──錆兎…起きてるか?
ちょうど元兄弟子の”影”が去った直後、錆兎の部屋のふすまが静かに開いた。
なら、こっちに来いよ」
ふすまに背を向けたままむくりとやや身を起こすように身体を肘で支え、もう片方の手で布団を少し持ち上げてやると、本当に小さな足音が近寄ってきた。
灯りはとうに消していて、わずかな月明かりが照らす程度の薄暗い室内だが気配をさぐるまでもなくわかる。
子どもらしからぬ静かな所作。
鱗滝が預かっていた子どもは他にもいたが、こんなに静かな子どもは他には居ない。
皆、錆兎こそが鱗滝の弟子の中でもっとも名をあげるのだろうと言うが、こと、水の呼吸の後継者としては、この義勇のほうがよほどにそれらしいと錆兎は思う。
深い森の中で月明かりに照らされてひっそりと存在する澄んだ泉…
そのともすれば近寄りがたいほどに綺麗すぎる水面が汚されぬよう、外敵から守る森になりたい…錆兎はこの同じ年の少年と出会ってから、いつもそう思い続けてきた。
「いつもの約束通り、何があっても義勇のことは俺が守ってやる。安心しろ」
と言う言葉に、コクリとうなずいて、錆兎よりは細身の身体が布団の中に潜り込んでくる。
傷もあり、それを別にしても繊細さに欠ける…と思っている自らの顔とは違い、まるで少女のように綺麗な顔をした幼馴染。
美しい容姿も優しすぎてやや気弱なところ、感情を言葉にすることが苦手な不器用な性格も、何もかもが好きだった。
ずっと一緒に向き合って生きていくのだ…と、ついさきほどまでは思っていたのだが、どうやらそれは出来なくなりそうだ。
でも今言った言葉も嘘ではない。
その吸い込まれそうに深く澄みきった綺麗な目に映されることはなくなるが、”影”として一生そばで守っていく所存だ。
──義勇…あのな…
──…うん…?
──俺はお前が好きだ…一生お前を守ってやる
それは錆兎の義勇に対する一生で一度、今後は二度と口にすることはできないであろう決意表明だった。
それを聞くと、錆兎が大好きな義勇のいつも伏し目がちな目がまんまるになって、それから透けるように白いその美しい顔が薄暗闇でもそれとわかるほどに朱に染まった。
ああ…なんて愛らしいのだろう…
いつまでも眺めていたい…と、もう少し幼い頃なら純粋な気持ちで思えたのだが、近頃、あまりに義勇のそんな様子をみていると、色々とウズウズとするようになった。
それがどういう気持から来て何を示すかを、錆兎はもう知っている。
義勇は…おそらく知らないだろうが…
だから余計に押し付けることもできなければ、もちろん無体なことなどできやしない。
もう少し互いに大人になった時、なんとか同じ気持ちを持てないかと思ってはいたのだが、それももう叶わない。
それでも今日が義勇と触れ合える最後の時間だ。
欲を押し殺してでもその体温を記憶に刻みつけておきたい。
そのため、おかしな方向にいかないように、
「だから義勇は何も心配することはない。
安心してゆっくり寝ろ」
と、欲に気付かれないように、やや乱暴に義勇を抱き込むと、そう言って布団をかけなおす。
そうしてこれがこうして触れるのも最後と眠れぬまま、やがて安心して眠ってしまった幼馴染の額に
(…一生守る。嘘じゃない。でも…泣かせることになる。ごめんな?)
と、錆兎は心のなかで謝罪しながらそっと口づけを落とした。
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