前世からずっと番外3_24_対クーン計画

──それで…引き受けてきてしまったわけね……

船に戻って例によって船長室で報告会。
そこで小箱を見せつつ、クーンについての話をすると、マリアは片手を額にあてて、はぁ~…と、小さく息を吐き出した。

──これ…本物の覇者の証の鍵である確証は?
と、ムラタがあの時思ったのとまったく同じことを言ってくるマリアに、錆兎はきっぱり
──ないな。
と、即答するので驚いてしまう。

しかし続く言葉は、
「だが、ペレイラの言う地元の名士に受け継がれていたという事が本当であれば、本物である可能性は極めて高いな。
ついでに言うなら…ペレイラが地元の名士と血縁関係があってなお、それ以上の証の鍵が手に入っていないとなれば、残りはクーンの側にあるのだと思う。

噂から判断するに、クーンはそれを素直に渡してくれる男ではない気がするし、それこそまともに交渉できる人物ではない。
とすれば…どちらにしろ叩き潰しておくしかないしな。

どうせ叩くならペレイラに恩を売れる方がいいだろう。
これが偽物でペレイラが自らの地盤拡大のためにこちらを利用しようとしていたのだとすれば、それはそれで、”だまされた結果”クーンの勢力を制圧したあとに、『善意の第三者をだました勢力が果たして街を収めるのにふさわしいのかどうか』を市民に問えばいいんじゃないか?」

…で、ムラタは真っ正直に思っていた錆兎の意外に老獪な一面に青ざめた。


とどのつまり、どちらにしても証を手に入れるにはクーンと戦わなければならないから、その大義名分と責任をペレイラにかぶせようという事らしい。
そういう目的があるから、小瓶が本物ならよし、偽物でも今度はペレイラに宣戦布告する口実に出来るから問題ない。
そんな計算から、あちらの申し入れを了承してきたということだ。


「…伊達に古くから権謀数術渦巻く宮廷の貴族の中で揉まれている家の人間ではないということね」
と、マリアはむしろそれが喜ばしいことのようにニコニコと笑う。

そして続く
「あなたが敵じゃなくて良かったわ」
と言う言葉には、ムラタも心から頷いた。


そんな妙な緊張感の中、相変わらずドライフルーツをもきゅもきゅと咀嚼することに集中していた義勇は

「まあ、悪者をやっつけて英雄として名をあげれば、皆、錆兎の偉大さがわかるからいいんじゃないか?」
と、ごっくんと口の中の物を飲み込んだ後、そう言って微笑む。

ムラタは義勇のその邪気のないパンのように単純な思考にホッとしたが、同じ言葉でもマリアは感じ方が違うらしい。

「そうね。”正義の味方”として有名になれば自然に協力者も出来るでしょうし、覇者の証は怪異とセットのような感じだから、怪異を解決できるとなれば、覇者の証の関係者も寄ってくる。合理的だわ。
名声は大事よね、確かに」


うん、マリア、わかってるよね?義勇が言いたいことはそういうことじゃない。
はぁ~とそこでムラタはがっくり肩を落とした。

本当に錆兎が大好きで錆兎が世界中で称えられる図が見て見たいという義勇の単純な願望をそこまで飛躍発展させる杭州の女帝。

この二人が仲が良いのは本当に謎だ。


「ともあれ、まずはペレイラが寄越した情報がどこまで正しいのか、自分で情報収集をして確認しないとね」
と、マリアは呼び鈴を鳴らしてシエンを呼ぶ。

そして現状の東南アジアの勢力図と、クーンの勢力圏の街で起こった事件や事故についてまとめてくるように命じた。


「その間に…まずは分かるところから回りましょうか。
足を伸ばしやすいのはアンボイナ辺りかしら…」
とのマリアの言葉に、今度は錆兎が人を呼んで

「アンボイナに向けて出港しろ。それからマニラとメナド、テルテナーテに連絡を入れて、軍事投資をさせて防御障壁を強化しておけ」
と、命じる。

もうこの辺りは二人は以心伝心で、互いに最低限の言葉で理解し合うし、その理解した事項は大抵はこの上なく効率的で正しいものなので、ムラタは関知しないことにしていた。

マリアはそれでよしと思っているのか錆兎との間でしかやりとりはしないが、錆兎は一応ムラタにも情報を共有させてくれようとしているらしく、説明がある。

いわく…
「クーンの勢力圏は主に東南アジアの東側。独占しているのはアンボイナ、マカッサル、スラバヤ、そして本拠地のバタヴィア。そのほかバレンバンとギアディンはペレイラとシェアを共有している。
この広い範囲でクーンの行動を把握するのは難しいから、出来れば情報収集の場所は本拠のバタヴィアに絞りたい。
だから、それ以外のクーンのシェアは可能な限り無くす方向で。

というわけで、俺たちは北東のマニラから東中央のメナドとテルテナーテでシェアを独占しているし、バタヴィアはクーンの支配圏では南西だから、最東のアンボイナからシェアを奪っていこうと思っている。
一応、一般市民への負担も考えて、シェア争奪戦はマリアの計略に任せて戦闘は極力少なくするつもりだが、戦闘になった時に備えて自領の防御はあげておこう、と、まあ、こういうわけだ」

もう、こんなややこしいことを一瞬で思いつくマリアもマリアだし、あの短いマリアの説明でここまで察する錆兎も錆兎だと思う。

義勇は、もう理解することも放棄しているようで、

「そういう話をしている錆兎は本当にカッコイイな」
と、ただうっとりと錆兎に見惚れていた。


ムラタがそんな義勇に
「…お前…今の話理解している?」
と念のため聞いてみると、案の定
「いや?」
と言う答えが返ってくる。

「理解しないでいいの?」
と、それにさらにさらに念のため問うと、義勇は
「錆兎がすることに間違いなどあるはずがないだろう…。
錆兎は世界で一番強くて優しくて正しくてカッコいい!」
と返してくるので、ムラタももうそれ以上問うのは諦めた。








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