影は常にお前と共に_9

炎は前方の氷像を一気に蹴散らし、上弦まで寸でのところまで伸びたが、さすがに鬼の方もそれをぼ~っと見ているわけではなく、ふわりと建物のぎりぎりに大きな氷像を出現させて、その手に乗ることで炎を避けた。

が、その氷像も技のあとにまだ残る熱で溶け、鬼はストンと地面に着地する。


錆兎のとりあえず覚えた程度の炎とは段違いの威力だ。
そんな技を出せる相手と言えば、現在この世に1人きりだろう。

「またせたなっ!君はみかけない顔だが…上弦を相手にここまでよく持ちこたえたっ!
せっかくここまで頑張ったのだ。あとは任せたまえ…とは言わない。
一緒に倒そうっ!」

まるで花火があがったようだった。
炎を背負って大声で言う青年には見覚えがある。

たしか【炎柱】の煉獄杏寿郎だ。


王道をひたすら真っすぐ突き進むような…空気は読むものではなく突き破って作り出すものくらいの勢いがある人だというのが真菰の彼に対する人物評だ。

つまりは…非常に”影”泣かせなタイプだ。


しかもイレギュラーはそれだけではない。

「ええええ~~~?!!!錆兎っ!!生きてたんだッ!!やっぱり生きてたんだっ!!!
そうだよねっ!!錆兎すっごく強かったしっ!!!」

と、その後ろには自分達が過去の自分達の幻を使って修行を手伝って最終選別に送り出した弟弟子の姿。


もうなんだか頭をかかえたい気分になった真菰だが、そこでまた絶対に起きてほしくないイレギュラーが起きた。

おそらく弟弟子の声で、この世で一番会いたかった相手の名前を大声で連呼されたのがきっかけだろう。

とりあえず義勇にかけた、幻術が解けてしまった。


「錆兎っ!!!錆兎、錆兎、さびとおぉぉぉ――――!!!!」

撤退させるために一緒に一歩町外れに向かっていた真菰の手を振り払って、義勇が駆け出していく。

ああ~~!!!!空気読めよ、【炎柱】&炭治郎っ!!!!

絶叫したい気分になったのは、おそらく当人達と義勇以外の全員だと、真菰は思う。


ぽか~んと呆ける錆兎と上弦。


「なんだ、冨岡の知り合いだったのか?
なら、間に合ってよかったな」
と、もう全く事情を理解していない煉獄が晴れやかな笑みを浮かべる。

義勇は錆兎に抱きついたまま号泣。

その横で炭治郎が
「良かったですね、義勇さん、本当に良かったですね」
と、もらい泣きをしているという阿鼻叫喚。


なんだかもうわけのわからない状況になっている中、最初に我に返ったのは敵の方だった。

「う~ん…なんだかわからないけど…めでたいこと…みたいだね?
俺もさ~、食っていいんなら3人でも4人でもなんだけど、無事生け捕ること考えたら、この人数の【柱】の相手はちょっと面倒になっちゃったから、今回はお祝いってことで情報だけ手土産に引いてあげるね。
また来るからさ、その時は一緒に来てね」

と、呆れ半分というように苦笑をしつつ、ばいば~いと最後までまるで友人にでも言うように言って、手を振った。

それに、
「逃がすかっ!!」
と、煉獄が刀を振るうが、その前に立ちはだかる無数の氷像。

それでもさすが【炎柱】
一気にそれを薙ぎ払うが、強烈な炎で蒸発した高熱の水蒸気に邪魔をされ、それが消えた時には上弦はやはり影も形もなく消えていた。



「むぅ…逃したか。
まあ相手が上弦となればやむなし。
一応これでこの街の問題は終了ということか…」
と、眉を寄せて言ったあと、煉獄は

「ところで、君はかなり剣術を積んだ使い手と見たっ!
冨岡の知人でもあるようだし、なんなら俺の継子にならないかっ?!」
と、曇りのない目で勧誘してくる。


…勘弁してくれ…と、錆兎はため息を付いた。

これ…どうなるんだろうか…
影が2人もの【柱】に目撃され認知されるなんて前代未聞の不祥事だ。

しかも…いったん逃げようにも背中には義勇がはりついて号泣中。
背中がぐっしょりとその涙で濡れている。

どうしようか…?
と、真菰に視線を送ると、真菰も

(隙をついて幻術かけるのも複数は無理…)と首を横にふる。


ああ、もう逃げたりごまかしたりも出来ないらしい。
腹をくくるしかないのか。


「あの…実は……」

と、さすがに炭治郎にまで聞かせるのはどうかと思うので、彼は真菰に任せて、義勇はもう話が出来る状態ではなさそうなので背中に張り付かせたまま、錆兎は煉獄に本当は極秘なのだと何度も念押しをして事実を語った。

とにかくこの【炎柱】さえ説得できればなんとかなる気がする。

なんとか黙って見なかったことにしてもらえないだろうか…もしくは、義勇の記憶を封じた後、おとなしく記憶を封じさせてほしい…

無茶なことを頼んでいる自覚はあったが、抵抗は前方向じゃなく後方から降ってきた。

「嫌だっ!!錆兎が生きてるってこと、そこにいるってことを忘れるのは絶対に嫌だっ!!
頼むからっ!お願いだから俺の記憶を消さないでくれっ!!
もうひとりは絶対に嫌だーー!!!!!」

ぎゅうぎゅうと後ろから首が締まりそうな勢いでしがみついて泣き叫ぶ義勇。

「ちょっ!死ぬっ!!記憶操作じゃなくて、本気で首しまって死ぬからっ!!
落ち着け、義勇っ!!」」

目を白黒させながら、なんとかなだめようとする錆兎。

その目の前で、そんな2人に動じることもなく、う~んと腕を組んで考え込む煉獄。

そして一瞬のち、

「富岡は君が大好きなんだなっ」
と、晴れやかな笑顔で言って、

「それなら良いことを思いついたぞっ!」
と、宣言する。

「いい…こ…と?」

背中の義勇がくすんくすんと鼻をすすりながら、顔を上げた。

「錆兎と離れるのは…嫌だぞ?」

と、言う声を体制的に耳元で聞く羽目になって、錆兎は足から崩れ落ちそうになるのをこらえる。

このところの無表情はどこに行った?と突っ込みたい。
まるで8年前のあの頃に戻ってしまっているような義勇の頭を後ろ手に撫でてやると、ふにゃりと笑みを浮かべる気配がする。

もういいか。
このちょっとカリスマっぽい【炎柱】がなんとかしてくれるなら、話を聞いてみるか…と、言葉の続きを待っていた錆兎の耳に入ってきたのは、とんでもない提案だった。

──お館様に一緒に謝るぞっ!俺も付き合おうっ!!
──はあああ???!!!


どんな妙案が出てくるのかと思えば、とんでもないド直球だった。

「あ…謝るって……」
「わざと明かしたわけではなく、まあ言うなれば任務の失敗だ。
だから謝罪すれば多少の処罰はあるかもしれんが、君ほどの逸材を失うようなことにはさせんだろう。
俺たちが為すべきことは飽くまで鬼を滅することで、仲間の粛清ではない」


………確かに一理ある。

裏切り行為に走ったということでない限り、錆兎失うということは鬼殺隊にとって大きな損失だ。
それは錆兎のうぬぼれではないはずで…下手に隠蔽するよりもそのほうが良い気がした。


「そうだな…それではお館様に報告しよう…」
錆兎は言うと、手で真菰に合図を送る。

すると、
「話はついた?」
と、真菰が聞いてくるので、それに頷いてみせた。









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