影は常にお前と共に_10

その後すぐに、煉獄の方から念の為に…と、お館様に錆兎のことを問い合わせると、なんと身元を保証する返答が返ってきただけではなく、翌朝時間をとって頂けるとのことだった。

それにはさすがに皆驚いたが、考えてみればその日の午後に柱合会議があるため、それに間に合うよう報告を聞いた上で相談したいということらしい。

ということで、翌朝には対応が決まる。
それまでが錆兎の猶予期間だ。

影のことはそれでも全容はまだ明かす許可は取れてはいないので、錆兎は館に帰れない。
なぜかと言えば、当たり前に義勇が背中から離れないからだ。

別に錆兎は外で野宿でも構わないのだが、さきほどの上弦の鬼の話だと、あるいは義勇が何かで狙われる可能性もある気がするので、できれば休息は安全な場所で取らせたい。

そう思って困り果てていると、煉獄が自宅に招いてくれた。
一応個人の邸宅という形になっていて他の隊員の目がないからということだ。

もう真夜中なのでさすがに家人はもう休んでいて、だから気を使うなと、煉獄は言ってくれる。

炭治郎は確か煉獄の継子となって煉獄家に住んでいるのもあって、せっせと客室の準備を手伝っているので、

「あ~、俺らは部屋も布団も一緒で構わないから。
どうせ義勇が離れそうにないし」
と、余分な手間暇をかけさせまいと、錆兎は苦笑しながらも先にそう断っておいた。

それから念の為、

「それでいいんだろ?義勇」
と、まるで親から引き離されることを恐れる幼子のように後ろからしっかり回されている手をポンポンと叩いてそう確認を取ると、義勇は黙ってうんうんとうなづく。

どうやら少し落ち着いてきたらしい。
涙は止まっている。

それでもピッタリとはりついたままなのは変わらないのだが……



こうして部屋と布団を借りて、錆兎は義勇を張り付かせたまま部屋へ入り、ふすまを閉めた。

さすがに代々炎の呼吸法を伝え継ぎ【炎柱】を輩出している家だけあって、客間一つとっても立派なものだ。

10畳ほどの部屋に床の間。
廊下と逆側には大きな窓があり、そこからは小さいが綺麗に手入れされた庭が見える。

月は相変わらずまんまるで、行灯の灯りのみのやや薄暗い部屋にわずかに光を足している。

「…義勇……顔を見せてくれ…」

よいしょと座布団に腰を下ろすと、錆兎は背中に声をかける。
そこでようやく義勇がそろそろと腕を放し、ずりずりと錆兎の前方に移動してきた。

泣きすぎて真っ赤になった目と鼻、そして羽織に押し付けすぎて真っ赤になった額や頬が可愛くて、こんなときなのに思わず笑みが浮かんでしまう。

「…悪かったから、そんなに泣くなよ」
と、赤くなった義勇の鼻に自分の鼻先をすりつけて、そのあと頬に唇を押し当てれば、義勇の青い瞳から、また滝のように涙がこぼれ落ちた。

その涙を今は堂々と拭いてやれる。
それだけの事が嬉しくて、手を伸ばして手のひらで涙をぬぐってやると、義勇はその手を自らの両手で掴んで頬を擦り寄せた。

確かに触れる事ができる…それを確認するように、何度も何度も……
何かを恐れるようにずっとそれを繰り返す義勇を見て、錆兎は可哀想なことをした…と、初めて思った。

触れる事が叶わなくても、姿を見せて声を聞かせれば大丈夫だと思っていたが、自分たちは互いに家族を亡くしてこの世で一人ぼっちになった時に、同じ布団で寝て同じ布団で起き、そして手をつないで生活して、自分以外のぬくもりを再度感じることでようやく立ち上がって生きてきたのだ。

互いの命の中に互いがくい込みすぎて、互いがなければ心に大きく開きすぎた穴を埋めることができない。

錆兎の方は自分も義勇も無事で、一緒にいるのだということを常に知っていたが、義勇は自分自身の夢かもしれない幻にすがって、穴が空いて不自然に傾いた心をなんとか抱えて生きていたのだ。

「…ごめんな、義勇。
仕方ないと思ってた。俺は姿を見せればそれで大丈夫って思ってたけど、違うよな。
すごくつらい思いをさせた」

泣きながら目の前の錆兎が幻じゃないことを確認し続ける義勇を抱きしめると、錆兎はたまらない気持ちでそういった。

そして本当にあの最終選別前夜から実に8年ぶりにこうして義勇の体温を感じて、もう離れたくない…と、心より思う。そして伝える。

「もしお館様が許されるなら…【影柱】じゃなくなって、一番下の癸から再出発でもいい…。
なんなら最終選別を受け直す形でも良いから、こうしてお前に触れられる普通の隊員になって、お前のそばにいる…。
許されるのなら…だけどな。
【影柱】のくせに”影”史上前代未聞の大失態をやらかしたから…厳罰に処される可能性も皆無とは言えないし」

命までは取られない…と、あの時は思ったが、どうだろうか…。

煉獄はお館様が言えば黙っているだろう。
炭治郎も事情を話せば口外はしないはずだ。

しかし敵にも姿を見られている。
それを利用される可能性が絶対にないと言えない以上、絶対に大丈夫とは言えないのではないだろうか……

そう思うと少し恐ろしくなってくる。

死ぬことが、ではない。
義勇をまた1人で置いていくことがだ。

それでも失態をおかしたのは錆兎の方なので、義勇を道連れにしないで良いのはまだ幸いだが……と、錆兎は思ったのだが、義勇はその言葉に錆兎にすがってまた泣き出した。

「いやだっ!もうひとりは嫌だっ!!
もう、良いだろう?!俺は頑張ったっ!
だから、もう1人で生きろなんて言うなっ!
錆兎が死ぬなら俺も連れて行ってくれっ!
一緒に逝くっ!!」

ダダをこねる子どものように首を横に振って泣く義勇の背をなだめるようにさすってやりながら、錆兎は途方にくれた。

そして、
…そうだよなぁ……と、結局はそう思い、義勇の両肩を両手でつかむと、少し身体を離して視線を合わせた。

「わかった。その時は俺が一撃でお前を苦しまないように殺してやる。
それで俺もすぐ後を追うから。
………それでいいか?」

ああ、なんのかんの言っても自分は義勇に泣かれると弱いのだ。
生きて幸せになってほしいという自分の希望と、一緒に死にたいと思う義勇の希望。

できれば前者を通したいが、こんな風に泣かれると義勇ののぞみを優先しないという選択ができない。

錆兎が諦めたことを知って、

「錆兎、大好きだっ」
と、義勇はまた錆兎に抱きついてくる。

可愛い、愛しい。
もう義勇には全面降伏だ。

「ああ、はいはい、知ってるよ。
俺もだ…ってことも義勇は知ってるよな?」
と、抱きしめ返してポンポンとその背を叩くと、義勇はごきげんな様子で、うんうんと頷いた。









2 件のコメント :

  1. 誤変換報告です。「排出している」→輩出 かと思います^^;ご確認ください。

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    1. ご報告ありがとうございます。修正しました😄

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