──おかえり~、ぎゆうはいい子にしてたよ~。ミルクもいっぱい飲んだしね。
錆兎が応接室で取引先との会談を終えて大急ぎで部屋に戻ると、その間に真菰からミルクをもらってポンポンのおなかのぎゆうを真菰が抱きあげて出迎えた。
そんな子猫に錆兎はメロメロだ。
可愛い、可愛い、錆兎の子猫。
あの救出劇から早2週間が経とうとしていたが、子猫のぎゆうはすでに錆兎の生活になくてはならないものになっていた。
──ただいま、ぎゆう。おなかいっぱいになったか?
と、手の中でゴロゴロとのどを鳴らす子猫の小さな頭を、錆兎は指先でそっと撫でながら言う。
「ほんっと、可愛がってるねぇ」
と、その様子を見て真菰が苦笑した。
「当たり前だろう。ぎゆうはもう俺の唯一の家族なんだ」
と、即そう返す錆兎。
それに真菰は少し考えて、ねえ…と、気づかわし気に眉を寄せた。
「この子さ、隣の家のベランダに居たのを拾ったって言ってたよね?
結局、行方不明だっていう家主は見つかったの?
もしかしたらさ、何かで帰宅できない状況だっただけで、帰宅したら返してくれとか言われたりしないの?」
と聞く真菰。
その心配はもっともなものだ。
錆兎たちのマンションが5階である以上、そのベランダに外から子猫が迷い込んでくるなどということはありえないと言っていい。
となると、隣のベランダにいたぎゆうは、どういう理由でどういう経緯であれ、隣人がそこに連れてきた以外にありえない。
だが、真菰の心配は杞憂なのだ、と、錆兎は言った。
「あ~、そのことなんだけどな。
隣の家の家主はなんだか出ていったみたいで、今その従姉妹が住んでて、挨拶に来た時に家主はもうあのマンションに戻らないって言ってたから、言い方悪いんだけど、ぎゆうのことは捨てたんじゃないかと思う。
従姉妹いわく、家主は従姉妹の母親の妹の子で、幼い頃に事故で両親を亡くして唯一の身内だからってことで彼女の家で引き取って、未成年のうちは養育してたらしい。
で、18になったからそろそろ自分で自活してほしいと言ったら、伯母夫婦に何も言わずに出ていったんだと。
で、おそらくあまり余裕がない生活をするのだろうと言ってたから、それでぎゆうを置いて行ったのかもな…」
「………」
「………」
「……錆兎…」
「……なんだ?」
「……あんたさ、それ信じてる?」
「………」
「………」
「…信じたい…と、思っているな…」
「…だよね。普通に考えておかしい」
真菰は腕組みをして、はぁぁ~っと息を吐き出した。
そして、錆兎も内心思っていて考えないようにしている点を容赦なく指摘してくる。
「隣人がさ、本当に捨てていったんだとしてもさ、ずっと飼ってた成猫ならとにかく、生まれたての子猫ってどう考えてもおかしいよね?
飼い猫が生んだんだとしてもさ、猫飼っててトイレとかゲージとかさ、猫に関する諸々が家に全くないのっておかしくない?
さらに言うなら、もうすぐ出ていくって家のベランダに子猫を放置していくのも意味不明。
全部が全部、なんだかおかしいよ」
真菰も指摘はいちいちもっともなわけなのだが、正直錆兎は隣人がどういう事情でぎゆうをベランダに放置して出ていったのかはどうでもいい。
ぎゆうを拾った時の月齢はおそらく1週間前後。
つまり生まれた時から共に過ごしていたとしても、隣人が義勇と過ごしたのは1週間ほどで、離れていた期間の方が長いくらいなのだし、錆兎が保護をしなければぎゆうはとっくに死んでしまっていたのだから、なんとかあきらめてもらおうと思っている。
それこそ余裕のない生活だというなら、金で解決したってかまわない。
それはとにかくとして、真菰がわりあいと深刻な顔で話をするので、何か不穏なものを感じたのだろうか。
ぎゆうが抱き寄せられた錆兎のシャツの胸元に爪をたててしがみついて身を固くしているので、
──大丈夫。俺は何があってもお前を手放したりはしないから。
と、まあ言葉は通じないだろうが、安心させるように声をかけて頭を撫でてやった。
一生みつからないならそれはそれでいいのだが、確かにできるなら元隣人、冨岡義勇と連絡を取って、ぎゆうを正式に譲り受けたい。
今までは何があっても放置するつもりではあったのだが、気が変わった。
「ん~~、まあ手放すつもりは欠片もないんだが、確かに正式に話をして今後の憂いを残さずに引き取りたいな。
というわけで真菰、すまないが隣人の冨岡義勇の行方につながるものがみつからないか、調べさせてくれ」
と、真菰に依頼して、ぎゆうをいつものデスクの上のタオルに下ろすと、錆兎は午後の業務へと戻っていった。
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