世界を敵に回しても_16_世界を敵に回しても

──冨岡ァ~!また汚ねぇ食い方しやがってっ!!

賑やかな店内でもひときわ大きく響き渡る怒鳴り声。
笑顔が瞬時に消えてぴゃっとすくみあがる義勇。

あ~!まじか、このタイミング?と苦い顔をする宇髄がおそるおそる錆兎をうかがう。

錆兎は表情を変えずに近づいてくる不死川にジッと視線を向けていた。
そして通常のトーンで聞こえるくらい近づいてきて、

「よおっ!お前ら揃ってたのか。
俺も一緒すんな?」
と、4人席で空いた椅子に手をかける不死川に、

「…怒鳴らず行儀よくしていられるならな?
お前には毎回注意をしているが、視覚的なものは視線を向けなければ済むが、うるさいのは耳を塞いで食うことはできないから、避けることができん。
だから口元を汚しながら食うのは別に迷惑ではないが、耳元でぎゃんぎゃん怒鳴りながら食われるのははっきり言ってお前の行動の方が不快だし迷惑だ。
いい加減聞き分けるか、それが気にならない奴と食ってくれ」
と、告げる。

確かにいつも注意はするものの柔らかい言葉を選んできた錆兎の、声音は淡々としているものの今回敢えてチョイスしたのであろう厳しい言葉に今度は不死川が固まった。

そして少しの間のあと
「…すまねえ。気を付けるわ」
と、項垂れた。

確かにこれに関しては相手が不死川で対象者が義勇じゃなかったとしても錆兎は同じことを言っただろう。

逆に不死川の方はその粗暴で恐ろし気な雰囲気なので、彼にそんな厳しい言葉を投げつけられる人間は滅多にいない。
居たとしたらもう喧嘩上等な奴なので、こうして普通の相手に言われたのは初めてで戸惑っているようだ。


「…まあ、錆兎毎回言ってたもんな。
仏の顔は三度どころか、数十度になるし、仕方ねえな」

シン…とした空気を変えるのに宇髄が笑いながら言うと、

「…正確には50度めだな」
と、錆兎がすまして言う。

「げっ!まじで数えてやがんのかっ」
と、思わず素で引く宇髄に、
「改善された瞬間に忘れるが、改善されるまでは覚えている性質だ」
と、錆兎はこれも淡々と言った。

その言葉でいきなりのキツイ言葉はずっと改善を怠ってきたことに対する警告で、まだ見限られたわけではなく、関係の修復は可能だと悟ったのだろう。
「んじゃ、摂ってくるわぁ」
と少し大人しくなった不死川が料理を摂りに行く。

少し硬くなったままそれを見送る義勇に、錆兎が
「今日は何か言ってきたら俺が対応するから気にせず食ってていいぞ」
と声をかけると、義勇はようやくホッと肩の力を抜いて、またはむはむと食事に戻った。


やがて戻ってきた不死川が手にしたトレーには、栄養バランスをきっちり考えた料理が適量綺麗に盛られている。
もちろん野菜もだ。

それを見て重くなった空気を払しょくしようと、宇髄が
「お前も錆兎もおかしいわ。
成人の男は肉だろ、肉っ。
こういうところで皿の半分が野菜ってなくね?」
と、声をあげる。

錆兎の方はそれに
「こういう自由に摂れる場所だからこその適量の野菜だろう。
学生じゃなく社会人なんだから、自己管理は大事だぞ」
と生真面目に答えたが、不死川は心ここにあらずと言った感じで、話しながらも時折義勇の口元を拭いてやっている錆兎の手元を凝視していた。
そうして思い切って、と言うように顔を上げて視線を錆兎に向けて口を開く。

「あのよ、鱗滝」
「…ん?なんだ?」
「…それ……」
「……?」
「…お前、どうして冨岡の口拭いてんだァ?」

そう突っ込まれても錆兎は動じる様子もなく淡々と、
「汚れてるから?
多少は構わないが、あまりに盛大になってきた時は拭いてやっている」
と、微妙にずれた答えを返す。

