前世からずっと番外3_22_ドゥアルテ・ペレイラ

こうして馬車が停まった先、ペレイラ商会の本拠であるマラッカの商館。

とうとう、来てしまった…と、再度緊張するムラタに
──大丈夫。責任者は俺で、すべての責は俺が負う。お前は何も気にしなくていい。
と、錆兎が笑顔で言ってくれる。

ああ、なんと頼もしい笑顔だろう。
ペレイラ商会に居た時には総帥のペレイラはとてつもなく大きく強い男だと思っていたが、今ムラタの前を歩く男はただの商人の団体の総帥ではない。

鬼狩りの英雄を祖先に持ち、自身も覇者の証の資格者として東アジアの覇者の証の守護者に認められた英雄だ。

薄暗闇に浮かび上がる鮮やかな宍色の髪。
しっかりと筋肉のついた体躯。
すっと背筋を伸ばしてまっすぐに進んでいく男の後ろにいればこの世に怖いものなど何もないのでは?という気分にさせられる。


出迎えた執事に名を名乗り、船から運んできた箱を運ばせる下男を従え、執事に案内されて応接室まで案内された。

懐かしい…。
本来部下が応接室を使う事などほぼないが、ムラタは元の仕事が通訳だったため、ペレイラが外国の客と接する時にはその隣に立って通訳を務めたものだった。

もっとも…その時には彼が座るのはペレイラの横であって、客側のソファに座るのは初めてのことではあるのだが…


東南アジアらしい風通しのいい、木材を基調とした室内。
それでも安っぽく見えないのは使っている木々が高級なものであることと、品の良い装飾がところどころにほどこしてあるためだ。

14で多国語を操る才を認められて取り立てられて、船団を任せられるまで実に7年。
何度ここでペレイラの交渉の手伝いをしてきたことだろうか…

そんな風に感慨に浸っていると、使用人がペレイラが来たことを伝えてきた。

そして入ってくる大柄な男。
西洋人らしく金色の髪をぴったりと撫でつけて後ろで結び、肌は元は白かったのだろうが長い東南アジアの生活の中で白人にしてはやや焼けている。

以前はかなり近い位置で働いていたこともあり、会わなかった1年近い年月などすっかり脳内から抜け落ちて、思わず

──…総帥…。
と、口にすれば、
──その呼び方はやめろ。おまえはもうウチの人間じゃない。
と言われて冷水を浴びたような気分になった。


そんな風にやや身を固くしたムラタに気づいてか気づかないでか錆兎が動く。

「初めてお目にかかる。
俺はミナモト・サビト。東アジアを中心に商業活動をしているミナモト商会の総帥だ。
貴公には色々と恩と借りがあるのは重々承知しているので早く挨拶をと思っていたのだが、なにぶん活動拠点が北の地だったので挨拶が遅れて申し訳なかった」
と、立ち上がってペレイラに握手を求めた。

ペレイラも面会時間を取ったメインはそちらだ。
ムラタについてはそこでおいておくことにして、

「ドゥアルテ・ペレイラ、ペレイラ商会の総帥だ。まあ座ってくれ」
と、錆兎の握手に応えると、錆兎に再度座るように促して、自身もその正面のソファに腰を下ろした。


「北のほうってぇと、かなり気候も違うんだろうなぁ。
どうだ、こっちの…」
と、茶を勧めながらもまず無難な話から入ろうとするペレイラに、錆兎は

「失礼だが…」
と、その話を遮った。

「先に本題に入ってクリアにする物をクリアにしてから話さないか?
互いに相手を信頼できているのといないのとでは世間話の有意義さも違う。
最初にも言ったが、俺は貴公に借りたままの恩もあれば、即対処しなかった不義理も感じている。
今日、忙しい中で時間を取ってもらった一番の目的は、まず対等に話すためにその借りを返したいと思ったからだ。
こちらの都合で話を進めて申し訳ないが、先にそちらを片付けさせてもらって構わないだろうか?」

錆兎のその言葉にペレイラはじ~っと錆兎を正面から見据えた。
そして笑う。

「本来は世間話やらなんやらで駆け引きをしながら自分に有利に話を持っていこうとするのが商売なんだがな」
と、その言葉は、ペレイラにしてはかなり腹を割って本音を話しているとムラタは感じた。
どうやら今の段階では錆兎は割合とペレイラに良い印象を与えられているようである。

「俺は貴公と信頼関係を築きたいと思っている。
だから不当に自分に有利な条件を得ようとは思っていない。
もちろん不当な不利益も出したくはないが…
だから互いの条件をきちんと出したうえで、誠意をもって交渉するならしたい。
先にそちらの条件と言うのを出してもらえるとありがたい」

