赤ん坊…可愛かった。
小さかった、ふわふわしてた。
錆兎に似た綺麗な宍色の髪と、美人として名高かった義勇の祖母に似た愛らしい顔立ち。
あの子は確かに錆兎の子ではないのかもしれないが、自分がいなければ錆兎はあんな風に愛らしい子どもを持って幸せになれるのかもしれない。
そう、錆兎がそばに居てくれても、そのせいで錆兎を不幸にするのは怖い。
帰宅してからも自分のせいで…自分が居なければとそんな考えがくるくると脳内を回り、ふわりと体が浮く感覚がある。
そして気づけば景色がはるか上に。
無意識に猫に戻ってしまったのは久々だ。
ああ、でもご飯を作らないと…と、意識して人間に戻ろうとしたが戻れない。
にゃあ…と途方に暮れて鳴き声を上げれば、今日は休日なのでシャワーを浴びたあと私服に着替えてきた錆兎が、お?というように、義勇を抱き上げた。
「どうしたんだ?今日は甘えたな気分なのか?」
と、視線が合う位置まで抱き上げて、ぎゆうの鼻先をチョンと自分の鼻先でつつく錆兎。
前足の下で抱えあげられてぶら~んとぶら下がっている猫のぎゆうの体を改めて手でしっかりと抱えると、
「今日から長いゴールデンウイークに突入だから、少し遊びにでも行こうと思ったんだが、まあいいか。
観光地は混むしな。
家で特に何もせずにまったりしているのも贅沢な時間の使い方でいいのかもしれないな」
と、自分がエプロンを装着して、大きくなってポケットには入らなくなったぎゆうをハンドタオルも小さくて辛かろうとフェイスタオルを敷いたテーブルにいったん下ろすと、義勇があとは温めれば食べられるようにしていた料理に火を通した。
そうして皿に盛る段になって少し悩む。
「ぎゆう…お前今日は猫のままか?」
と聞かれて、義勇は返答に困った。
だって、自分でも戻れないのだ。
困ってしまって、にゃあと鳴けば、
「そうか。今日はそのままか。
じゃあ猫缶用意するな」
と、それはただの了承とみなされて、久々に猫缶を食することに。
人間の時は食べたいと思わないのだが、猫の時に食べる猫缶は美味しい。
錆兎がいつも高級な猫缶を用意してくれるからかもしれない。
錆兎が人間の食事をする横で、ぎゆうは皿に入った猫缶を頬張った。
子猫の頃と違ってさすがに皿から食べられるようにはなったが、それでも食べるのが下手なのは相変わらずで顔のあちこちにエサがつくので、食事が終わると錆兎が綺麗な濡れタオルで顔を拭いてくれる。
そんな珍しくもないことでさえ、もし赤ん坊が居れば錆兎はこうやって優しく面倒を見るんだろうな。
おむつも替えて風呂も入れてやったりして、いわゆるイクメンと呼ばれるようになるんだろうな…と思うと、自分がそれを邪魔しているような気がして申し訳ない気持ちになった。
つまらない自分の幸せと、優れた人間である錆兎の幸せ…
どちらが優先されるべきかなんて考えるまでもない。
…にゃう……
と思わずうつむけば、
「どうした?もしかして朝のことか?
あれは本当に角田マリの嘘だぞ?
宍色の髪は珍しいと言えば珍しいが、それを持つ人間が他に居ないわけではない。
うちの家系だけでも俺の父親を始めとして、何人か同色の髪の人間がいるしな。
まあ…宍色の髪の人間をどこかから見つけてきたんだろう」
と、頭を撫でてくる。
いや…それは良いのだ。
マリのことはある意味どうでもいい。
それより、俺によって阻害されているかもしれない錆兎の幸せの方が問題なんだ…
そう伝えたいと思っても、猫に姿を変えたまま人間に戻ることができなくなったぎゆうにはそれを伝えるすべがない。
どうすればいいんだろうか…
と考えると、何度考えても出てくる結論は自分が錆兎から離れてやるということ一択だ。
そもそも義勇と関わったから、錆兎は今もあの厄介なマリに追い回されているのである。
義勇と接点がなくなれば錆兎を悩ませたりその幸せを阻害していたりすることは一気に解決するんじゃないだろうか……
そう考えるのは、すごくすごく悲しいことなのだけれど……
しょぼん…と垂れ下がる尻尾。
人間の時でも錆兎には感情を見抜かれていたりするのだが、猫の時は有無を言わさず耳や尻尾に気持ちが現れてしまうので駄々洩れだ。
「あ~、もう。
じきに真菰がはっきり調べてくれるから、それまでの時間、気晴らしに散歩でも行くか」
と、錆兎はぎゆうを抱き上げて、財布とスマホをポケットに。
そういえば最近はずっと人間の姿で過ごしていたため、こうして錆兎に抱きかかえられるのは久々だ。
人の姿をしていても抱き着くことはできるのだが、この全身が錆兎に包まれていて、全身を預けている感は猫ならではの特権だと思う。
だけど…手放さないといけないんだよな……
と、思うと胸が痛む。
人間の時に死にたくなったら猫になる薬…
もし猫で死にたくなったらどうするんだろう……
などと、錆兎に抱きかかえられてマンションを出ながら、ぎゆうは思った。
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