そんなやりとりをハラハラと見守る宇髄。
そういうことじゃない…と不死川が思っているのは、おそらく義勇以外の全員がわかっている。

「…いや、汚れてんのはわかるけどよォ。
なんでお前が拭いてんのかと思って。
俺が変わるかァ?」
と、立ち上がりかけるのに、

「やだっ!!錆兎がいいっ!!」
と、いきなり驚くような大声で義勇が叫んだ。

そしてぎゅっと錆兎の腕にしがみつく義勇に、少しショックを受けたような顔の不死川。

──…て…めえっ…
と、声のトーンは抑えて、その分、ドスが効いた低い声を出すと、
──不死川、ストップ
と、それを遮るように錆兎が言った。

「…あんだよ、怒鳴ってねえぞ」
と、不死川が不満げに口をとがらせると、錆兎は淡々と
「むやみやたらと義勇につっかかるな」
と少し眉を寄せて言う。

「なんだよ、お前には関係ねえだろうがよォ」
と、さらにそれに自分も眉を寄せる不死川に錆兎は一気に爆弾を落とした。

──関係…なくはないな。恋人に嫌な思いをさせたくない。
──へっ?!!!

あ~、言っちまった。
と、ハラハラと見守る宇髄。

──恋人…?誰が?
──俺が。
──…誰…の?
──義勇の。
──えっ……

一瞬意味が分からないと言った表情をする不死川だが、目の前で錆兎の腕にぎゅうっとしがみついている義勇の様子や互いに名を呼びあっていることなどで、どうにか状況を飲み込んだようだ。

だが、それで納得してめでたしめでたしといくわけでは当然ない。

──…いつ…から…?
──意思確認は昨日だが、好きだったのは7年前の初対面の日からだな。

と言う錆兎に、普段は不死川の前では極力存在を消そうとでもしているように無言の義勇が

──俺もっ!…俺だってずっと錆兎が好きだったっ!
と珍しく声をあげて主張する。

それに錆兎は少し驚いたように
──それは知らなかった。
と、片方の眉をぴくりと上げると、義勇は
──…まさか両想いになれるなんて思ってもみなかったし……
と、少しはにかんだ様に視線を落とした。

なんだか二人の周りの空気だけ妙に甘くて、これが普通の状況なら、
──はいはい、お熱いことで…
などと宇髄もはたはたと手で顔を仰ぎながらからかってみたりするのだが、並んで座る二人の正面、自身の隣の空気が重すぎて、さすがに言葉がない。

さあ、どうフォローをいれるか…と、ここで悩んだのが悪かった。

不器用と言うか…こと恋愛関係においてはことごとく悪い方向に突き進む傾向のある不死川はまたやめておけばいいセリフを吐いてしまう。

──…男同士だろうが……気持ち悪い……

その言葉に義勇の顔から笑みが消え、見る見る間に青ざめていく。
宇髄自身はと言うと、中途半端に張り付けた苦笑がひきつっていくのが自分でもわかった。

錆兎の表情は…怖くて見れない。
自身のことなら大抵は流してくれる男だが、例えばそれが友人だとしても、自分が大事に思っている相手を傷つけられたら相手を完膚なきまでに追い詰めるくらいのことはやりかねない男である。
対象が唯一である恋人だったりしたら…と思うと、恐ろしい。
普段怒らない人間だからこそ恐ろしいのだ。

「時代はジェンダーレスだからな。
別に本人たちが良ければ全く問題はないと思うが?」
「あぁ?ダチがゲイとか気持ち悪いだろうがっ」
「ゲイというよりは好きになった相手がたまたま男だった。それだけだ。
友人関係うんぬんに関しては、そのくらいで疎遠になるようなら、その程度の仲だったということだし、それで離れていく程度の奴なら離れて行けばいい。
俺の部署の人間にはすでにカミングアウトしているが、他人の恋愛に文句をつけるようなつまらない人間は全くいなかったぞ。
それこそ不死川には全く関係なくないか?
最初のランチの時にも言ったんだが…俺や義勇が気に入らないなら別にわざわざ同席することはない。
嫌いな人間にちょっかいかけてストレスを貯めるなんて愚か者のやることだ。
俺の最優先は恋人の義勇だから、それで誰が離れて行こうと、よしんば世界を敵に回そうと、好いた相手が傍にいてくれれば俺は世界で一番の幸せ者だ」

