影は常にお前と共に_4

そうしてその3日後のことである。
無事と言うにはあまりにもひどい傷を義勇に負わせた状態で、最終選抜が終わった。



その年の選抜は色々が異例だった。

まず、会場の鬼のほとんどがたった1人の候補生の手により退治されていた。

選抜の条件が”鬼を退治すること”ではなく、”7日間生き残ること”であることを考えれば、まだ正式に隊員でもない候補生が鬼を倒すということ自体がそれほど容易ではないということが分かる。

1体でも倒せればすごいことだ。
それを一定の範囲にいる鬼をほぼ…ということなのだから、候補生としてはありえない強さだ。

そんなすごい逸話を引っさげて入隊するような子どもなら、あるいはその強さに長く語り継がれる【柱】となることも夢ではない。

もし、”生きて”入隊すれば…の話だが……

しかし残念ながらそんな未来はおとずれることはない。

なぜならおそらく最後の1体、候補生どころか正規の隊員ですら倒せないかもしれないレベルの強さの鬼が紛れ込んでいて、彼はその鬼との戦いで命を落としたからである。


しかし他の鬼は全部彼が倒しておいたため、彼以外の死者はなし。
どの候補者よりも強く、多くの鬼を屠った彼以外の、倒すどころか途中からは逃げる必要すらなかったその年の候補生達は全員、最終選別を通過することになった。


選別開始直後に逃げ遅れて真っ先に頭に怪我を負い、選別終了後に医療施設に連れて行かれて治療を受けて眠っていた義勇がそのことを知ったのは、選別終了からまる一日と少したった頃だった。


頭の傷は軽症とは言えなかったが、それより心の傷のほうがはるかに大きい。


錆兎が死んだ……
それは義勇の人生の終わりを意味していた。

だって錆兎は自分の全てだった。

幸せ、楽しさ、姉を死なせてまで生き残ってしまった自分が生きていて良い理由…そのすべてが錆兎と共にあったと言っても過言ではない。


最終選別の前夜…死によって分かたれるのが恐ろしくて、少しでもそばにいたくて錆兎の部屋に行ったことは記憶に新しい。

でもその死を迎えるのは錆兎ではなく、自分の方だったはずだ。
自分が死ぬことは想像していても、錆兎が死ぬなんて覚悟はとうていしているはずがない。

だって錆兎は強い。
自分の何倍も…同期の誰よりも強いのだ。

あのときだって死に別れることに怯えた義勇に対して錆兎は大丈夫と言ってくれた。
自分がずっと守るから、安心して寝ろと抱きしめてくれた。

その強い腕が消えてしまうことなんて信じられるはずがない。


でも同時にそれが真実なのだろうと思う自分がいる。

だって選別の現場にいた鬼がほぼ全部、錆兎によって退治されていたというのだ。

どんな鬼にだって錆兎が負けるはずがない。
でも早々に怪我をさせられて他の人間に預けられた自分を含めて、誰一人鬼と戦えなかったのだ。
そんな中で誰もが事故死したりしないようにと、ほぼ全部の鬼を殺して回ったのだから、いくら錆兎だって疲れていただろう。

最後に出会った鬼は特別強い鬼だったと言うから、疲れ果てた錆兎はきっと本気を出せなかったに違いない。

となりに当たり前に錆兎がいてくれたから、義勇は今のままでも大丈夫、この先一緒に手をつないでいけるものだと思っていた。

でも自分がもっと強かったら?

ちゃんと鬼を倒せないまでも、鬼にやられてしまうほどに弱くはなく、錆兎についていけたなら、錆兎の力にはなれないまでも、錆兎と一緒に食われて一緒に人生を終えることができたに違いない。

義勇は初めて自分の弱さを呪った。

いつだって自分が大切な相手は自分を守って死んでいく…
そうして生かされた自分は何を守ることも他人の役にたつこともできるわけではないのに…

そのくらいなら本当に自分が死んだほうが世のためだったのに…


それでもいまさら呪ってもどうしようもない。
錆兎が戻ってくるわけでもない…

でも…もう1人で生きることなんてできやしない。
一緒に食われることはできなかったが、せめてあとを追おう…

そう思って義勇はその方法を考えた。

怪我をしていたので病人用の部屋に寝かされているので刀はない…
でも確か果実の皮をむいたりするのに使っていた小刀はあったはずだ。

そうして夜…人がいなくなった時間に義勇は錆兎の遺品を探って目的のものを見つけ出した。

そう、それは錆兎が義勇のためにいつも持ち歩いていてくれたものである。

きっかけは確か出会ってすぐくらいのことだったか……


義勇は幼い頃から年の離れた姉が色々と面倒をみてくれたので、例えば林檎なども皮が剥かれて綺麗に八等分に切られた状態で出てくるのが常だった。

だから家族を亡くして鱗滝のところに連れてこられて大勢の中で初めて林檎をまるごと渡された時、それをどうすれば良いのかわからず手に持ったままボ~っとしていたら、早々に自分の分を食べてしまった他の子どもの手が伸びてきて、あっという間に食べられてしまったことがあった。


