幸せ行きの薬_32_当日の朝…

朝…
人間になってからの義勇の朝は子猫の頃よりもさらに早い。
子猫の頃は起こすだけだったのだが、今は錆兎と自分の朝食を作ってから錆兎を起こすからだ。

生活に余裕がなくて新聞配達のバイトをし続けていた頃の習慣で義勇は目覚ましもなしに早く目覚めて、自分を抱き枕のようにして眠る錆兎の腕の中から抜け出して身支度を整え、錆兎が黒地の自分のものと色違いのお揃いで買ってくれたブルーのエプロンを装着する。


カミングアウトしたその日、義勇は寝る時に子猫の姿で眠ろうとして、錆兎に、なぜ?と聞かれたので、そこは正直に
──錆兎のカッコいい顔がすごく近い位置で眠れるからっ!!
と、断言したら、錆兎にたいそう複雑な顔をされた。


それを不思議に思って

──…錆兎?
と顔を覗き込めば、片手で顔を覆った錆兎はそれを軽く制して
──いや…単に変な警戒をされていたのかと少し思い悩んだのが、考えすぎだったんだなと…

と言う。…意味がよくわからない。


──警戒?錆兎は人間だったからといきなり殴ってきたりするなんてことは絶対にないのはわかっているぞ?

と、それでもとりあえず警戒とかではないとその部分は否定しておくと、錆兎は、はあぁぁ~と大きく息を吐き出した。

そうしてそれならすぐそばで寝ればいいと提案されて、今のように錆兎の腕の中で抱え込まれるように眠るようになった。

少し上を向けば錆兎の寝顔を見られるだけでなく、錆兎にくるまれて寝られるので、最高のポジションである。

まあ、そういうことで、寝る体制も食事作りとか朝の諸々も良いとして、今日は本当に久々にマリに対峙する日である。

錆兎に出会っていなかったらいくら弁護士が一緒と言っても恐ろしくて胃に穴くらいあいていたかもしれないが、錆兎がついていてくれるなら何も怖くはない。

マリが納得しようとしなかろうと隣の部屋の名義は義勇なので、万が一マリが接近禁止などに納得しなかったとしてもエントランスのドアからこちら側には入れないし、弁護士にすべてを任せて売却してしまえばいいのだ。

結局ゴールデンウイークを挟んだのもあって半月くらい休むことになった大学にはもう復帰しているが、家から大学までは錆兎が車で送ってくれているのでそちらも安心である。

ということで今日は休日なのだがいつもの通り朝食を作っていつもの通り錆兎を起こした。


炊飯用の鍋で炊いたホカホカの白米にほうれん草の白和えに焼き魚に卵焼きとみそ汁。

硬派な見た目通り嗜好品としてはあまり甘い物は食べない錆兎だが、食事のおかずに関してはおひたしより胡麻和えや白和え、卵焼きは塩より砂糖と、甘めのおかずが好きなのを知っているのは、おそらく義勇とせいぜい真菰くらいだろう。

なまじ出会った時に子猫だったので、他人の目がないと思っていた錆兎の率直な好き嫌いを間近で見てきたため、一緒に暮らしている期間はまだ短くとも、付き合いの期間だけ長いそんじょそこいらの人間より自分の方が錆兎の好みを熟知していると、そのことだけは自己肯定感が地の底まで低くなってしまっている義勇でも自信があるところだ。

錆兎の好みに合致した美味しそうな食事をテーブルに並び終えて、それをいったん確認し、ムフフっと笑うと、義勇は錆兎を起こしに寝室へと戻る。

「さ~び~と、ご飯だよっ」
と、ぱふっとベッドに飛び乗って、眠っている錆兎の顔を覗き込んで言うと、
「…ああ、義勇、おはよう。毎日ありがとうな」
と、少し眠そうな顔で微笑んで、大きな温かい手で髪を梳くように頭をなでてくれるのが、義勇の朝の至福の時間だ。
表情は眠そうでも錆兎は寝起きは悪くはなくて、その後は即身を起こすと着替え始める。

それを確認すると義勇は
「じゃ、みそ汁温めてくるね」
と、くるりと反転。
台所に戻った。


いつもなら二人で朝食を摂ったあと、錆兎は腕立てや腹筋などトレーニングを始めて、その後に軽くシャワーで汗を流してそのついでに髭や髪を整えつつ服を着替えるなど身支度を整え、義勇は洗い物と簡単な掃除を済ませて同じく身支度を整えて、二人して会社と大学に出かけるのだが、今日は10時から隣の部屋で弁護士を伴ってマリと話をしたあと退去を手伝うことになっているので、二人して洗濯機に放り込んでおいた脱水まで終わっている洗濯物を並んでベランダに干す。

こうしているとまるで新婚夫婦みたいだな…と思った義勇の脳内の言葉を、錆兎が
「2か月前に見つけた子猫と2か月後にこんな新婚夫婦みたいなことをしているとは思ってもみなかったな」
と笑って口にするので、同じことを考えていたのかとびっくりしてしまった。

そういえば…義勇はすごく人見知りでパーソナルスペースが広い方なのだが、錆兎は生まれも育ちも性格も現状もなにもかも似たところなんてほぼないのに、考え方や心地よいと感じる方向性とか、一緒に生活するのに必要になるような方向性がすごく合致していて、そばに居てとても心が安らぐ。

そう口にすると、錆兎は、
「俺もだ。義勇とはつい数か月前からの付き合いなんて気がしない。
誰よりもそばでずっと一緒に生きてきたように感じている」
と笑顔で、これが運命というものなのかもしれないな…と、また義勇が思っていたのと同じことを口にした。


そんな風にまったりと朝を過ごして、約束の10時の30分前、先に弁護士がこちらの部屋を訪ねて来て合流。
いよいよ、従妹と久々の対面だ。



Before <<<    >>> Next  (7月27日0時更新予定)



0 件のコメント :

コメントを投稿