これは錆兎的には本当に本音なのはムラタにはわかるし、曲がりなりにも東南アジアを二分する商会の総帥をやっているだけあってそれなりに人を見る目があるペレイラもそう感じているだろう。

彼は大きな手に持つと妙に小さく見えるカップをテーブルに置くと、
「いいだろう」
と、身を起こした。

大柄な彼はそうすることで自らがさらに大きく見えることをよく知っている。
それがしばしば相手に畏怖を覚えさせ、交渉を有利にすることも…
そしてそういう体制になった時はペレイラが本腰を入れて話に入る合図だった。


「お前のとこの資金と船が俺んとこの物だったというのはムラタから聞いているな?
資金を全部引き渡してもらいたいところだがおまえたちが運用して増やしたんだし、何よりお前さんの潔さが気に入った。
だから多少割り引いて、実費プラス利子で片をつけようじゃねえか。
まず船の代金。
嵐で何隻かやられたらしいが…」

「あ…あの、1隻以外全部沈んだんです…」
と、ムラタが口をはさんだが、ペレイラにぎろりと睨まれてそれ以上は口をつぐむ。

「まあ、いい。ナオを造船所で新しく買えば1隻14000。
5隻分とは言わねえ。3隻で42000。これにムラタに渡しておいた資金が30000。
72000にあとは利子で全部で10万でどうだ?」

そう言われて錆兎はソファに横に運ばせておいた箱に手を置いた。

「全部で100万用意した。受け取って欲しい」

「はあ?」
さすがにペレイラもポカンと口を開けて呆けた。

「なんだなんだ?お前さん、桁を間違ってねえか?」
と言うペレイラに
「間違ってはいないな」
と錆兎はきっぱり言い切った。

「ムラタは今は俺の元で働いてもらっている。
だからムラタが出した損害は当然俺が補填する。
ということで、船の代金は当然5隻全額で7万。任された資金3万で計10万。
これが実質的補填額。
あとはその船を利用して1年弱交易をしたら稼げただろう額として30万。
利子が10万」

マリアにしたのと同じ説明を淡々と述べる錆兎にペレイラはますます唖然とした。

「おいおい、景気良い話だが、お前さんとこはそれで回るのか?」
「ああ。この10倍ほどは稼いでいるから大丈夫だ」
「10倍?!つまり1000万以上稼いだってことなのか?めちゃくちゃだなっ!」
「あ~…実は杭州の女帝と称される明国で顔のきく人間が船にいて…まあ、今は東アジアのシェアを実質独占に近い状態で商売させてもらっているから、正直金にはそれほど困ってはいない」

「なるほどなぁ…」
と、腕組みをして考え込むように頷くペレイラ。

それに錆兎は
「だからと言って全てを金の力で…とは思っていないから安心してくれ。
今回は単に誠意を見せたかっただけだ」
と付け足した。

「金があるのはわかったし、誠意もいいが……」
と、そこでペレイラは視線を錆兎に合わせた。

「今言った実質的な物の代金と借り賃と利子で50万なのはわかった。
だが、残り50万はなんなんだ?」
理由を説明された倍の値段をもらえれば万歳というほどペレイラは単純な男ではない。
信頼は出来るような相手に思えるが、あるいは裏が?と思ったのだろう。
そう聞いてくる。

もちろんそれに対する錆兎の答えもマリアに対するのと同じだ。
「ああ、それはムラタの移籍代とムラタと出会わせてくれた謝意…だな」

「はあああぁあ???」
と、ペレイラは今度こそ驚きに絶叫した。

「おいおい、まさかムラタのためだけに50万なのかっ?!」
「ああ、そうだが?
背信とかそういうものではなく円満退社によってうちの商会に再就職という形を認めて欲しい」

「いや…それはかまわねえが……
え?…ムラタの雇用の形式のことだけで??金貨50万枚??」

「あとは…謝意だな。貴公の所で働いた7年があって今のムラタがある」
「ムラタが……50万……おかしな男だが、まあいい。
1年前に退職。その時に商会に与えた損失もきっちり利子をつけて返済。
これによってムラタに対して一切の遺恨は残さねえ……ってことでいいか?」
「ああ、ありがとう。感謝する」

まだやや訝し気に、しかし、全く裏のない錆兎の笑顔に、ペレイラはその問題はそう収束させることにしたようだ。

「これで互いに貸し借りなし。対等な関係ってことだな」
と、改めて錆兎に握手を求めた。









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