狭霧山と呼ばれる山がある。
そこには修行を続ける少年の姿。
その少年炭治郎は、師匠から鬼殺隊…と呼ばれる、その名の通り鬼を滅するための隊に入隊するための最終選抜を受ける許可を得るため、日々大きな岩に向かっている。
そうして炭治郎が師匠である鱗滝のところに来てかれこれ2年ほどのときがたっただろうか…。
始めは全く歯の立たなかったそれも、半年ほどの間、どうやら彼の先輩弟子に当たるらしい2人の少年少女の指導を経て、その日、ついに炭治郎は自分の身の丈よりもまだ大きい岩を切り裂くことに成功した。
すると不思議なことに、その直前まで居たはずの兄弟子姉弟子は、炭治郎が岩を斬った瞬間に、忽然と…本当に煙のようにその姿を消す。
なんとも不思議なことで当然戸惑うが、彼には目的がある。
その第一歩ともなる鬼殺隊への入隊の足がかりをやっと掴んだのだ。
兄弟子たちには後日にでも礼を…と思い、炭治郎は師匠の待つ小屋の方へと走り去っていった。
その後ろ姿を見送る二つの影…
炭治郎少年の訓練に付き合った少年少女に面差しがよく似ているが、彼らよりはずいぶんと年齢が上に見える。
「あいつになら、あの鬼を”倒させてやっても”良いかもな」
と、少年の兄弟子に似た宍色の髪の青年がどこか満足気にうなずいた。
似た…とは言ったが、他人というには特徴がありすぎる。
兄弟子と同じ髪の色、瞳の色…そして強い意思を伺わせる顔立ち…。
他人の空似というには似すぎてはいるが、たとえば親族、そう、兄弟なら、まるで瓜を二つ並べたように同じような色合い、同じような顔立ちをしている者も皆無ではない。
だが、彼には一つ、他にはない特徴があった。
右の口元から頬にかけての大きな傷。
同じ顔に同じ傷までつけた人間はそうはいないだろう。
そして…場に残ったその青年に向かい、女性の方が
「あら。錆兎はあの子、炭治郎のことがずいぶんとお気に入りなの?」
と、それに少し意外そうに目を丸くしながら呼んだ名は、兄弟子と同じ錆兎という名だった。
どのような事情かは知らないが、これで2人はほぼ同一人物だといい切っていいだろう。
となると…女性の方もそうだと思うのが自然である。
こちらは炭治郎少年の訓練に付き合っていた時ほどは幼くは見えないが、小柄で華奢な体格なせいか、錆兎青年よりは1,2歳ほど年上にも関わらず、どこか少女じみた雰囲気が残っている。
錆兎…と呼ばれた青年は、彼女のその言葉の方こそおかしいと言わんばかりに、自分より頭一つ以上下にある彼女の顔を覗き込むように、少し身をかがめて視線を合わせた。
「当たり前だろ。あいつは義勇が見つけてきたんだ。
せっかくみつけてきた新人がへっぽこだったり、ましてや死んだりしたら、あいつまた落ち込むだろうし?」
”義勇”…と、その名を口に乗せる時の青年の顔はどこか優しく嬉しそうな色を見せる。
愛しい…と、枕詞がついていなくても、聞いた者に十分伝わる程度には…
実際目の前の女性の耳にもそう響いたらしい。
「錆兎は本当に義勇の事が好きね。好きすぎる。
もともと尽くすタイプだとは思っていたけど、厳しくとも華やかな栄光ある道を捨てて、人としての幸せを望めない険しいだけの道を選ぶほどとは思わなかったわ」
いとけなくも可憐な顔立ちにどこか姉めいた表情を乗せる彼女の言葉に、錆兎は小さく首を横に振った。
「真菰、それは違う。全く違う」
「あら、どこが?」
「世間のしがらみも人の目もなにもかも気にせずに、ただひたすらに義勇を守るだけの仕事だ。
己の持つ能力のすべてを使って全身全霊で大切な相手を守れるなんて、これほど幸せな仕事が他にあるわけがない。
お前だって本当は同じだろ?
なにしろ俺より早くにその道を選んでいるんだから…」
「…私は鱗滝さんが大好きだから、その子どもたちを守りたいだけ。
でも…確かに。
鱗滝さんの子どもたちのなかでも、錆兎は気がかりで義勇は心配…なのは、そうかもしれないね」
そう言うと、真菰はわずかに背伸びをして手をいっぱいに伸ばし、自分よりもだいぶん大きい錆兎の頭を撫でながら、にこりと笑った。
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