甘かった…
祝言から3か月ほどの時が過ぎた頃、本当に自分の考えが甘かったことを義勇は思い知ることになる。
そしてその次は当然ながら、錆兎の子をたくさん産んで、世界を大小の錆兎で満たすことだった。
だが、その一人目ですでに義勇はヘタっている。
吐き気…そう、吐き気だ。
錆兎の子のため、錆兎の子のため…と、お題目のように唱えながら耐えようとしても、常に吐き気がする状態は、正直常に痛いよりもつらい。
錆兎の子孫で地を満たそうと思ったら、これを何回経験するのだろう…と思うと眩暈がする。
すっきりするのは酸味のあるものなのだが、酸味のあるものだと吐く時に刺激があって辛い…だからあまり刺激のない物を摂取したほうがあとのことを考えるといい…なんて、要らぬ知恵までついてしまった。
──義勇、お前だけ辛い思いさせてごめんな?
と、錆兎に抱きしめられてうっとりしていても、急に襲ってくる吐き気に慌てて駆け出すこと数回。
そのうち錆兎がいつでも吐けるようにとそれようの容器を用意してくれた。
そんな状態なので錆兎は自分が任務の時には真菰を置いていきたがったが、それでなくとも3人1組で動いていたのに義勇が抜けて真菰までいないと、錆兎を信じていないわけではないのだが前世で一度失っていることもあって義勇が不安すぎるので、そういう時は花屋敷のカナエの所で預かってもらうことになっていた。
ちょうど…というのは不謹慎だが、柱を引退して刀を置いていて、しかも医療の専門家だ。
これほど適した場所はない。
カナエと仲のいいはずの真菰は何故かあまり乗り気ではなかったようだが、錆兎は義勇を一人で残すのは不安で、義勇の方は錆兎を一人で行かせるのが不安でとなると、もうしかたないということで納得したようだ。
──おぉ~い、土産だ、食っとけ
と、花屋敷に居るとよく不死川が訪ねてくる。
義勇は知らなかったが彼は暇があれば花屋敷の手伝い…いや、それは口実なのだろう。
カナエに会いに来ているようだ。
その際に最近義勇がカナエに預けられていると知って、義勇にも土産を持ってきてくれる。
驚いたことに前世ではあれだけ粗暴で喧嘩腰に見えた不死川は、女子供には優しいらしい。
義勇が妊婦だということもあって、食べやすそうな…しかも、吐く時に負担にならなさそうなものを持ってきてくれるので、そんな細やかな気遣いができる男だったのか…と、驚いてしまう。
それをカナエに話したことがあるのだが、どうやら不死川は大家族の長男で、おそらく身重な母親をずっと間近にみてきたから、子を身ごもっている女性の気持ちがわかるのだろうということだった。
なるほど。
前世で喧嘩腰だったのは義勇が男だったからなのか。
ああ、そういえば実の弟の玄弥に対してもずいぶんと乱暴だったな…と、義勇は昔を思い出して納得する。
まあ…自分が無意識に不死川を苛つかせる発言を繰り返していた自覚はないので、義勇の彼に対する理解はそんな感じだった。
「お前、赤ん坊産んだら復帰すんのかァ?」
「…したいんだけど…錆兎の子をきちんと育てないとだから…」
前世からは考えられないほど普通に色々と心配してくれる不死川に、最初は戸惑っていた義勇もだんだん慣れてきた。
不死川の手土産の葛桜を冷茶と一緒につまむ義勇に、これは食えそうで良かったな、と、笑みさえ浮かべて言うのにも、今はもう違和感を感じない。
「あ~…そんならここで預かって貰やぁいいんじゃねえかァ?
俺も暇な時にはおしめくらい替えてやるし…」
という発言に至っては、前世だったら、お前は誰だ?不死川の偽者かっ?!と引くところだが、今生の不死川ならまあ驚く発言でもないだろう。
「おしめまで替えられるのか…。
不死川は良い父親になりそうだな」
と、軽い気持ちで言ったのだが、なんだか空気が凍った。
…隣で一緒に茶を飲んでいたカナエのあたりから……。
え?なぜ??と鈍感な義勇でもわかるくらいの変わりように、不死川がガシガシと頭を掻きながら
「あ~…俺はなァ…ダチの子や親せきとかの子とか、親しいガキなら可愛がれるけど、なんつ~か…ほら、無鉄砲だしなァ?
