「…ってぇことで、対等になったとこで、まあ本題なんだが…」
握手の手を離したところで、ペレイラはもう一度、錆兎に座を勧めて、自身もソファに座りなおした。
こちら側に本題があったように、ペレイラの側にも会見を受け入れるだけの理由、本題があったらしい。
決して暇なわけではない大商会の総帥がわざわざ時間を取るのを了承したのは、これから話すことがかんけいしていたのだろう。
──あんた、クーン商会のことは知っているか?
探るような、こちらの反応を伺うような目でペレイラが口にしたのは、この東南アジアを二分するもう片方の勢力の名だった。
「うむ。貴公と東南アジアを二分する勢力だという事はもともと知っていたし、ここに来る前に街で噂も聞いた。
あまり質の良い人物とは言い難いようだな…」
と、つい先ほど街で仕入れた情報をもとにそう錆兎が答えると、ペレイラは太い眉を寄せ、かなり深刻な表情で、
──…やつのことをどこまで知ってる…?
と、低い声で聞いてくる。
昼間に聞いた話に関しては、どこまで、と、言われるほどではない気がする。
金に汚い商人という以上に何かあるのか…と、錆兎も表情を硬くした。
そして昼間に市場で聞いた話をすると、ペレイラは、そうか…と、組んだ両手を頭にやって、少し何か考え込むように口を閉ざす。
そして錆兎をまっすぐ見据えて、それでもややためらうように口を開いた。
──お前さん…国では魔物退治に長けた一族の頭領の子孫だってのは本当か?
あまりに意外なその言葉に、錆兎は目を見開く。
今度はこちらが悩む番だ。
さて、どこまで話すべきなのだろうか……
「…俺の先祖が数百年前、日本の国で鬼を倒した4人の武士の中でも筆頭と呼ばれたまとめ役の人間だったのは本当だ」
と、その錆兎の言葉に、ペレイラの眼にわずかな安堵の色が浮かんだ。
「それなら、人外の存在も信じられるよな?
…っていうか、今でも人外を倒す力ってのはあんのか?」
「…まどろっこしいな。
信用できんなら一切話さないでいい。
信頼するというなら、全部初めから話してくれ」
話の流れからすると、何か魔物を倒して欲しいと言うことなのだろう。
それはいい。
出来れば関わりたくないが、どうやっても東南アジアの覇者の証を手にするまでは東南アジアにとどまるしかないし、そうするならば飛んでくる火の粉は払うしかない。
それなら正確な情報を余さず欲しい。
そんな思いを込めてやや身も蓋もない言い方をすると、ペレイラも駆け引きは無駄な相手だと悟ったのだろう、
「結論から言うとクーンは人外とつながっているって話があってよ、奴が手を出した街では不可解で不愉快な事件がよく起こる。
お前さんと違って俺はこの東南アジアに根付きすぎちまってるんでな、自分の住処を荒らされたくねえんだが、なんとかしようにも一介の商人にすぎねえ。
相手が海賊だなんだというなら、金で腕っぷしに自信があるあたりを雇えばいいが、今起こってる諸々はなんつ~か……つかみどころがねえ。
クーンの仕切るあたりに探りに行かせた部下は干からびた死体になって返ってきやがった。
それ以来、部下もクーンにビビって奴の勢力みりゃあ尻尾巻いて逃げる始末だ。
このままじゃシェアをクーンに食われてここいら全部がわけがわかんねえ化け物の巣窟になりかねねえ。
そんな時にミナモト商会の噂を聞いてな。
総帥が化け物退治で有名な家系の出で、なんでも東アジアの化け物倒して証を手にしたとかなんとか…」
(…あ~、そこまで知れ渡っちゃってるって大丈夫?!誰だよ、それ流したの…)
と、こそりと小声でささやくムラタに錆兎は
(………義勇が…東アジアの覇者の証を手にした時に張り切って船内で言って回ってたから、それがさらに船員から外に広まったな……)
と、深く深くため息をついた。
そんな二人の反応に、ペレイラは
「やっぱり事実なのか…」
と、さらにホッとした様子を見せる。
こうなればもう仕方がない。
「ああ、事実だな。だが当たり前だが東アジアの時はたまたま倒せたが、ここの化け物を絶対に倒せるという保証はない」
と、半ば腹をくくりながらも、少し引き気味の錆兎に、ペレイラはにやりと笑みを浮かべた。
「ただでとは言わんぞ」
「…さっきも言ったが、金には困っていない」
「ああ、それは分かっている。
クーンの正体を暴いて化けものを倒してくれるってんなら、報酬はお前さんを信用して先払いしてやる」
そう言ってペレイラは立ち上がると、デスクの脇の金庫を開けて、なにやら小箱を出してきた。
それを開けると小さな小瓶。
「東南アジアの覇者の証の鍵になる何からしいぜ?
俺の嫁はこの地域を仕切っていた有力者の娘でな、こいつは持参金替わりってわけだ」
いきなりとんでもない物が出てきて、ムラタは驚いて錆兎の方を見る。
「…何故これを俺に?奥方にとっても大切なものだろうし、そもそもが覇者の証を自分で手にしてみようと思ったりはしないのか?」
とりあえず本物かどうかを疑わず、信じるところから入るのが錆兎のすごいところだ、と、ムラタは思う。
ペレイラも同じことを思ったらしい。
──本物かどうか疑ってみねえんだな
と、言うと、錆兎は
──信用してもらおうと思ったらまず自分も信用しないとな
と当たり前に口にする。
ペレイラはそれに対して
「すげえな。ま、俺も人を見る目はあるほうだと自負してるがな。
女房も自分の故郷を化け物から救ってもらえるなら誰からも文句は出ねえってよ。
でもってだ、俺は知っての通りポルトガル人だが、もう欧州に帰ることはねえ。
この地に骨を埋めるつもりだ。
覇者の証ってやつは、世界を回って7つ集めなきゃ意味のねえもんらしいしな。
俺がそれを全部手にすることはねえからな。
なら、力を手にしても俺らの敵にならねえやつに渡してえんだよ。
だから、化け物退治ともう一つ条件を付けくわえさせてくれや。
東南アジアとポルトガルに害になることはしねえでくれ。
両方、俺が守るべき奴らがいる場所だからな」
と、ペレイラはこれまでになく真剣な顔でそう言ってきた。
ペレイラの出したその条件は、錆兎からすると逆にペレイラを信頼に値する人物だと思わせ、結果、
「わかった。引き受けた」
と、今度は全く迷うことなく頷く。
それに心底ホッとしたようにペレイラは思いきり力の入っていた肩の力を一気に抜くと、
「よし!交渉成立だな。
詳しい話をさせてもらうぜ」
と言って、小瓶の入った箱をす~っと錆兎の方へと滑らせた。
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