どうしよう…錆兎がかっこいい……
よく”三国一の花嫁”という言葉があるが、自分たちの場合は花嫁の自分よりも隣で紋付を着ている錆兎の方がよほど素晴らしい”三国一の花婿”である。
5年前の最終選別の前日に鱗滝さんが用意してくれた紋付を着ていた錆兎も、凛とした佇まいではあるがまだ線が細くどこか少年ぽさの残っていて愛らしかったが、今の水柱として長い年月を務めあげて鬼殺隊の御旗とまで言われるほどに立派な男になった錆兎のカッコよさときたら、もうその眩さにひれ伏してしまいそうだ。
こんな世界で一番の花婿の隣に並べるほどの花嫁になれているとは思わないが、そんな素晴らしい錆兎が自分のことを選んでくれたのは素直に嬉しい。
気を抜くと顔がふにゃりと緩んでしまう。
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!
それでなくとも釣り合っていないのだから、せめてきりっとした顔をしていなければ…
そう思うのに、ぎゅっと手を握られて、気づいた視線に錆兎の方を向けば、いつもはきりりとした顔に値千金の笑顔を浮かべられて、
──…幸せだな。
なんて言われた日には、ふわあああ~~と天にも昇る気分になって、またふにゃりとしまりのない顔になってしまった。
だって嬉しい。
錆兎と一緒に生きていける…それだけで十分嬉しいのに、さらに錆兎の唯一になれるのだ。
いつまでもいつまでも…死が2人を分かつまで一緒なのである。
お祝いに来てくれた人たちに笑顔で応えつつ、時折隣の世界で一番カッコいい花婿姿の錆兎を脳裏に焼き付ける。
そうして祝言の祝いが行われる中、徐々に落ちていく陽に鎹烏の声が混じり始めて参加者が一人減り、二人減り、絶対に休みを取らせてもらえることになっている錆兎と義勇以外はみな、任務へと向かって行っていなくなった。
残った真菰ですら、それでも告げられる鬼の出没の報に出動することに。
それどころか鱗滝先生までいつもは錆兎と義勇と一緒で単体で任務に就くことのない真菰の補佐にとついていくことになった。
──…空気を読まない鬼だなっ
と、義勇がぷくりと膨らませた頬を、
──…ある意味…本当に二人きりにするということで空気を読んでいるのかもしれないぞ?
と、錆兎が笑って指先でぷすりとつつく。
ああ、そういえば……えっ?!!ふたりきりっ?!!!!
と、そこで義勇は途端に焦った。
義勇はいつだって錆兎と二人きりでいることが嫌だと思うことはない。
そう、前世だって二人きりで居られる時は得をしたように思ったものだった。
でも、でもでもっ?!!
ただ寄り添って笑っておしゃべりをしてそれで幸せだった前世とは違って、義勇は今生では女で……錆兎の嫁になったわけなので……つまり…つまりそういうことで……
前世では24まで生きていたので、知識はさすがにある。
今生でも女性としてのあれこれは経験のない真菰の代わりに医療所の胡蝶カナエが教えてくれた。
だから大丈夫…大丈夫なはずなのだが……
いきなり黙り込んだ義勇に、錆兎が何かを察したようだ。
「…義勇…閨の諸々については知っているか?」
と聞かれてなんだか猛烈に恥ずかしくなって、顔を赤くしながらうなずくと、
「ならいい。
そのうえでまだ気持ちの整理がつかないというなら待つがどうする?」
と聞いてくれる。
こんなにわたわたと動揺している自分と違って、錆兎はなんて落ち着いているんだろうか…
気持ちの整理…気持ちの整理なんて一生つかない。
こんなカッコいい錆兎を前にすべてを曝け出す自信なんて持てる日がくるはずがない。
「…とりあえず片づけは明日寄こしてくれるそうだから、風呂にでも入って一息つくか…」
と、色々がぐるぐる回っている義勇の手を取って立たしてくれると、錆兎はそのままいつものように義勇の手を引いて広間を出て、
「先に入ってこい」
と、風呂場まで連れて行ってくれる。
化粧を落として風呂に入って、少し長めに湯につかって浴室を出た先の脱衣所には二つの塗りの箱が用意されていて、一つには錆兎の、一つには義勇の寝巻が入っているようだ。
真菰曰く、奥方様から賜った絹の寝巻らしい。
義勇は錆兎の方の寝巻を出して羽織ってみた。
…大きい……
前世では錆兎の方がしっかり筋肉などはついていたが、それでも互いに少年らしい細さで、上背も変わらなかったものだが、今こうして錆兎の方の寝巻を羽織ってみると本当にぶかぶかで、体格が違うことがよくわかる。
今生では異性だということもあってか、義勇の方はもちろんのこと、錆兎もあまり義勇に裸体を見せるようなことはなかったため、あまり意識はしていなかったのだが、やっぱり異性なのだと再認識をしてしまった。
義勇にとっての結婚と言うのは姉が楽しみにしていて出来なかった、白無垢を着て祝言をあげるということと、錆兎の子で世界を埋め尽くすこと、その二つで構成されていたので、いまさらだがその過程を意識したことはなかった。
いや、別に錆兎とそういうことをすることに嫌悪感とかがあるわけではないのだが…躊躇する気持ちがあるのはやはり自信がないからか…。
錆兎ほどの男なら世界中の好きな女を選びたい放題なのに自分でいいのだろうか…。
がっかりさせないだろうか……
ああ…あの綺麗な藤色の目に何もまとわないまま晒すには、やや色々足りない気がする…
と、恥ずかしさと不安とで色々グルグルして、両手で顔を覆ってしゃがみこんでいると、
──…義勇…どうかしたのか?
