世界を敵に回しても_1_憂鬱のあとの幸運

その日の気分は最悪だった。
というか、合同会議のあとはいつだって居心地が悪い。

月に一度行われる3日続きの合同会議。
その時は夕方に会議が終わったあとはいつも自由解散で、他の出席者は普段は部署が違って会えない仲の良い同期と夕食に出かけたりする。

しかし義勇にはそんな風に自分から誘えるような仲の良い相手はいない。
あまり声をかけてももらえない。
唯一声をかけてくるのは小学生時代からの同級生の不死川くらいだ。

だが、それは夕食の誘いとかではない。
たいていはうじうじと一人でいる義勇が目障りだという怒りの言葉だ。
なので義勇としてはそんな風に絡まれるくらいなら、放っておいて欲しいと思う。

だから忙しいのだというポーズでそそくさと帰り支度をする。
だが、よほど義勇の事が嫌いなのだろう。

今回も急いで鞄に荷物を詰め込んでいるのに、ものすごい速さで
「冨岡ァ!!お前、またボッチ飯かァ!!しんきくせえんだよ!!」
と怒鳴りながら近づいてきた。

毎回そんな類のことを言われて、ボッチだって別に不死川に迷惑をかけているわけではないからいいじゃないかっ…と思う。
だが、元来口下手なのと、怒鳴り声に動揺してしまうのでそれを口に出して言い返すことができず、最終的には涙目で逃げ帰ることになるのが常だ。
だから今日も彼に捕まらないように、慌てて会議室をあとにした。


そんな義勇的にはいつもと同じ嫌な気持ちを引きずった帰り道。
気分は非常に良くないが、なんとなく慣れてしまった帰りの時間のはずだったのだが、今回は不思議なイレギュラーがあった。

「冨岡っ!ちょっと待ってくれ!!」
息を切らして追って来たのは珍しい人物だ。

同期の鱗滝錆兎である。
とはいっても、彼はシステム部の片隅にひっそりと在籍している義勇とは正反対に、社内1華やかな企画営業部のエースと言われて大きなプロジェクトをいくつも抱えていてる人物だ。

それだけではない。
学生時代は剣道の大会で全国優勝したこともある猛者で、顔もいい。
そう、同性の義勇ですら見惚れてしまうくらいに顔が良いのだ。

性格は人当たりは良いが礼儀正しく軽さを感じることのない硬派で、義勇が知っている限りでもかなりモテるし告白もされているようである。
だが、全部丁重に断っているようで浮いた噂一つないのがチャラチャラしていなくてまたいい。

そんな彼とは大学も同じなのだが、相手は経済学部で義勇は情報学部と学部が違ったので直接的な接点はない。
ただ、不死川と共に小学生時代からの同級生である宇髄と仲が良いらしく、その関係で宇髄達と一緒に何度か飲みに行ったことはあった。

その席でも居れば絡んでくる不死川を上手にいなしながら、義勇も話しやすいような話題を振って人の輪の中に入れるように気を使ってくれる良い奴だ。

彼といると暴言やからかいの言葉に構えなくていいし、義勇が一緒に居て無条件に心地よいと思える数少ない人物である。

だから最悪な日の最後に彼と言葉を交わす機会が出来たのは、すごく幸運だと義勇は思った。

本当にただそれだけでも幸運だったのだが……



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