特に声を荒げるでもなく笑顔でそう言う錆兎。
不死川が義勇を好きなのは錆兎も知っているわけだし、そのうえで笑顔でこのセリフは怒鳴られるよりキツイよな…と、宇髄は内心ため息をつく。

「…か、関係なくねえ…」
「…ほお?何故?」
「俺は…冨岡とは小学生の頃からの仲だ」
「…それで?」

あ~錆兎かなり怒ってやがる…と、宇髄はどう間に入っていいかわからずに途方に暮れた。

「付き合っていたわけでも告白したわけでもないよな?
現に俺は今まで3回ほどお前に義勇が好きなのか?と聞いたが、お前はそのたびそんなことはないと言い切ったと記憶しているが?」

「そ…それは言葉のあやっつ~か…他人に言うようなことじゃねえだろっ!」

今更その発言をしてしまう不死川の不器用さに宇髄は頭を抱えたくなる。
せめて隠し通せばいいものをわざわざ自分自身を傷つける道を選ぶのは本当にどうしたものか…。

しかもそこで本当にやめて欲しいのだが、義勇がわけもわからず斜め上の方向に理解を示して口をはさんだ。

「…つまり…俺が好きなわけじゃなく、俺と錆兎が付き合っているのが嫌だということは………だめだぞっ!いくら怒鳴られようと殴られようと、錆兎だけは譲れないっ!」

………
………
………

──お前ェ…何言ってんだァ?
思わず突っ込みを入れる不死川。

錆兎はなんだか困ったような笑みを浮かべ、宇髄は変わった空気に少しホッとしたように息を吐き出す。

「不死川が相手だって、世界中の人間を敵に回したって、錆兎だけは絶対に絶対に絶対にっ!渡さないっ!!
俺が錆兎と離れる時は死ぬ時だっ!!」

残り3人のあきらかにそれ全然違うから…という三者三様の表情も全く気付くことなく、半泣きで錆兎にしがみつく義勇。

そこで、まず錆兎が、はいはい、と、その頭を撫でつつ
「大丈夫。お前が望まない限り絶対にお前から離れたりしないから。
さっきも言った通りお前が傍にいれば俺は世界を敵に回しても構わんと思ってるからな?」
と、笑い、そこで空気を読んだ宇髄が

「じゃ、ちょっと不死川の説得してくるからな?」
と、そこで不死川の腕を掴んでいったん立ち上がって席を離れる。

そうして人が少ないあたりまで来ると、窓の外を向いて二人で立って宇髄はため息交じりに言った。

「…ああなったらもう無理だ。諦めとけ」
「…小学生の頃から18年だっ!諦めきれるかよっ」

窓ガラスに映る不死川の目はこの男には珍しく潤んでいる。
まあ、わかる。
これまでの人生の中で片思いしていた期間の方がしていない期間よりはるかに長いのだ。
だが、粘ってももういいことはない、と、宇髄は忠告する。

「あのな、今回はお前が悪い。
実は俺な、大学1年の二人が初めて会った日に、錆兎に義勇と親しくなりたいって相談を受けたんだが、お前のことがあったからな。
あいつはやめてくれって頼んだんだよ。
そしたらあいつは好きな奴が暴言吐かれて辛い思いをしているのを見ているのは辛い。
他人事じゃないからって止められる立場になりたい。
でも俺の立場もあるだろうから、待つって言ったんだ。
77回、お前が義勇に暴言を吐いて変わらないところをみたら、その時は俺がどう止めようと動き出すからってことで、7年だ。
あいつはその前に義勇がお前のものになっちまうかもしれない危険も承知で7年待ったんだよ」
「それならそうと言えよォ!」
「あのな、その間、俺は何度もお前に言動や態度を改めろって言ったよな?
錆兎も何度も言ったはずだ。
それこそあいつはお前が暴言吐き続ければ義勇とつきあえるかもしれねえのに、義勇を辛い目にあわせねえことを優先してお前に忠告し続けたんだよ。
そのくらいあいつの愛情は深いし義勇のことを本気で想ってる。
それに比べてお前はどうだ?
ただ気まずいからって義勇を傷つけ続けただろうが。
そりゃあ義勇だってお前より錆兎を選ぶだろうよ」
「錆兎は俺があいつのこと好きだって知って行動してんだからフェアじゃねえっ!」
「…それでも…お前は錆兎に義勇の事が好きなのか?って何度も聞かれて違うって言ったんだろ?
そうしたら恨むのは筋違いじゃねえか?」
「………」

