幸せ行きの薬_8_離乳食チャレンジ

──はい、これちゃんとやってねっ!出ないと最終的にぎゆうが困るんだからねっ!!

と、ある日真菰から手渡されたのは猫缶とドライフード。

そう、推定月齢3週間強。
ぎゆうもそろそろ離乳食を始める時期である。


「ミルクを少し溶かしておいて…ドライフードは水でふやかして…と」
と、真菰がくれたメモの通りに離乳食を作っていく錆兎。

キッチンに立つ錆兎のエプロンのポケットの中で、おなかをすかせたぎゆうが目の前のミルクの匂いに、みぃ、みぃ、と悲しそうな鳴き声を上げるので、可哀そうになってしまうが、ここは我慢だ。

それでなくとも錆兎はぎゆうの育成に関しては真菰にガンガン怒られている。
まずいまだにぎゆうに哺乳瓶でミルクをあげているのが真菰的にはだめらしい。

「なあに?!これからずっと錆兎が手からエサあげるの?!
このままじゃぎゆうは錆兎がいないと水も飲めないよ?!
どうすんの?!」
と、ガンガン怒られるのだが、一応はチャレンジはしてみたのだ。

でもぎゆうは皿から飲むのが下手らしく、顔を突っ込んでも飲めなくて、顔中ミルクだらけなのに口には入っていなくて、床にこぼれたミルクはタオルやらぎゆうの毛の間に吸い込まれ、腹が減って悲しそうに鳴くぎゆうに負けて、いまだに哺乳瓶でやっている。

一応、ぎゆうの名誉のために言っておくが、ぎゆうは食事において不器用なだけで、トイレなどは教えてすぐ覚えた賢い猫なのである。

ただ…絶望的に食に関して不器用なだけで……


空腹時にするミルクの匂いに、食事の時間だと思って嬉しそうにしていたぎゆうは、今、その期待に反してミルクをくれない錆兎を、それでも手を出すこともなくお利口にポケットにおさまったまま、悲しそうな目で見上げている。

…すまん、まだ慣れてなくて未熟で遅くなって本当にすまん…
と、心の中で可愛い愛猫に詫びながら、錆兎は水でふやかしたドライフードにミルクを混ぜてペースト状になるまでかきまぜた。

その皿をテーブルの上において、いつも会社のデスクでしているようにぎゆうをハンドタオルの上に下ろすと、ぎゆうはおそるおそる皿に近づき、ふんふん、と、鼻先を寄せて匂いを嗅いでいる。

そして皿の縁にぱふっと前足をかけて、不思議そうに鼻先をつっこんでまたふんふんと匂いを嗅いでいたので、このまま食べてくれるか?と思ったのだが、やがて皿から少し離れると、
…にゃぁ…
と、一声。

そして腹が減ったとばかりに、みぃ、みぃと鳴きながら、まんまるい青い目で錆兎をみあげた。


…そうだよなぁ……と、錆兎はため息をつく。

エサだと認識しているミルクですら皿から飲まないのだ。
初めて見る離乳食を皿から食うわけがない。


しかし困った。
離乳食はさすがに哺乳瓶で与えるわけにはいかない。

みぃぃ、みぃぃ、と、悲し気に鳴くぎゆう。
わかってる、腹減ってるよな…と、正直自分の空腹よりぎゆうの空腹の方が耐えられない錆兎は途方に暮れる。

これ…もう今日は諦めるか…?

まあ…見た目からして旨そうには見えないしなぁ…と、初めて作った子猫用の離乳食を指に乗せ、
「…やっぱりこれじゃ食欲がわかないか…」
と、ぎゆうの鼻先に持っていくと、ぎゆうは錆兎に触れられると思ったのかてちてちと近づいてきて、そしてその指先に乗っているものを見てまた、小さな鼻先を近づけて、ふんふんと匂いを嗅いだ。

…にゃぁ?
と、不思議そうに錆兎をみあげ、また匂いを嗅ぐ。

そして小さなピンク色の舌でぺろりとひと舐め。
そして、なんだか、え?というようにびくんと小さくふるえたあと目を丸くして…次の瞬間、錆兎の指先にのったペーストをぺろぺろと大人しく舐め始めた。

おお~~!!!
と、感動する錆兎。

そのままいつもおっとりしているぎゆうらしく、ゆっくりゆっくり舐めているうちにペーストがなくなったので、また掬おうといったん指を引っ込めかけると、ぱふっとぎゆうがそれを阻止すべく前足を指に乗せる。

そして、まだ自分は腹が減っているのだと訴えるように、みぃ、みぃ、鳴くので、
「ああ、わかってる。腹ペコだよな?
ほら、こっちにもっとあるぞ」
と、ぎゆうを抱き上げて皿の前に連れて行ってやると、今度はそれが食べ物だとちゃんと認識できたのだろう。

食べる気はあったのだとは思うのだが…勢いをつけて皿の縁にぱふん!と両前足をかけたのはいいが、そのまま勢いで離乳食に思い切り顔を突っ込んだ。

そして…茶色いペーストまみれになった小さな黒猫。

「あ~…ちょっと待て」
と、錆兎は苦笑しつつ、濡れタオルで丁寧に顔を拭いてやる。

みぃぃ、みぃぃ、と、かなり腹が減っていたのだろう。
ぎゆうにしては珍しくバタバタと暴れるが、目にでも入ったら大変なので、先に拭く。

「ぎゆう、お前、本当にそそっかしいな」
と、こびりついたものまではとれないが、ある程度ふき取ると、今日はもう仕方ないだろうと心の中で自分に言い訳をして、錆兎はミルクの時のようにぎゆうを抱きかかえると、自分の指先に少しずつ乗せて離乳食を食べさせてやった。

──錆兎のそれってね、子どもに箸のしつけをできない親と一緒だからねっ!優しい虐待だよっ?!

…と、また真菰の怒った顔が脳裏をよぎる

しかし、子どもと違ってぎゆうは一生自分が面倒をみて最後まで看取ってやる自分の飼い猫なのだから、まあいいんじゃないか?…などと思いながら…



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