自分のガキだと遺して死んだりしたらまずいから…」
などと、何か意味ありげに笑って言う。
「…錆兎も鬼狩りだけど…?」
「いや、ほら、お前の旦那は御旗だからなァ?
宇髄とか…まあ、俺もだけど、周りが必死に折れねえように守るから…」
と言いつつ、
「おい、カナエ、悪いが、もうちっと茶をいれてやってくれ」
と、カナエに言う。
そこで少し固まっていたカナエは
「あ、ええ。いれてくるわね」
と、笑顔で冷茶のポットを持って部屋から出て行った。
それを完全に見送ったあと、小さく息を吐き出して
「あ~…あのな、カナエの前で赤ん坊の話はなしな?」
と言う。
え?と、きょとんとする義勇。
「もしかして…カナエは子ども嫌いなのか?」
だから真菰は義勇をここに預けるのに気が進まなさそうだったのか?
と、いまさらながら思ったのだが、不死川は首を横に振った後、これは秘密な、と、唇に人差し指を当てて言った。
「あいつが柱を辞するきっかけになった上弦の弐との戦いで、肺の他に色々内臓やられちまっててな、子が産めねえんだ。
だから赤ん坊は好きだし別に他人の赤ん坊の面倒だって喜んでみるが、あいつ自身が子を産む産まねえって話は禁句な?」
「なるほど…。
でも私がさっき言ったのはカナエのじゃなくて不死川の赤ん坊の話じゃなかったか?」
確かそのはず、と、義勇が言うと、不死川は無言で顔を赤くした。
ここで察したりしないのが義勇の義勇たるゆえんで、もうそのことについてはさすがに不死川も義勇に悪意があったりわざとではなく、ほんっきでわかっていないのだと悟っている。
「…うん、まあ、な。
俺はそれで何度かあいつに結婚を断られてるわけだ」
と言って、義勇はようやくわかったようだ。
「なるほど!そういうことか。
でもいいんじゃないか?
錆兎の血は世界中に広まって後世に多数受け継がれるべきだけど、不死川は別に普通の人間だし、カナエは美人で気立ても良いから、夫婦二人で幸せに暮らせばいいと思う」
と、義勇にとっては世界の真理なのだが、大概失礼な発言をしてみせる。
だが不死川はそれには腹も立たないようで
「そうだよな。
別に俺なんか大した家の出でもねえし、子育てしたけりゃ養子でももらえばいいんだしなァ」
と頷いた。
「あれだけ美人で頭が良くて仕事が出来て気立ての良いカナエを不死川が嫁にもらえるなら、そんなの些細な事だよな」
と、さらにとんでもなく失礼さを増大させた言葉にすら頷いて見せるあたり、義勇に慣れたのか、カナエへの愛なのか…いや、その両方か…
「…ってことでな、なんなら3人4人産んだところで手が足りなきゃここでカナエと一緒に喜んで面倒みるからなァ。
安心して産んで、腹に子がいない間は旦那と一緒に現場出てえってんなら出りゃいいし、出ずに子育てすんでも手伝うから、ここに来りゃあいい」
と、不死川が言ったところで、ドアが開いて
「ああ、手が必要でしたら私もお手伝いいたします。
子育てはしたことがありませんが、家事は得意なので…」
と、声がする。
その声に視線を向ければ、煉獄をどこか柔和な顔立ちにしたような少年が立っていた。
そしてその隣の、義勇の良く知る煉獄杏寿郎も
「ああ、子育てなら俺も手伝えるぞっ。
千寿郎の時に母上を手伝って色々やっていたからなっ」
と、言い始めた。
どうやら兄弟で見舞いに来てくれたらしい。
その日はその他にも宇髄の嫁達が来てくれて、みんなでおおはしゃぎだった。
生まれる前からこの騒ぎである。
きっと生まれたらさらにすごい大騒ぎだろう。
それだけ子を待ち望まれているなんて、さすが錆兎だ!
と、義勇はいつものように思いつつ、あまりのにぎやかさに吐き気もふっとんで、久々にゆっくりと気分よく眠りに落ちた。
Before <<< >>> Next (8月31日0時公開予定)
0 件のコメント :
コメントを投稿