…あ……

と、呆然とし、次におやつがなくなってしまった事が悲しくて、義勇がぽろり、ぽろり、と涙をこぼすと、どうやら雑用を済ませて遅れて林檎を渡された錆兎がそれを見て、

「お前、もしかして丸のまま食べたことないのか?」
と、隣に来て言うので、こっくりとうなずいた。

すると、錆兎は当たり前に懐から小刀を取り出して、自分の林檎を綺麗に皮を剥いて切って差し出してくれた。

もちろん義勇だってその後、林檎はまるのまま齧れば良いのだと言うことは学んだのだが、錆兎はその時の印象が強かったのだろう。

それ以来、果物を食べる時はいつでもそうやって食べやすいように皮を剥いて切って差し出してくれていた。

そんな風に面倒見の良さの塊のような錆兎が常にそばに居たのもあって、義勇は他人が呆れるほど生活力がないらしい。

刀の扱いは上達したのだが、包丁や小刀を使うと当たり前に指をざっくりやってしまう。

2人より少し年上の姉弟子の真菰などは、『いい加減義勇にも色々やらせないと、義勇がこれから困るよ』と常々言っていたのだが、そう言われるたび錆兎が、『これからもずっと俺がやってやるからいいんだ』と言うので、それで良いと思っていた。

が、いままさに、真菰が言っていたような事態になっている。


…まあ…俺も錆兎のあとを追うから良いんだが……
と、そんなことを思いだしながら、義勇は錆兎の思い出の小刀ということもあって丁寧な手付きで鞘から抜いた。

そうして出てくる刀身を見て思う。
マメな錆兎らしくとても几帳面にきちんと手入れされた小刀だ。

死にやすそうだ…と、思った瞬間、それが錆兎が小刀の手入れを怠らず切れ味をよくしておいてくれたおかげだと、錆兎は別にそんな意図でそうしたわけでもないだろうに、そんな風に思えて泣けてきた。


…錆兎…錆兎、錆兎……錆兎…っ!!!

生きている時は名を連呼することなんて殆どなかった。
だって呼べばすぐ返事が返ってきた。

だけどいま、いくら呼んでも返事が返ってこないのだ…と、名前を口にしたあとの静寂が怖くて悲しくて泣きながら名を呼ぶ。

以前は誰に気づかれることもないほどに静かに泣いていても、錆兎が飛んできてくれたが、今はこうして声をあげてさえ1人なのだ…と、それが悲しくてたまらず、声をあげて泣いていたのだが、なんとも驚いたことに、

…はいはい。いるぞ。

と、なぜか声が聞こえた。


幻聴…か?
と、思わず顔をあげると、目の前には見慣れた恋しい顔。

思わず手を伸ばすと、触れたはずの手は空を切った。


それにちょっと困った顔の錆兎。

…本当に…こんなお前を置いて行けやしない。とりあえずこれは没収。

と、義勇は錆兎に触れられなかったのに、なぜか錆兎は物に触れる事はできるらしい。
握っていたはずの錆兎の小刀はいつのまにか錆兎の手に移っている。

義勇はたった今まで小刀を握っていた自分の手と今現在それを握っている錆兎の手を信じられない気持ちで見比べた。

「…いったい…どうなってるんだ?」

そう問えば、錆兎は義勇を見てにこりと笑った。

「お前を守るって言ったろ?
たとえ死んだって幽霊になったって約束は守る。
だからお前は生きろ。
で、水柱を目指せ。
鱗滝さんの育て子から水柱を出す。
それは俺たち育て子全員の夢だ。
お前にそれを果たさず死なれちまうと、お前は成仏して極楽行けても俺が成仏できないから、離れ離れになっちまうしな。
お前が生きている限り、姿は見えなくとも俺はいつでもお前のそばにいるから」

「…俺が…生きてるかぎり、ずっとそばにいてくれるのか…?」

「そう約束したろ」
「…そうか……」

…お前がいてくれるなら…頑張って目指してみる……

隊員のトップを目指すという発言の割には気負いもなく、ただ親にすがる子のような目で錆兎を見上げながら、義勇は言った。

鱗滝さんの育て子として【水柱】の地位につく…
それはその瞬間から、義勇の生きる意味になった。

錆兎がそう言うから…そうしたら錆兎が一緒にいてくれるから…

本当は刀を振るうことも、それで鬼を切ることもそれほど好きではなかったのだけれど…
錆兎がそうしろと言うなら、そうしよう。

それはストンと義勇の心に落ちてきた。









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