前世からずっと番外3_20_リターン トゥ 東南アジア

──あ~…それ檮杌じゃないかしら。よく生きて帰って来たわね。
──ひっ…マジ?!いや、でもさ、あれって伝説上の生き物じゃないの?!

1人で扉を超えて、何かを抱えて帰ってきた錆兎が珍しく憔悴して
──ちょっとだけ…ちょっとだけ休ませてくれ…
と、その場にへたり込んだ上で話した扉の向こうで起こった出来事に、マリアとムラタは青ざめて、義勇は

──さすが錆兎だ…でも、でも…無事でよかった…
と、錆兎にしがみついて泣き出した。


マリアいわく、どうやら錆兎が扉の向こうで出会ったのは神獣で、戦ったのは四凶と言われる悪神らしい。
まあ、実際はそれをイメージした何かということなのだろうが…
さすがに本物…だとは思いたくない。

というか、正直、二度とこんなことはごめんだ…と言いたいが、恐ろしいことに応竜いわく証は7つ集めないとならないらしいので、こんなことがあと6回あるということである。

さすがに錆兎でも心が重くなった。

が、頭領である父の命なので、途中で挫折して帰るわけにもいかないし、何よりここで止まればこのために殺された卜部の本家の家族の命が無駄になってしまう気がして、挫折する…という選択肢は取れない。

次の試練までどのくらい間があるのかはわからないが、とにかく鍛えて鍛えて鍛えるしかない…と、錆兎は、そう腹をくくる。


と、いうことで、7つ集めないと意味を為さないらしい東アジアの覇者の証は船の奥底に放り込んでおいて、一行はムラタと錆兎と義勇が出会った…そして、錆兎がムラタから船団を譲られた東南アジアへと舞い戻ることになった。

舞い戻る…と言っても、本拠地は相変わらず最初に寄港したマニラに置いているので、東アジアという資金稼ぎの場を確保し終わったところで、あらためて東南アジアの市場に足を伸ばすと言うことになるだけなのだが…。



こうしてマニラに戻った錆兎達が、まず何から手を付ければいいのか、と、なった時、頭に浮かぶのは最初の船団のことである。

嵐で遭難して、もうどうにもならなくなったムラタから残った船を預かって商売を初めてしまったわけだが、その船は当たり前だが元々はムラタ個人の物ではない。

ムラタが勤めていたペレイラ商会の持ち物だ。

「…となると、やはりきちんと返却するものは利子をつけて返却して、筋を通しておいた方がいいな」

遭難した時に身一つで港にたどり着いたと詐称することもできるし、言わなきゃバレない…と言えばそれまでだが、そこはきちんと正直に申告して勝手に借りていたことに関しては謝罪をして、謝礼を含めて3倍返しくらいにはしておきたいというあたりが、錆兎の錆兎たる所以である。



「で?どのくらい渡すご予定?」

渡すということは決定として、どのくらい用意すればいいのかと、最近、ムラタと共に経理も担当しているマリアが船長室に常駐するために義勇とは反対側の船長のデスクの隣に運び込んだデスクで帳簿をめくる。

それに錆兎は
「そうだな…ざっくりと金貨100万くらいでどうだ…」
と言った。

「100万?!!!」
さすがにありえない大金に叫ぶムラタ。

マリアは叫びはしないし驚きを表に出しもしないが、内心は驚いてはいるのだろう。
ぺらぺらと手持無沙汰に帳簿をめくっていた手がピタリと止まった。

「…それは、どういう計算なのかしら?」
と、飽くまで淡々と冷静な様子で問うマリア。

それに対して錆兎が
「出して支障の出る金額ではないだろう?」
と聞くと、
「もちろん」
と、頷いたあと、それでも
「ただ、どういう試算でそうなったのかが知りたいだけ」
と、説明を促した。

「まず、船がナオ一隻。これが1万4千。ムラタが預かっていた資金3万」
「ええ、それで4万4千よね?」

「俺が借り受けたのはな。
でもムラタは今では俺の部下だ。
ムラタが出した損失も俺が補填すべきだと考えている。
ということで、そもそもが不可抗力だったにしても、船団は5隻の船で出来ていたから、4隻分の損害が出ている。
だからそれにプラスして、ナオ4隻分、5万6千枚の弁済が生じる」

「それはわかったわ。じゃあ、全部で実質的補填額は10万よね?
支払額がその10倍になった理由は?」

「ん~~1年間弱の借り賃が30万に利子が10万。まあ大目に見積もった方がトラブルにならないだろう?」
「ええ、そうね。でもそれで半額。あとの半額、50万は?」

「ムラタを気持ちよく手放してもらうための了承前提の謝意…だな」
にこやかに宣言する錆兎に、マリアは今度こそ驚きを隠さず目を丸くした。

手にした羽ペンがカタン…と、手から零れ落ちてテーブルに転がる。
もちろんムラタ当人だって驚かないわけがない。
応接セットのソファに座って飲んでいた茶を危うく噴き出すところだった。

「…お、おまっ……おまっ……!!!!!」

言葉が出ない。
わけのわからぬ言葉になりそこないの音を吐き出すしか出来ないムラタに、錆兎はニコリと人好きのする笑みを向ける。

「俺にはムラタが必要だし、そもそもが、ムラタのおかげで今のミナモト商会があるのだからな。
背信という不名誉な形ではなく、正式な手続きを取っての移籍という形にしたい」

「…錆兎……」

まあ錆兎はたまたま才があるところに、マリアのような商才の塊のような人間がいるためにかなり稼いではいるのだが、それにしたって、普通の才の人間であれば船団を率いてそれだけ稼ぐにはおそらく数年…いや、10年以上はかかるであろう大金を、ただ、ムラタの名誉のためだけに投げ出そうというのだ。
不覚にも泣きそうになった。
いや、もう目に涙がたまりかけている。

「…でも、…でも、俺一人の名誉なんてくだらないもののために、そんな無駄遣いしちゃダメだろうがっ!」

その気持ちだけで十分だ…と思って言うムラタに、錆兎が

「お前は部下である前に、大切だが危険な場でもいつもためらうことなく同行してくれる真の友で、最初に俺と義勇に道を開いてくれた恩人でもある。
そんな大切なお前のために金を使うのは決して無駄遣いではない」
ときっぱりはっきり言い切ったところで、涙腺が決壊、大洪水だ。

「…っ…もう、…おまえっ…そういうとこだぞっ……」
と、嗚咽するムラタ。

「…よくわからないが…それでムラタがちゃんとここに居て良くなるなら、別にいいんじゃないか?
錆兎とマリアの仕切りで荒稼ぎしてるみたいだし?
金をけちってムラタが元の商会に戻ってしまうのはいやだ」
と、それを見て義勇が、

「そうね。ま、色々揉めるくらいなら、別に今の余剰資金の額からいっても全く何も影響のない程度の金額だし、札びら叩きつけて片を付けた方がいいわね」
と、マリアが、

そしてその二人の言葉を聞いて
「…マリアも義勇もこう言ってるしな。
とりあえずまずは金を渡しにマラッカだな」
と、錆兎が苦笑する。


これで、
「マリア、マラッカについたら即ペレイラ商会の総帥に面会を出来るよう、申し込んでおいてくれ」
「了解したわ」
と、錆兎が最終的に命じたことで最初の方針が決まり、船は正式に東南アジアへと舵を取ることになった。







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