先生が呼吸の適性について説明をして、真菰が今後について説明をした。
受け入れ先としてすでに煉獄家には打診し、了承を得ている。
自分たちはこの水柱屋敷で修行するということできたのだし、そもそもが別の呼吸の修業がということであれば、錆兎でも可能だからこそ、錆兎に学んでから自分たちは岩を斬れたのではないか、そう、もっともな主張をした。
今になって他に行けというなら、何故引き受けるといったのか…と、強い口調で泣きながら言う妹を、兄の炭治郎は、自分たちは世話になる側なのだからわきまえろと止める。
ああ、そうだよな…何故いまさらとは思うよな…と思いつつも、錆兎には彼らに構えない大きな理由が出来てしまった。
できれば極秘にしたい。
少なくとも子が産まれてしまうまでは…。
子が産まれる前に変に敵意を持つ相手に知られてしまえば、危害は腹の子だけではなく、それを体内に抱えている義勇にも及ぶ。
それは絶対に避けたい。
そこで錆兎ははぁ~とため息をついたあと、すまん!と二人に頭を下げた。
「お前たちの側の問題ではない。
俺の側に絶対に時間を割かねばならぬ問題が出来た。
当分俺に時間の余裕はない。
お館様にももしそうしたほうがいいなら俺は柱を辞して真菰にでも就任させてくれと申し出たのだが、柱が早々に代わるのはよろしくないと言われて、任務を少しばかり減らす方向で調整して頂いている。
4人の子の育成についても、お館様や他の柱などの厚意でしばらくは正式に養育を委任させてもらうことになった。
そのくらいの事情ができてしまったんだ。
申し訳ないが聞き分けてくれ」
鬼殺隊の御旗とまで言われる柱にそこまでの事態が起こっているとなれば、たとえ弟子であろうと新米隊士の自分たちのために時間を割いてくれとは二人もさすがに言えず、禰豆子も矛を収めるしかない。
一体何が?というのは知りたいところではあるが、さすがにお館様や柱くらいしか知らされぬ機密と言われれば、仕方ないだろう。
こうして引き取るはずだった弟子二人は、いったん炎柱屋敷の煉獄槇寿郎のあずかりと相成った。
そうして弟子を送り出して、錆兎はため息をついて、腹に子を抱えている愛妻の元へと行く。
義勇と居ればたいていは心が休まるし、彼女から生まれる己の子は愛おしい。
だが、それでも唯一、憂鬱なこともある。
それは5人目が義勇の腹に宿ってしばらくした時だった。
継承者だった祖父曰くはわかるのだという。
祖父自身には父を含めて3人の子が産まれたが、祖父はそのいずれにも剣術を施そうとはしなかった。
子ども達はそれぞれに望んで剣術を始めたが、師範を付けてやることはあっても自らが教えることは終ぞなかったという。
鬼が屋敷に押しかけて来た時に父と共に館に残って鬼に立ち向かうほどには勇敢でよく刀を使うほどになった叔父達だったが、それでも祖父は誰一人として自身の剣術を継がせることはしなかった。
そんな祖父が母の腹に自分が宿った時に、まだ生まれてもいない赤子の自分に対して、この腹の子が継承者だと言い放ったらしい。
そうして実際、錆兎が生まれてからは立つより早く刀を握らせ、剣術に必要なありとあらゆることを叩き込んだということだ。
錆兎にとっては自分ができる諸々はそうやって幼い頃から学ばされていれば当たり前という認識だったので、自分が生まれながらにして他と違うから継承者となれたのだと思ったことはない。
だが、祖父に言わせると、その才は生まれながらのものであり、才がなければどれだけ努力をしても型を使いこなすことはできないらしい。
だから自分の3人の息子たちは体格にも精神にも恵まれて剣士としてはそれなりのものにはなれるが、継承者になれる才がなかったから教えなかったのだと、祖父は言った。
錆兎はずっとそれをそんなものか?と話半分に聞いていて、これまで意識したことはなかったのだが、義勇の腹の5人目がはっきり形を成しかけた時、わかってしまったのである。
ああ、これか…これが特別な才を持つ者の気なのか…と。
上の4人も剣士の才はあると思うし、実際に花柱屋敷に預けている時に不死川やカナエが剣術を教えてくれたりもしているらしく、それは着実に身についていて、同じ年ごろの子どもとは比べものにならぬくらいには、良く刀を扱える。
それこそそのまま彼らが師範として鍛えてくれれば、将来は柱の一端を担うくらいの剣士には育ちそうだ。
ただ、継承者としての才はない。
これまではわからなかったが、今、継承できる才のある存在を前にするとはっきりわかる。
継承させるならこの腹の子しかいないとなると、悩むのは継承させるかどうかだ。
正直自分にとっては当たり前だった諸々だが、外に出てそれは幼い子どもにとっては当たり前ではなく辛いものなのだと知った。
それを大切な義勇との間に産まれる己の子に強いるのか…。
初めて腹の子が継承者だと気づいた時はそう悩んだのだが、普段はぼんやりしているようでいても、さすが錆兎の事には義勇は敏い。
──錆兎…何か気になっていることでもあるのか?
