影は常にお前と共に_2

 さて、ここで出てきたあと二人の人物、義勇と鱗滝、そして鬼殺隊や現在の状況について、いくらかの説明をさせてもらわねばならないだろう。



時は大正、文明開化はそろそろ遠くなりつつある、和洋の入り混じった時代。
中世でもなく近代と言うにも若干足りない。

色々が混沌とした時代のことである。

世に鬼と言われる異形のものが現れて、人を喰らうことが多々あった。
鬼が現れるのは夜のみだが、切りつけても切りつけても死ぬこともなく、目をつけられたら逃げるか喰らわれるかしかない。

そんな中で、鬼を滅することのできる特殊な剣を手に鬼に立ち向かう私設の部隊があった。
これを文字通り鬼を殺す隊で、鬼殺隊と呼ぶ。

お館様…と呼ばれる産屋敷家の当主を頂点に頂き、その下に各流儀を極めた【柱】と呼ばれる鬼殺隊最強の剣士達。
その下に上から【甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸】10段階の位の隊員がいる。

…と、ここまではある程度おおやけに知られていることではあるが、なにごとも物事には色々と裏があるものである。

【柱】は10段階の甲の中で特に道を極めた優れた者がなることにはなっている。
そして10段階の隊員たちはよく殺され、入れ替わりも激しいが、【柱】は滅多に死ぬことはない。

もちろんその実力の高さゆえだ。
ある意味不動であることが隊員達の道標であり、鬼殺隊の象徴的存在となっている。

と、ここまでは表の話。

【柱】にとてつもない実力があるのは確かだ。
だが【柱】とて人間で、完全なわけではない。
ふとした隙に死神の鎌がその首をかすめることもあれば、ほんの運命のいたずらがその生命を摘みかけることもある。

そんな取り返しのつかない事故が起こらないように…
死ぬはずのない【柱】が簡単に死んでいたずらに隊員の不安を煽らないように…

強さの象徴である【柱】を裏でこっそり守る、その頂点のともなれば【柱】と同等か下手をすればそれ以上の能力を持った護衛…

それが現在の錆兎や真菰が勤める役…隠密、“影”である。


【柱】自身にすら気づかれないよう護衛。
有事の時には【柱】の身代わりとなって死んでも【柱】を生かす。

もちろん強さの象徴である【柱】でも折れる事があるということを他に思わせないための隠密行動なので、たとえ手柄をたてようと死のうと誰に知らされることもない。

そんな”影”の中でも特に能力に優れ、直接【柱】に寄り添い守る任を与えられる、いわば”影”達の頂点…
それが【影柱】という存在だ。

【影柱】と言われるのはその時の【柱】の数と同数のみ。
それ以下の”影”達には名もなく階級もない。

柱という名を頂いていてさえ、【影柱】も他に知られぬ隊員たちなので、当然正規の施設も使えないため、”影”の卵たちはまず、医術と生活全般について教わり、身についたものは【影柱】の元で、その補佐と雑務をすることから始めることになる。

【影柱】の方は【柱】と違い、誰に守られることもないのもあり、普通に死ぬ時は死ぬし、入れ替わりも少なくはない。

実は錆兎は現在その【影柱】の古参で、その名を頂いてからの年月も最古参に続いて5年目と長い。

真菰の方は”影”としての生活は錆兎より1年長く、錆兎が【影柱】になる前は同じ【影柱】の元で雑務を務めていたが、錆兎が【影柱】に就任すると同時にその下に移り、現在は錆兎のもとで補佐を務めている。


この”影”は実力もさることながら隠密行動なので、静の性質を持つ水や風などの呼吸法に向いている人間が選ばれやすい。

そういう意味では元水柱の下で才覚を現していた真菰や錆兎は適任だった。


2人の師である鱗滝の元から”影”として旅立っていったのは錆兎と真菰を入れて13人。

”影”は最終選抜の途中で死亡扱いで離脱させるので、選抜の時に能力を見てから決めるということはできない。

だからその前にすでに最終選抜を通過できる能力ありとはっきりしていて、さらに心が強く我欲のない者という条件を備えるものが、選ばれてきた。

もちろんその細工は”影”の方でやる。


”影”候補には最終選別の前日に”影”の必要性を説いた上で意思を確認。
諾と答えた者は決定。
否と答えた者は、特殊な暗示で記憶を封じ込め、普通に最終選別をうけさせる。

そうしておいて、本来は弱い鬼しかおかぬ最終選別に1体だけ、強い鬼を紛れ込ませておき、その鬼には”影”特有の呼吸法の一つ、”水”と”風”を混ぜ合わせた”幻”の技で”影”として抜ける子どもを食った幻をみせておくのである。

錆兎のところにも、“影”の使者が来た。
それは数年前に選別で死んだと思われていた優秀な兄弟子だった。

驚いたことに説得に来たはずの彼は最初、錆兎は裏に潜む”影”よりは、陽の世界が似合うと言った。
おそらく普通に選別を受ければ合格し、隊員になっても事故で死ぬことがなければ人望も集まり、あるいは将来、【柱】になることも可能だろうとも…。

