こうして接近禁止も無事決まり、これでもう今日分かれたら今後マリに会うことはないだろうと心の底から安堵した義勇は、そのまま立会人の弁護士と錆兎と共に、マリの退去を手伝うことになった。
滞在期間がそもそもまだ長くなかったのもあり、義勇がそうだったように寝室以外の家具はもともと置いてあったものを使っていたようで、持ち込んだ大きな家具は寝室に置いてあるベッドとドレッサー、それに椅子だけで、あとはカーテン、服、化粧品、キッチン用品各種くらいなので片付けるのもそう大変ではない。
大きな家具を業者が運び出した後は、マリの指示に従って細かなものを段ボールに詰めていく。
そしてすべてを詰め終わった段ボールを業者が下に運び、
「ではこちらをすべてこの住所に運びますね」
と、現在マリが転がり込んでいる父方の祖父母の住所を書いた紙を業者が見せると、マリから返ってきた言葉は
「はあぁあ??」
という恫喝のような叫びだった。
「え?」
と、本人以外がぽか~んとしていると、彼女は
「なに?!預かってもらえるんじゃないのっ?!!
ジジババに家に運ばれても狭いしこまるんですけどぉ?!!!」
と業者に食って掛かる。
「えっと…預かるとはどちらで?」
と、食って掛かられても困るとばかりに詰め寄るマリに両掌を向けて制する業者。
「鱗滝さんが預かってくれるんでしょっ!!」
とそこで名前を出されて錆兎は
「え?俺??」
とぽか~んと自分を指さした。
「だってこじぎの私物は会社で預かってるって…」
「えっと…あれは本人の許可なく捨てられようとしていたので、それは色々問題になると思ったためです。
でも持ち主がいて運ぶ場所も明確にできるのに預かる気はありませんよ?
何度も言いますが、あれは飼い猫の関係で色々話をしなければならない隣人への配慮であって、私はあなたとは全く関係のない赤の他人なので、何かをする義理はない」
きっぱり拒絶されてマリはグッとこぶしを握り締めた。
「…どうしても置き場がないというなら、トランクルームでも借りられてはいかがです?
まあ…そこまでの余裕がないなら家具を処分するしかないですね。
業者も困っているので、早急に決めて欲しいんですが」
「あ、あのっ」
「…?」
「い、一緒に暮らしませんかっ?!」
「はあ??」
「家賃代わりに家事しますっ!
料理得意だし…その…責任取ってくれるなら、そっちの方もいいですよ?」
上目遣いにすり寄ってこられて、錆兎は思わず後ずさった。
「…それも…言ったと思いますが?
私はその手の相手は慎重に選ぶ派なので、ありえません」
「だからっ!同棲してみて慎重に選んでみてくださいっ!!」
飽くまで引く錆兎にぐいぐいと押してくるマリ。
そんな二人を見ていて、嫌だと思った。
錆兎に近づかれるのは嫌だ!!
そう思った瞬間、これまでの恐怖もなにもかも吹き飛んで、
「俺がいるからっ!!」
と、二人の間に義勇は割り込む。
それに錆兎とマリが違う意味で驚いて固まった。
そして先に我に返ったのはマリの方だ。
「え?あはは、バッカじゃないっ?!
あたしこじぎなんて相手にする気ないわよ?!
ちょっと遺産があることがわかったからって調子に乗っちゃったぁ?!」
と蔑むように笑いながら言うマリに、義勇は
「俺もマリなんかやだっ!
そうじゃないっ!
錆兎には俺がいるからっ!!」
と、こちらは笑みなどかけらもなく必死な形相で言う。
「え??」
と、さすがに想定外すぎて意味がわからなかったのだろう。
固まるマリに、錆兎は片手を額にあてて、
「言うと揉めるから黙って送り出した方が良かったと思うぞ?ここは…。
まあ言ってしまったならしかたないが…」
と、ため息交じりに言った。
その言葉でようやく意味がわかったらしい。
「うそっ!!こじぎ、鱗滝さんに何したのよっ!!
あんたなんか相手にされるわけないじゃないっ!!」
と義勇を怒鳴りつけた後、今度は錆兎に
「あたしなら女だし子どもだって産めますっ!
こじぎより絶対にあたしの方がいいと思いますっ!」
と必死の形相で詰め寄るも、
「子ども…産める以外で義勇より魅力的なところを見いだせないし、それがあっても子を産める角田さんより、俺は義勇の方が良いと思っています。
諦めてください」
と、その錆兎に冷静に返されて、
「信じられないっ!!全部こじぎのせいよっ!!
許さないからっ!!!」
と、大声で怒鳴り散らしたかと思うと、マリは荷物も放置で飛び出して行ってしまった。
残された3人と業者達はそれを呆然と見送る。
──なんだか…接近禁止や金の話の時より修羅場でしたね…
と、つぶやく弁護士。
──あ~…なんか隣に住み着いていた頃から色々言い寄られてて…
と、ため息交じりに頭をかく錆兎。
そんな二人に、そんな人間関係など全く関係のない業者達が
「結局…どちらに荷物を運べばいいんでしょう?」
と聞いてくるので、錆兎と弁護士は顔を見合わせて
「とりあえず…当初の予定通り祖父母宅の住所へ。
そこでは困るなら、自分で倉庫借りるなりなんなりするでしょう」
と、最終的に弁護士が言って業者が荷物を運び出してすべてが終わった。
そう…その日に関しては…。
錆兎も義勇も弁護士も、これで未来まで含めてすべてが終わったと思っていたのだが、実は全く終わっていなかったことを、一年ほどのちに思い知るのである。
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