と、錆兎よりもはるかに小さな手を伸ばして、よしよしというように錆兎の頭を撫でる。
男らしくない…と思うものの、それでも錆兎は義勇にこうして撫でられるのが好きだ。
柔らかい小さな手から、この世の優しさが全て降り注いでくるような気がする。
昔も今も、常に気を張り詰める性質である錆兎は義勇のこういうところに癒され支えられていると思う。
義勇も義勇で、錆兎が情けないところを見せても、
──この世で唯一錆兎が気を抜ける場所で居られるのはとても嬉しい…
と、ほんわり笑ってくれるので、義勇にだけは全てを打ち明けられるのだ。
錆兎が自分の継承者としての幼少時の諸々と、おそらく負担になるのであろうそれを子に押し付けて良いものか…
それでも逆にそれを自分の代で絶やして良いものなのか…
継承させるのもさせないのも、何かを犠牲にする気がする。
──単に俺が背負えばそれで終わる負担や責任ならいいんだけどな…
とため息をつきつつ零した言葉に、義勇はぷくぅと膨れて見せた。
「錆兎は自分だけで抱え込み過ぎだ。
別に才能があるなら鍛えればいいじゃないか。
この腹の子は幸いだ。
才能があって、奥義を授けてくれる父が居て、休みたければ母が居る。
他の息子たちに時間を割いてやれないと言ったって、あの子たちは揃いも揃って錆兎にそっくりの素晴らしい息子たちだからな。
あの子たちを構いたい人間はわんさといるし、頼めば皆喜んで面倒を見るだろう。
本人たちだって錆兎に似て心根の優しい子ばかりだから、弟が大変な奥義を覚えなければならないとなれば、親が構ってくれなくなったと恨むよりはきっと弟の心配をする。
八百屋の子に八百屋を継がせるのが気の毒だと嘆き悩む親がいるか?
親が伝説の剣術の継承者の家だからそれを継がせるのに何をそんなに悩むんだ?」
…まあ……言われてみればそうである。
──すごいな、義勇。お前が言うと本当になんでもないことのように思えてくる。
義勇はいつでもぼ~っとしているようでいて、肝心なところでは本質をついてくるので、驚いてしまう。
錆兎が心底感心していると、義勇は
「たいしたことではないわけではないっ。
世界で一番素晴らしい男の跡を継げるんだ。
すごく光栄で幸せなことだろう?
錆兎の子に産んでやった母親の私に感謝すべきだ」
と、ドヤアッとした顔で言うので、そこはやっぱり義勇だなと錆兎は小さく噴き出した。
そこからはまずお館様に事情を話して、任務を減らすかあるいは柱から辞するかと打診すると、
──鬼殺隊の御旗がやめるなんてとんでもない!
と、即答。
持ち回りの新人の付き添いや軽い任務は外してもらうことにして、出動は十二鬼月の可能性のあるものだけということになった。
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