と、上から不思議そうな声が降ってきた。
ひゃああぁぁ…と義勇は慌ててたちあがりかけて、寝巻の裾を踏んずけて転びかけたのを錆兎に支えられた。
「本当に…遅いなと思って様子を見に来たら、お前は何をしてるんだ?」
と、やや呆れたように言われて、どうしよう…と思いながら見上げると、
「…俺の寝巻の方を着たかったのか?
ああ、色が青だからか。
綺麗な青白磁色だもんな。
でもお前には少し長くて危ないな。
少しじっとしていろ」
と、錆兎は義勇の方の寝巻の帯と錆兎の帯を使って器用に長さを調節してくれた。
「…えっと…錆兎は?」
されるままぶかぶかな錆兎の寝巻を着た義勇が、自分の寝巻を錆兎が着るのは無理だよな…と思いつつ聞くと、錆兎はどうやら寝巻が用意されていることを知らなかったらしく
「ああ、自分のを持ってきた」
と、手にしていた普段から着ている自分の寝巻を掲げて見せた。
「…ごめん……」
「…ん?なにが?」
「…錆兎の…取っちゃって…」
「いや、構わんが?」
と、当たり前にそんなやり取りをしていたら、なんだか泣けてきて、ぽろりとこぼれる涙にそれまで驚くほど冷静な様子だった錆兎が初めて慌てたように義勇の顔を覗き込んだ。
「すまん!何か嫌なこと言ったか?」
と、まず言ったあとに、少し困ったように
「…まだ怖かったり嫌だったりしたら遠慮なく言ってくれていいぞ?」
と、続ける。
ああ、違う。
錆兎が嫌なわけじゃない。
むしろ逆だ…。
と、義勇は首を横に振る。
「…っ……違ってっ……」
「…うん?」
「…自信…っ…ない…」
「…何がだ?」
錆兎に魅力的だと思ってもらえる自信がないのだ、と、言おうと思ったのだが、出てきた言葉は
──…おっきく…ならなかっ…たっ……
で、錆兎もさすがに意味をとらえかねたらしく、
──え~っと…何がだ?…上背…か?
と首をかしげた。
──…胸……
──…え?……
鳩が豆鉄砲を食ったような…というのはこういう表情を言うのだろう。
錆兎がここまで唖然とした顔をしたのを初めて見たかもしれない。
「…最終選別の前の日……真菰姉さんとお風呂入って……私も大人になったらおっきくなるって…胸っ…ちゃんとおっきくなるって言ったのに……」
…あ~、気にしてたのか……
と、そこは錆兎からみてもそうだったらしく否定されないことに義勇は思わず嗚咽した。
「あ、違ってっ!!」
と、それに錆兎が慌てて手を振る。
「大きめでも小さめでも俺にとってはお前の胸であることが重要だからな?
俺にとって理想の胸なら、別にお前が嘆くことはないだろう?」
とっさにその言葉が出てくるのがすごい。
さすが錆兎だっ!!と、義勇は感心してしまった。
「小さめな上背も華奢な体格も…おっとりとしたその性格もなにもかも、お前は俺の目から見て世界で唯一魅力的で嫁にしたいと思う相手だから、そのあたりは心の底から安心しろ」
と、そう言われると、本当に安心できてしまうのが不思議である。
「…ということで…大丈夫か?
もう不安なことはないか?」
と言う言葉に義勇が頷くと、錆兎は安堵したように息を吐き出して
「では寝所で待っててくれ。
俺も体を流してすぐ向かうから」
と言って、風呂に消えていった。
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