>

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    1. ご指摘ありがとうございます。
      修正いたしました😊

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