幸せ行きの薬_39_死亡確認

人間に戻って想いを伝えたい…
と、その願いが叶ったのは良いが、錆兎はもういまさらだが女性の真菰にまで素っ裸を見られて恥ずか死ぬかと思った。

真菰の方はと言うと、幼い頃から錆兎をはじめとする男の従兄弟達に囲まれて慣れているらしく、あらら、と笑いながら、何着か持ってきているからと、錆兎の着替えを貸してくれる。
子猫の頃からの付き合いだが、本当に頼れる良いお姉さんだ。


錆兎は頭も打ったので検査入院をしていたのだが、異常なしと言うことでその日のうちに自宅に戻ってきた。

義勇も人間に戻っていたので錆兎の怪我のフォローも大丈夫だろうと、真菰は忙しいからとマンションまで二人を送り届けて帰っていく。


その後二人になって、まず互いに思っていたことのすり合わせ。
義勇が逃げたのは錆兎が嫌だとか、ましてや赤ん坊のことを疑っていたとかではなく、単に自分が居ない方が錆兎が幸せになれるんじゃないだろうか…と思ったためと言うことを伝えて、まあ…真菰の説明でそのあたりの誤解は解けたことも確認。

これからは互いに問題があれば隠して自己判断で暴走して揉めるよりは、二人でなんでも話し合ってすり合わせをしていこうということで落ち着いた。


そうしてその日は義勇が作った食事を二人で食べて、風呂は片手では洗いにくいだろうと、義勇も一緒に入って錆兎も髪を洗う。
義勇としては体も…と思ったのだが、錆兎が体は手に装着するスポンジがあるから大丈夫だというので断念。

二人して風呂をあがると、義勇は風呂上り用のレモン水を用意して、リビングで二人で並んで飲んだ。
そんななんてことない日常がとても幸せに感じる。
錆兎もそう思っていたらしい。

ただ心の中で思っていた義勇と違って、彼は義勇にもわかるように
──ああ、幸せだな
と、口にしてくれて、義勇もそれに大いに頷いた。


そんな風に二人でまったりしていると、いきなり鳴る電話。

「…そうか…わかった」
と、隣に座って随分と深刻な顔をしている錆兎を義勇が見上げると、錆兎は少しスマホを耳から離して、
「真菰からの連絡で、角田マリが今息を引き取ったそうだ」
と、複雑な表情で伝えてくる。

え……
いきなりすぎて義勇はよく状況を飲み込めない。

そんな義勇を見て錆兎は
「最初に轢かれたのは彼女だからな。
それを見てスピードを落とした車に轢かれた俺と違って、結構なスピードで行きかっていた車に轢かれたんだ。
今まで集中治療室で手当てを受けていたが、ついさっき息を引き取ったそうだ」
と、状況を説明してくれる。

ああ、そうか…そうだったな…
と、義勇はあまりの現実感のなさにぼ~っとそう思って、
「…病院…確認に行っていい?」
と、自分でもなぜそんなことを言ったのかわからないが、そう口にしていた。

錆兎もぽかんとしていたが、義勇がそうしたいなら、と、真菰に伝えてくれて、真菰が迎えに来てくれることになった。



髪を乾かしたり着替えたりしているうちに真菰が迎えに来てくれて、真菰の運転で3人で病院へ。

しかしどうもタイミングが悪かったらしい。
そこでは修羅場が繰り広げられていた。

「はあ?!!冗談じゃねえよっ!!
つくるのに協力してくれたら認知も求めねえし礼をするってんでつくったんだっ!
いまさらガキ引き取れとかごめんだぜっ!!」

廊下で響く男の声と老婆と赤ん坊の泣き声。
それに視線を向ければ錆兎と同じ宍色の髪の男と老夫婦が目に入ってくる。

そして向こうも義勇たちに気づいたらしい。

「じゃ、そういうことでっ!俺は無関係だからなっ!!」
と、強引に話を切り上げて男が出口のあるこちらに歩いてくる。
そして義勇達の横を通り過ぎ、振り向きもせず病院を出ていった。

それを絶望的な目で見送る老夫婦は、おそらくマリの父方の祖父母なのだろう。
彼らは錆兎の宍色の髪に目を止めると、絶望的な表情で青ざめた。


「も、…もうしわけありませんっ!!
このたびは本当にご迷惑をおかけしました。
でも御覧の通り残されたのは老人二人と赤子だけで、死んだ孫の親も別の理由で刑務所で、とてもとても慰謝料などは払える状態じゃなく……」

珍しい錆兎の髪色からマリが盗んだ猫の飼い主だと察したのだろう。
老人は二人そろって震えながら頭を下げる。
その様子はか細く泣く赤子の泣き声と共に憐憫を誘った。

「いえ、俺は金には全く困ってませんし、それは良いのですが…とりあえず頭を上げてください」
と、まず錆兎はそれを制してそう言うと、それで?どうする?と問うような視線を義勇に向けてくる。