「お前は飽くまで自分の気まずさを優先して義勇を傷つけ、錆兎は自分を犠牲にしても義勇を守ろうとした。
俺は正直お前の長い片思いを見続けてきたからお前の側に立って行動してきたんだけどな。
錆兎と約束した条件を超えたからもう無理だ。かばえねえ。
もしお前が今からでも義勇に優しくしてみるっつ~なら止めはしないが、協力もしねえ。
でもって…危害を加えるような形であいつらにちょっかいかけるなら、全力で阻止する。
…まあ…お前は意図的にそういうことする奴じゃねえって信用はしてるけどな」

「…ちくしょう……」
「あ~。今日の会議後は呑みだ、呑み。
とびきりの店でおごってやる」
「……おはぎもつけろ…」
「え?おはぎ有りの飲み屋ってどこ行けばあるんだよ、おい(笑)
まあ、いいか。
家のモンに飲み屋までとびきりのおはぎ買ってもってこさせるわ」
「…このボンボンがァ」


ズズッと鼻をすすって潤んだ目をゴシゴシと乱暴にぬぐう不死川。
一応理屈としては納得したのだろうが、これは当分引きずるだろうから、今日から飲み歩きに引っ張りまわすか…と、軽いようでいて友人は大事な宇髄は思った。


そうして涙が完全に乾いた頃に席に戻ると、警戒MAXな表情の義勇に
──これからは錆兎と二人きりは絶対に許さないっ!
と睨みつけられ、怒ってもその顔は可愛いと思うものの、言ってることは相変わらずとんでもない誤解で、不死川はため息しか出ない。
しかし、それに待てよ、と、思った

そして
「あ~、じゃあ錆兎と二人はダメでもお前と二人ならいいのかよォ?」
と、口にしてみると、今度は錆兎が
「ダメだっ!それは俺が許さん」
と義勇を抱き寄せ、それに義勇がムフフっと嬉しそうに笑う。

そんな互いにべったりな二人が少しばかり面白くなくて、
「なんだ、束縛する男は嫌われるぜェ」
と、もう何かふっきれた気分で口にすると、錆兎に言ったはずなのに義勇の方が
「大きなお世話だっ!」
と、すぐ涙目になっていたこれまでと違って強気に言い放った。

それに、ああ、そうか。こいつは錆兎のことになるとこんな風に言い返すんだな…と、小学生からのつきあいなのに初めて見る義勇に、どこか寂しさのようなものを感じる。
そう思ってみれば、自分のように暴言を吐くでもなくわりあいと友好的に接してきた宇髄のことでもそんな態度をとることはなかったので、おそらく錆兎がそれだけ特別な相手なのだろうと改めて思った。

まあ…不死川のそのちょっかいが錆兎を好きだからだと思うのは本当に解せないが……

…世界を敵に回しても愛しい恋人が居れば世界で一番幸せ者なのだ…と言ったのは錆兎なのだが、反応からすると義勇の方がよりそれを思っている気もする。

ああ、自分は思いの強さでは錆兎よりも義勇に負けていたのかもしれない…。
そんなことを思いながら、不死川は今の気持ちと同じくひどく苦いコーヒーを一気に飲み干したのだった。

──完──







2 件のコメント :

  1. 義勇ちゃん、よかったね。錆兎とお幸せに。不死川さんも好きなキャラではありますが、やっぱり錆義が一番!

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    1. 実弥も割合と好きなんですけど、義←としては考えられないというか…
      そのあたりの解釈は人それぞれなんですが、個人的には正当な理由なく受けを傷つける攻めが地雷なので、sbgの協力者の時は良いんですけど恋情を持たれると、さんざん暴言暴力振るったDV野郎がどのツラさげて愛を語る?…と思ってしまうところがあって😅
      ちなみに…実弥のCPとしてはさねかな派です😊

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