続・彼女が彼に恋した時

窓際の前から二番目…
柔らかな春の日差しが差し込んで、彼の浅い黄みがかった赤色の髪を明るく照らす。


1学期の座席は出席番号順だったので、”うろこだき”の彼は前から二番目。

義勇は”とみおか”なので名前順で言うとちょうど半分くらいで、教室の真ん中の列の真ん中より少し後ろの席になった。

正直自分が冨岡で良かった…とこの時ほど思ったことはない。
だって、この席だと彼の事がよく見える。

鱗滝錆兎君…
それが義勇が初めて好きになった男の子だった。



勉強はできても口下手でいつも男子にいじめられてきた義勇が、入学式の挨拶の時に転んでいじめっ子の男子たちに囃し立てられて泣きそうになった時、かばってくれたのが鱗滝君だった。

男子たちに、転んだ女子を笑う彼らの行いの方が恥ずかしい!と言い返して、席を立って転んだまま恥ずかしさに立てなくなっている義勇の所まで来てくれて、手を貸して立たせてくれた。

その際に擦りむいた義勇の膝に彼が巻いてくれたハンカチは今の義勇の一番の宝物である。

彼が同じクラスだと分かった時は嬉しかった。
だけどお礼を言わなきゃ、ハンカチも返さなきゃ…と思いつつ、入学式の時の彼のヒーローのような行動を褒めて彼を囲む人の波に臆して話しかけるどころか近づくこともできなかった。

義勇のことなど忘れてしまったみたいにあっという間にクラスメートに馴染んで皆の輪の中心にいる彼を遠くからそっと見つめるのが、今の義勇の精いっぱいである。


…カッコいいなぁ…
と、今日も朗々と教科書の音読をする彼の素敵な声に聞き惚れる。

指されて立つ姿もピシッと背筋を伸ばして姿勢が良いので凛としていてカッコいい。
日にさらされた薄い色の髪がキラキラしていて、姉の貸してくれる少女漫画に出てくるみんなが憧れる男の子みたいだと思った。

自分はそういう漫画の主人公の女の子のように可愛いわけではないので彼の隣に立てるなんて思わないが、このカッコいい彼が入学式で助けてくれた時のことを義勇は何度も何度も心の中で反復して思い出しつつ、日々、彼の事をそっと見つめている。



そんな穏やかにして幸せな日々が突然終わったのは一学期も半ば、中間試験終了直後の5月末のことだ。

「そろそろみんな学校にもクラスにも慣れてきただろうから、席替えをするぞ~!」
と先生が言う。

幸いにして席は友達同士とかではなく先生がくじ引きで決めたものなので、一人あぶれて気まずい思いをしたりすることはないのは良いが、今の特等席でなくなってしまうのは少し残念だ…と義勇は思った。

せめて鱗滝君よりは後ろの席がいいな…
前の席だと彼をそっと眺めることができなくなってしまうから…
と、そんなことを考えつつ、義勇は机の中の荷物を整理して、黒板に書かれた自分の出席番号の場所に移動する。

そして、驚いて固まった。

一番後ろの窓際の席。
そこからなら教室中どこでも見渡せる…そう思っていたのだが、見渡すも何も…荷物とカバンを持って移動した席の隣で、

「今日から隣の席だな。
冨岡義勇さん、よろしくな」
と、キラキラしい笑顔で見上げてくるのは、義勇がずっと遠くからそっと見つめてきた彼…鱗滝君だ。

その彼がせっかくそんな風に挨拶をしてくれたのに、義勇は驚きすぎて言葉も出ず、ただ目を丸くして固まってしまう。

ああ、ダメだ。
彼の言葉を無視したみたいになってる。
印象は最悪だ…。

と、何か言わないとと焦るばかりで硬直している義勇に、しかし彼は気を悪くする様子は全くなく、それどころか

「ああ、もしかして俺のことまだ覚えてないか。
俺の方は入学式の挨拶で冨岡さんの名が呼ばれてたから覚えていたんだが、俺は外部生だし40人もクラスメートいるから名前と顔が一致しないよな。
自己紹介するな。
俺は錆兎。鱗滝錆兎だ。よろしく」
と、まるで覚えきれないのが当たり前で、名乗らなかった自分の落ち度のように言ってくれた。

ああ、やっぱり優しい。カッコいい。

そこで
…お…覚えてた…
と、蚊の鳴くような声で言う義勇に、ん?と笑顔できいてくれる鱗滝君。

「…あの、あのね、ずっとお礼言わなきゃって思ってて……でも鱗滝君、人気者でいつも人に囲まれてて近づけなくて……」
と、うつむき加減に言うと、彼はそれにも
「あ~、そうだったのか。
気づいてあげられなくてごめんな?」
と、自分は全く悪くないのに謝ってくれる。

「…ううん……私が…諦めちゃっただけ、だから…」
と義勇が首を振ると、彼はいったん立って、どうぞ?と椅子をひいてくれた。

うあ~うあ~うあ~~~!!!
と、そんなまるで物語のレディに対するような扱いに、義勇は内心大絶叫しながらも、
「…ありがと……」
と、そこはかろうじて礼を言って座る。

「どういたしまして」
と笑顔で答える彼はもういつものことだがいつも以上にカッコよくて、義勇はきゅうぅぅんと胸が締め付けられる思いがした。

…鱗滝君がかっこよすぎて言葉が出ない…。
…までならいいのだが、なぜか涙が出てきてしまった。

ああ、もう最悪だ。
ここで泣く?なぜ泣く?
絶対に面倒な女の子だと思われた。

そう思えば余計に止まらなくなる涙。
しかし彼はそれにも引くことはなく、綺麗な白いハンカチを、良かったら…と、義勇の目元に当ててくれる。

「…っ…ごめっ…なさっ……前のも…まだ返してないっ……」
としゃくりをあげる義勇に、彼は
「ああ、別に返さないで大丈夫。
それより、なんか泣かせてしまってでごめんな?」
と、また義勇が悪いのに彼の方が謝ってくれてしまう。

そしてトドメ。
「…これからは冨岡さんに諦められないように、俺の方がよく注意してみておくから」
なんてありえないセリフを言われて、自分はこの席にいる間にきゅん死にするんじゃないだろうか…と、義勇は真剣に自分の心臓の強度の心配をしたのだった。

冨岡義勇12歳…初恋の男の子を相手に二度目の恋に落ちました。



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