幸せ行きの薬_6_ぎゆうがいる日常

錆兎の朝はもともと遅いものではなかったが、ぎゆうを拾ってからさらに30分ほど早いものになった。

起きて顔を洗ってぎゆうのミルクを作って部屋に戻ると、ベッドの端で青い目をキラキラと期待に輝かせて待っているぎゆうを抱き上げて、手のひらに乗せて子猫用の哺乳瓶を顔に近づけてやる。

するとぎゆうは錆兎の親指に小さな前足をぱふんと乗せ、口元に寄せられた哺乳瓶から、んくんくと大人しくミルクを飲み始めるのだ。

ミルクを飲ませた後は、まだ幼すぎて自分でトイレをできないので排便を促してやって、最初の頃はそうして朝一番のぎゆうの諸々を終えたあとはベッドの奥に置いたタオルを敷いた籠にいったんぎゆうを入れていた。

だが、籠に入れられたぎゆうは大人しく中にはいっているものの、ひどく悲しそうな声で、みぃ、みぃぃ、と、鳴くので錆兎の方が降参してしまった。

そしてぎゆうのミルクと排便が終わったあとは、ちょうど大き目のポケットがついたエプロンがあったので、それを身に着けてポケットにぎゆうを入れ、自身の朝食を取ったり歯をみがいたり髪や髭など身支度を整えるようになった。

ぎゆうは甘えん坊でとにかく錆兎に触れていることを好む子猫なのだが、本当に驚くほどおとなしい聞き分けが良くて、そうしてポケットに入れて接触をしていれば、暴れたり何かに手を伸ばしたりすることは一切ない。

そして錆兎がスーツに着替えたあとは背広の左側のポケットに入って一緒に出社する。
なにしろまだおそらく生まれてひと月は経っていない子猫なので、3時間に1度くらいは腹を空かせるようだし、まだ自分でエサを食えないので、留守番をさせられないのだ。

幸いにして錆兎は自動車通勤なので、ぎゆうが一緒でも全く問題はない。

まあ本来なら自動車で移動する時でもゲージに入れるべきなのだろうが、朝と同様、錆兎が離れるとなんとも悲しそうに鳴いて錆兎が気になって運転ができないので、苦肉の策といったところだ。

それでも錆兎と触れていれば本当に大人しくじっとしているので、もうこれは仕方ないことだと割り切っている。


会社内ではViva社長!Viva社長室!!

さすがに普通に大勢の社員のいる部屋では子猫を連れているわけにも行かないが、錆兎は現在社長である。

社長職に就任してからずっと秘書として補佐をしてくれている従姉の真菰以外は同室で仕事をする人間はいないため、錆兎のデスクの上にハンドタオルを置いて、ぎゆうは普段はその上に居る。

そして、錆兎的には実に賢いと思うのだが、ぎゆうは自分が動いていい場所はその30cm四方くらいのタオルの上だと認識しているらしく、そこから出ることはない。
錆兎がデスクに居る限りは無駄に鳴くこともないし、大人しいものだ。

真菰もぎゆうが聞き分けがよく大人しい子猫だということを知って、デスクに居させることを許可してくれているが、ただ、そうしようと思えばぎゆうがもう少し成長して留守番ができるようになるまではペットホテルに預けるか人を雇うくらいのことはできるのに、離れるとぎゆうが悲しそうに鳴くからという理由で職場に連れてくる錆兎に

──いいけどさ…でも錆兎って実は甘すぎて子育てには向いてないよね…
と、あきれたようにため息はつかれる。


それでも実家で猫を飼っていたことのある真菰は猫に慣れているので、ぎゆうの育て方について色々教えてくれたり必要なものもよういしてくれたりもしていて、錆兎がどうしても手が離せないときはぎゆうのミルクをやったりもしてくれていた。

そんな真菰から見てもぎゆうは変わっているレベルで聞き分けがいい子猫らしい。
だから錆兎の飼い主としての姿勢にはモノ申すものの、ぎゆうのことは真菰も可愛がってくれていた。


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