前世からずっと番外3_21_マラッカへの帰還

バナナ、スイカ、スターフルーツ、マンゴー、グァバ、パパイヤ、パイナップル、ジャックフルーツ、ポメロゥ、ドクゥ、マンゴスチン。

初めて降り立つマラッカの街の市場はとても賑やかで、そこでは驚くほどの種類のカットフルーツが所狭しと並んでいる。

ムラタは地元民なので珍しくもないが、義勇はとても楽しそうに
「すごい!どれも美味しそうだっ!」
と、目を輝かせる。

ムラタにどんな味かを説明させながら、錆兎は義勇のためにやや多すぎる量のカットフルーツを購入しては、義勇が食べられない分の残りをマリアとムラタと3人で平らげていた。

船の管理のための留守番組以外は、水夫たちも久々にこの大都市の喧騒を楽しんでいることだろう。
元ペレイラ商会のムラタの下で働いていた連中だ。
彼らにとってもここは勝手知ったる懐かしい街なのである。


「これも美味そうだな。親父、3本ほど頼む!」
と、フルーツでは腹が膨れぬとばかりに、錆兎は鶏肉を焼く屋台に歩を進める。

「ほいよ、兄ちゃん」
と、焼き立ての鶏串に何か茶色の物をドロリとかけられて目を丸くする錆兎に、

「ああ、それはサテーって言ってね、香辛料に付け込んだ鶏肉をマリネにしたものを焼いて、最後にピーナッツソースをたっぷりかけて食べるんだ」
と、ムラタは説明してやった。

「…そう…なのか。なかなか面白い食べ方だな」
と、錆兎は3本のうちの2本はムラタとマリアに渡して、残った1本はまず義勇に味見をさせてやる。

「マラッカは活気があって良い街だな。さすがペレイラ商会のお膝元だ」

夏の日差しをめいっぱい浴びて、どこかキラキラとしたあたりを見回しながら目を細める錆兎に、屋台の親父は
「兄ちゃん、船乗りかい?
そんなら雇われるならクーンよりは、断然ペレイラだぜ!」
と、話しかけてくる。

「ん?ペレイラが特別に待遇がいいのか、それともクーンがダメなのか?」

思いがけず有用な情報が得られそうな機会にすかさず錆兎がそう聞き返すと、屋台の親父は
「あ~…後者だな。
俺の従兄弟がクーン商会が仕切ってるアンボイナの交易所で働いているんだがな、クーン商会が来てからというもの、商売がしにくくなったって言ってたよ。
仕入れ値が高くて儲けが出やしないし、客だって全然来なくなったってな。
俺はペレイラ商会の仕切りの街で良いな、俺もそっちに移りてえって言われてなぁ…まあ、ずっと商売してきた地盤ってもんがあるから、そんなに簡単にはいかねえんだが。
逆にミナモト商会の仕切りでここ1年ばかりのうちに急に市場が拡大したマニラは良いらしいぜ。
北の端って立地のせいで、東アジアとの貿易を独占で、大将のミナモト・サビトってのがこれまた景気の良い男前らしくてな、公明正大明朗会計、働いたら働いた分だけ役に立てば役に立っただけ金を払ってくれるんで、マニラで働いてた友人は御殿のような家を建てたんだとさ。
ま、上見りゃあキリがねえし、下を見てもキリがねえ。
俺はとりあえず今日美味い飯食って美味い酒が飲めるだけの金が稼げれば御の字だ」

ガハハっと笑って言う屋台の親父に、少し照れたように赤くなる錆兎。

マリアはそんな弟分に微笑まし気に視線をやりながらも、
「クーンという男は随分と金に汚い人間なのね」
と、それは頭の中の記憶の1ページにインプットしたようだ。


そうして散々街を楽しんだあと、夕方になってペレイラとの面会の時間になる。

今回はあまり大勢で押しかけていくこともできないので、当事者でもあるムラタと総帥の錆兎二人きりで、マリアは義勇と共に船で留守番だ。

正直、ムラタはまだマリアに対しては気の置けないとまではいかなくて、一緒にいるとかなり緊張をするのだが、それでもこういう交渉の場ともなれば、本来はマリアの独壇場なので、そのマリアが居ないのはやや心細く感じる。

錆兎も頼りがいはある男ではあるのだが、裏表がなさ過ぎて真正直すぎるところがある気がした。

それでも今回は仕方ない。
ペレイラは豪快に見えて用心深い男だ。
交渉相手がマリアだと変に警戒されてこじれる可能性がある。



「まあ、最悪、本拠地マニラ以外の東南アジアのシェアは必要ないし、市場として参入できなくても問題ない。
マリアいわく…札びら切ってダメなら市場を切り捨てて大人しく義勇の口にトロピカルフルーツを放り込む旅をしながら覇者の証の手掛かりをさぐればいい…という話だ。
向こうにはお前のことだけは気持ちよく諦めてもらえるなら、何も問題はないから、そう心配するな」

かつて知ったるペレイラ商会の商館への道を馬車でたどりながら緊張で青ざめるムラタの背を、錆兎は笑ってそう言うと、ポンポン!と叩いた。


どちらも親分肌と言われるペレイラと錆兎だが、能力のある者はどんどん取り立てて援助を惜しまないが失敗は許さず落とす時も容赦のないペレイラと違って、失敗も含めて受け入れてくれる錆兎は安心感が違う。

「…俺…お前と出会って、その下で働けて良かったよ…」
と、ムラタが思わず零すと、錆兎は
「気が合うな。俺もお前と共に働けるようになってすごく幸運だったと思っている」
と笑った。

そう、ムラタの方が”その下で”と言っても、このおとぎ話の勇者様は”お前と共に”と、明らかに能力も立場も違うはずなのに、まるで対等の者のように言ってくれる。

そんな愛すべき我らが大将に、ムラタはここ最近何度かあったように、また胸に熱いものがこみあげてきて泣きそうになった。









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