問いかけられても義勇も何をしたくてここに来たのかわからない。
強いていうなら、”あの”マリが死んだということが信じられなかったから…だろうか。

錆兎の視線を追って今度はその隣に立つ義勇に視線を向けた老夫婦は、さらにさらに青ざめた。

「…あ、あの……」
と、もう言葉もなく震えている二人に、
「…一応従妹なので…確認、させてもらっていいですか?」
と他に言葉も思い浮かばずそう言うと、老夫婦は言葉もなくただコクコクと頷いてドアの前から少しずれて道を作る。

「ありがとうございます」
と、それに義勇はぺこ~っと頭を下げて、中へ入った。


早々に来たためまだ霊安室に運ばれる前の遺体は、病室のベッドに横たわっている。

体からぶつかって車の下敷きになったらしく、シーツの下の胴体の状態はわからないが、顔は損傷もわからないくらいで、今にも起き上がってきて怒鳴りつけてきそうで怖くなって、義勇はぎゅっと負傷していないほうの錆兎の腕にしがみついた。

が、そうして少し落ち着いてみると、確かに呼吸を止めているのがわかる。
そう、もう二度と彼女が自分を怒鳴りつけたり殴ってきたりすることはなくなったのだ。

義勇にとっては幸いなはずな状況だが、廊下で肩を落とす老夫婦や、父親に認知すらしてもらえないため彼女を唯一の親とする赤ん坊のことを考えると当たり前だがそれを幸いとは思えない。

──…錆兎……
──…ん?
──…あの赤ん坊…どうなるのかな…
──あ~…施設…かもな。あの老夫婦も育てられないから父親にと思ったんだろうし…

確かに…。
伯父は確か52歳くらいだったと思うので、その親ともなれば70代…下手をすれば80代だろう。
そこから子どもが成人するまで20年も面倒を見るのは無理そうだ。

義勇自身も5歳の頃に親を失くしたが、それでも最低限でも育ててくれた伯母夫婦、親族でもないのにずっと心配してくれていた珠世、そして今は錆兎に支えられて生きている。

施設に送られたことはないのでそこがどんな感じの所かはわからないが、この世に自分を気にかけてくれる保護者が誰もいないというのは、きっと孤独だろうと思う。

「…錆兎……」
「…ん?」
「…俺が…引き取ったらダメかな?
俺の養子にしてちゃんと自分で世話もするし、錆兎に迷惑はかけないようにするから…」

自分を引き取って面倒をみてくれた錆兎ならきっと許してくれる…そう思ったのだが、返ってきたのは
「無理だな」
という言葉だった。

まあ普通は軽々しく突然子どもを引き取りたいなんて言えば反対されるのは当然なのだが、義勇はそんな可能性は全く考えていなくて、驚きのあまり目を丸くしたまま固まってしまう。

それに錆兎は、ああ、違う、と、苦笑した。

「別に俺はお前が引き取りたいなら構わんし、俺が仕事でお前が大学に行っている間に世話をするベビーシッターくらい普通に雇ってやるぞ?
無理と言うのは、今現在お前の養子にするのは無理ということだ」
と、そこで義勇が想像していた言葉と温かい笑顔が降ってきて、とりあえずホッとして、義勇は
「結婚していないから?」
と思いついて聞くが、錆兎は首を横に振った。

「いや。実子と同じ扱いにする特別養子縁組なら夫婦でなければだめだが、普通の養子縁組は独身でもできる。
ただな、お前自身がまだ未成年だから。
養子を取る側は成人じゃないとダメなんだ。
だから正式に引き取りたいならお前じゃなくていったんは俺の養子だな」
と、さらりとそんなことを言われて

「え??そこまで迷惑は…」
と、義勇は焦って首を横に振る。

が、錆兎は少しかがんで義勇に額にコツンと自分の額をぶつけて微笑んだ。

「お前の子なら俺の子でもあるだろう?
とりあえず俺の養子にして、お前が成人したらお前も養子縁組をすればいい。
先の養子縁組を解消しなくてもさらに養子縁組をすることは出来るんだ。
こういうのを転縁組と言ってな、そういう風にすれば俺とお前が婚姻関係を結べなかったとしても、赤ん坊は俺とお前の子になる。
悪くはないだろう?」

「すごい!錆兎はすごく物知りなんだな。
そうか…それはすごく良い案だ」

義勇が目を輝かせてそう言った時点で、錆兎はなんの迷いもなく、行動に移すことにしたらしい。

「じゃあ、そういうことで交渉だな」
と、義勇を伴って老夫婦に交渉すべく再度廊下へと出ていった。


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