ただ、そんな錆兎だからこそ、おそらく”影”になっても腐ることなく、絶望することもなく、常に闇に身を置く”影”の仲間達の光となって照らしてくれると思うと言われた。
だから”影”の世界に来てほしいのだと言う。
それに対して錆兎はまず、

──それ…断るとどうなるんだ?
と、問う。

別に褒められたくて戦うわけではない。
手柄を誰に知られることもないということ、それは構わない。

でも自分が死んだと思われるのはいただけない。
きっと師匠である鱗滝と…そしてなにより大切な幼馴染が悲しむ。

それでも自身もその昔に柱としてたくさんの死に遭遇し、さらに育て人となってからも育て子の死に何回か遭遇してきた師匠は、悲しみはしてもそれでどうにかなることはないだろう。

しかし家族を亡くして師匠のところに来てからずっと一緒だった優しすぎて脆いところのある大切な幼馴染は、下手をすればそれで壊れてしまうかもしれない。

それだけは嫌だ。
百歩譲って一緒にいられなくなることを受け入れられたとしても、”死んだことになって誰にも生存を知らせられない”という条件は、錆兎にはうけいれがたくて、そう聞いた。


「否というなら、今の記憶だけ忘れる暗示をかけて、お前は普通に明日の最終選別を受けることになる。
……が……」

「…が?」

兄弟子は兄弟子だけあって、錆兎がなぜ躊躇しているのかを正確に把握していた。
だから言う。

「この話はたぶん義勇のところに行くな。
一般的にはお前は性質的には表舞台に立つタイプだ。
反対に義勇はそういうカリスマタイプではない。

だからもともとはこの話は義勇に持っていくものだったんだ。
でもお前と違って自己評価が著しく低い義勇は、”影”になったら死に急ぐ気がする。
俺はもう”影”で情を優先させてはならないのだが、それでも鱗滝さんの元に居る後輩は皆、可愛い弟妹だと思っている。
だから…無駄に死なせたくはない。

きっと華々しい活躍をして大勢にこれぞ【柱】よと慕われることになるのだろうお前の人生を潰したくはないが、お前は“影”になってもおそらく生きてトップの【影柱】まで上り詰める。

命をかけて守ることがすなわち、簡単に死んでもいいというわけではないということを、命をかけて守ろうと思っている相手がいるがゆえに知っているからだ。

だが義勇は”影”になれば、取るに足らない自分が誰かのために役立つ死に場が出来たと理解してしまうやつだ。
それでなくとも鬼殺隊の中でも一番に死にやすい部署でそんなことを思っていれば、生き残れるはずもない。
だから義勇なら月をまたがずに、”死んだことになっている”ではなくて、本当に”死んでいる”だろう」


兄弟子の話は錆兎にも非常に納得のいくものだった。

それでなくとも義勇は祝言の前日だった姉が自分を鬼からかばって死んだことで、自分が死ぬべきだったと今でも思っているフシがある。

ああ…確かに。
義勇がなるよりは、自分が”影”になったほうがいいのだろう。

でも…それで本当に大丈夫なのだろうか……


それで少しは義勇の身の安全を守ることは出来たとしても、心を守ってやることはできない。
錆兎の愛しくも大切な幼馴染の心は、優しすぎるがゆえに脆いのだ。


納得はしたものの眉を寄せて悩む錆兎に、兄弟子はもうひと押しとばかりに自分がここに来る前に上官である【影柱】の1人に、才能が有り余る後輩を説得するのに必須であると説き伏せて許可を得た特別条件を出してきた。

「本当なら2年以上は下働きに勤しんでそこで生き残って初めて取得が許される幻術をお前には入隊後即教えて頂けるようお願いしてきた。

完全に自分のものとするには時間がかかるだろうが、俺の仕える【影柱】が、多忙な中を丸2日も費やして一対一で教えてくださるそうだから、とりあえずで義勇1人騙すくらいのものなら、お前なら習得できるだろう。

義勇はおそらく立ち直るのに時間がかかるだろうが、夜、眠っている時にその幻術を使って夢という形で励ましてやれ。

そうして万が一にでも義勇が【柱】にでも就任して、お前が【影柱】になれれば、お前はいやでも死ぬまで義勇の専属護衛だぞ」

まあ最後の一言は、兄弟子も本当になるとは思っては居ない。
ただ、錆兎の尻を叩くつもりで言ってみただけなのだが、兄弟子が思うよりもはるかに、錆兎は義勇を理解していたらしい。

錆兎が”夢”の中で義勇を励まし、面倒を見続けて数年後、錆兎が無事【影柱】に就任すると、それから数年後、あれほど危なっかしいと思っていた義勇が【水柱】に就任するという驚きの事態が起きるわけなのだが、その時には後続育成の功労者であるこの兄弟子は厳しい任務につく【影柱】に随行して命を落としている。

まあ、そんな未来の話はとにかくとして、こうして錆兎は”影”の世界に足を踏み入れることにしたのだった。







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