影は常にお前と共に_6

そして翌日に義勇が目を覚ました時…当たり前に錆兎の姿は影も形もなかった。
あれは…自分の願望た見せた夢だったのだろうか…

そう思うと余計に悲しくて、やっぱり死のう…と、錆兎の遺物を漁ったが、不思議なことに錆兎がいつも持ち歩いていたはずの、昨夜夢で自殺を試みた時に取り上げられた小刀と、そして錆兎が着ていたはずの着物がなかった。

不思議…というよりも、錆兎本人が亡くなった上に遺品まで一部亡くなっていることに義勇は半狂乱になった。

他に聞いても、遺品を届けられた時からそんなものはなかったと言われる。

そんなはずはない。
自分は確かにこの目でみて、この手にとったのだ。

そう主張しても、幼馴染が亡くなって錯乱しているのだろうということで片付けられてしまう。

悲しくて悲しくて…辛くて辛くて、そのくせ後を追おうにも自身の身を傷つけられるようなものはすべて取り上げられている。

こうなったら最終手段だ。
餓死するしかない。

泣きながらそう思って、食を断った。

それが義勇に出来る唯一だった。



錆兎がいない悲しみで胸が痛み、丸一日飲み食いせぬことで空になった胃が痛む。
そんな痛みを振り切るように、義勇は布団をひっかぶって寝た。

この苦痛を乗り越えれば、錆兎のいるところに行けるのだ、それが唯一の希望だった。



どれだけの時間そうしていたのだろうか。

──お前はぁ…本当に俺がいないと飯も食えないのか…
と、声が降ってきた。

聞き覚えのある…誰のそれより聞きたかったその声。

がばっと布団を跳ね除ければ、そこには恋しい幼馴染が苦笑している。


「本当にどこのお姫さんだよ。
誰かが林檎を剥いてくれるのを待ってたあの頃とちっとも変わんないな」

といいながら、手にした真っ赤な林檎の皮を、見慣れた小刀でシュルシュルと剥いて、綺麗に八等分にしたものをさらにぱきっと二つに割り、

「ほら、食わせてやるから食え」
と、口に放り込んでくれる。

シャリッと噛み締めた林檎は甘酸っぱくて、身体だけじゃなく心に染み渡るように美味かった。

義勇が半かけを食い終わると、錆兎は次々と同じ用に半かけを義勇の口に放り込んでいく。
そうして全部綺麗に食い終わると、まだもぐもぐと咀嚼しながら、義勇は錆兎がしまおうとしている小刀を指差した。

「あ?ああ、これか?
なんで持っていったのかってことか?」

これだ…本当に錆兎だ…と、義勇は思う。

大抵の相手は義勇のことを理解してくれないのだが、錆兎は義勇が言わんとすることを口にする前に察してくれる。

皆に理解されないのは、この錆兎の察しのよさのせいで義勇が元から足りない言葉をおぎなう必要性を全く感じてこなくて、その努力をしなければ伝わらないということすらわからないままだからなのだが…

もちろん義勇はそんなことに気づくはずはない。
そして…それに気づいてなおそうしている錆兎は確信犯だ。


ともあれ、錆兎はそれを濡れ手ぬぐいで拭いて、さらに乾いた手ぬぐいで綺麗に水気をぬぐったあと、丁寧に鞘に入れて懐に戻した。

そして、これはきっぱりはっきり容赦なく言う。

「だってお前不器用だろう?
刀は使えるようになっても、刃物で日常のことさせると必ず指切るから」

否定出来ない。
あまりに微塵も否定の出来ない事実なのだが、錆兎が目に見えないなら、目に見える錆兎のものが欲しいのだ…と、林檎を飲み込み終わった義勇がいつものようにすべての装飾を省いて、ただ、

「錆兎の物が欲しい」
と、だけ伝えると、錆兎は何故か赤くなって、

「お前…それ絶対に俺以外に言うな。
色々誤解されるから」
と、珍しく義勇にわからない言い方で言う。

しかもいつもは義勇がわかっていないと気づくと説明をしてくれるのだが、今回は違うようだ。

「どういう意味かはお前は知らないでいい。
とにかく、わかってる。
お前が1人で不安なのは俺はちゃんとわかってるからな。
用意してきた」

そう言って錆兎が風呂敷から出したのは羽織。
バサッと広げたそれは、右半分はもともと義勇が着ていたものだが、左半分は錆兎が着ていた着物の模様になっている。

「お前の左半身にある心臓部分は俺が守ってやる。
これを着てればそれを思い出せるだろ?」
と、ぱさりと肩に羽織らせてくれたそれに、なぜだかとても安心した。

ぎゅっとそれごと自分で自分を抱きしめると、なんだか錆兎の匂いがする。


「いい子だから、ちゃんと食え。
目の前に危険が迫ったら薙ぎ払え。
生きろ。そして生きて頂点の【柱】まで駆け登れ。
些末なことは俺がなんとでもしてやるから気にせずに、とにかく生きることを考えろ」

その言葉に義勇は泣きながらうなずいた。

本当に完全に自分が間違っていた。
見えずとも自分と一緒にいると言ってくれた錆兎より、錆兎はもういないのだと言う他の者の言葉を信じてしまった自分が馬鹿だった。


自分が気にするべきなのは自分の命と、それから【柱】までのぼりつめることだけ。
他は何も気にしなくてもいい。

もうそれはまるで宗教のように、義勇は錆兎の言葉をひとえに信じた。

そう思えば少しだけ心が軽くなって、楽しくはないがひたすらに剣術の修行に励むことが義勇の日課となった。

いつか錆兎と一緒に死ねる日まで…その日が来るのを切に願って…










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