幸せ行きの薬_29_人間冨岡義勇の諸々

「すまんな、でかくて…」

悲報!借りた錆兎の服がぶかぶかだったっ!!

…いや、わかってた、前回も勝手に借りたからわかってたけど……
同じ男だというのに体格が全然違う。

身長からして義勇だって170cm近くあるのに185cmあるという錆兎と比べると小さく感じるが、それ以上に体の厚みが違った。

なにしろ伯父に生活費のほとんどをネコババされていたのもあって義勇はバイト先のまかない以外ロクな物を食べていなかったせいで細いのもあるが、錆兎の方がまた鍛えているらしく筋肉粒々で胸板などほれぼれするほど厚い。

本来なら男としてなんだかなさけないと思うところなのだろうが、あまりに辛い生活を送り続けてきたせいか元々の性格か、義勇はそれを
──頼りがいがありそうでいいよなぁ
と、ぽや~っと思っている。

そうしてそれでも服はあとで買うなり錆兎の会社の倉庫に保管されているものをとってくるなりすればいいしおいておいて、まずは珠世と3人で人間の義勇が今までどうしていたのかを誰にどう説明すべきかという検討に入った。

なにしろ拉致監禁、あるいは殺害疑惑まであって、伯父たちも大変なことになっているから…と切り出す義勇だが、それに関しては錆兎も珠世も”自業自得”の一言で流す。

「どちらにしても横領だけで有罪だしな。
そのうえで昔の虐待とかもあるから、情状酌量の余地もなし。
実刑確実だろうから、そちらは良いとして…」
と、全然問題なく良いことにされた。

「とりあえず資産を取り戻しましょう。
隣の部屋の鍵とかは鱗滝さんが預かっていらっしゃるの?」
「いえ。義勇が行方不明になったあと従妹が部屋を占拠していて、伯母夫婦の横領が明らかになって追い出されたあとは、義勇の父の遺産を管理している弁護士が保管しているはずです」
「その弁護士の連絡先はご存じ?」
「ええ、もちろん。
義勇の荷物をうちの社の倉庫で預かっている関係もあって、連絡先は交換しています」
「じゃあまずは弁護士に連絡してご相談ね」

などと義勇がぼ~っとしている間に珠世と錆兎の間で話がどんどん進んでいく。

珠世に言われて先日の弁護士に錆兎が連絡を入れて、この家に呼ぶところまで決まった。
弁護士到着までは口裏合わせ。

義勇は伯父の強引な申し出を断り切れず、しかし押し切られて資産をすべて奪われる前にと、幼い頃にひそかに世話になった珠世のもとでかくまわれていたということにすることになった。


連絡を受けた弁護士はたいそう喜んで、急な連絡だというのに30分後には来てくれた。

「鱗滝さん、よく見つけて下さいましたっ!
これ…猫ちゃんにお土産です…あれ?今日はいないんですか?」
と、今日は猫用クッキーを持ってきてくれたらしいが、当のぎゆうは今人間なのでどうするんだろうと思っていると、錆兎は
「ああ、実は元はこちらの珠世さんが託された子猫だったらしいんですね。
それで今日は色々バタバタしそうで疲れさせそうなので、彼女の家で預かってもらってます」
とすまして言う。

それに弁護士は疑うこともなく、
「ああ、そうなんですね。
ではこれはこちらの方に?」
と聞くが、
「ああ、でも諸々が終わればこちらに戻ってくるので俺が…」
まあ…もともと猫を飼っているわけでもない珠世がもらっても困るだろうし、なんなら真菰の所の猫にでも…と内心思いつつ、錆兎はそれを受け取った。


「ではとりあえず先に資産の確認と管理の移行から始めましょう」
と、リビングのテーブルに書類を広げる弁護士。

それを見て義勇は驚いてしまった。
養育費としてかなりの金額が動かされて伯父一家に消費されてしまっていたが、それでも今現在通っている大学の4年分の入学金と学費500万弱の他に2000万ほど残っているので、マンションの管理費を支払っても普通に大学を卒業して就職するまで生活をしていける。

「動産は…現在残っている分とは別に、このマンションで暮らし始めた高校生以降は、義勇君の口座には預けた40万のうち10万円しか振り込まれていないことがはっきり証明できるから、最低でも生活費の分は1080万、大学の学費として振り込んだ200万も同じく。
計1280万円は角田氏に返還請求をしていこうと思っている。
これは確実に返還が認められる分。
その前の時期についても使い込みはされているのは明らかなんだけど、横領に関しては直系親族間と同居の親族若しくはこれらの者の配偶者との間では刑を免除されることになっていて、当時君は伯母夫婦と同居していたからね。
こちらの立証は難しい。
でも家を出てからの分はきっちり追い詰めていくからねっ!
まあ…彼も前科がついて会社も解雇されたから収入がないし、貯蓄もないみたいだから自宅を売却して返還という形になるかな」

などと前のめりに説明をしていく弁護士に、義勇は少し困ってしまう。
彼からすると友人の遺児をひどい目に合わせた親族を容赦なく叩き潰したいというところなのだろうが、義勇からすると過ぎたことはもういいから、関わりたくない。それだけだ。

すると子猫の頃だけじゃなく人間になってもやはり義勇の気持ちを完璧に察してくれる錆兎は、
「とりあえず学生の間は普通に生きていける分は確保されているようだし、過去のものに関しては取り戻すよりは交渉材料に使った方が良いと思いますよ」
と、間にはいってくれた。

「交渉材料?」
「ええ。不当利得返還請求権は通常の債権と同様に10年間の時効がありますし、義勇のケースは発生日が高校入学で一人暮らしを始めた3年前だからあと7年。
それだけ経てば本人も大人になって対処する力も付くでしょうし、今後、伯父一家の3人…まあ主に刑期に服する伯父夫妻より、その一人娘にですか…
先日義勇に対する接近禁止令を公正証書にはしましたが、罰則を設けていなかったのでおそらく守られないと思いますし、改めて罰則を設けた公正証書を作ったらどうでしょう?
接近禁止でそれを破らない限りは返還請求はしない、その代わり破ったら返還させるという形にすれば、義勇が本当の意味で平和に快適に暮らせるんじゃないでしょうか。
義勇が帰ってきたと知れば、従妹はあわよくば彼の資産で生活をと迫ってきかねませんが、親を頼れず親の資産の残額もかなり少なくなった彼女にとって1280万は大金です。
それを失うリスクを冒してまで弁護士もついてガードされている義勇から取れないかもしれない金を引き出そうとしにはこなくなると思います。
逆にすべてを奪って追い詰めすぎると、失くすものがなくなった彼女が全力で来る可能性も高くなりますし」

うわ~~!!さすが、錆兎!!顔だけじゃなく頭もいい!!
と、義勇は尊敬のまなざしを彼に向ける。

「もちろん義勇の資産だから義勇がしたいようにすればいいし、どうしたいにせよ、俺も俺にできることなら全面的に協力するが?」
と、こんなに義勇の気持ちにぴったりと寄り添った案を出してくれていても、義勇の意思をきちんと確認してくれる錆兎に異議などあろうはずがない。

「お、俺もそれがいい!!
今残っているもので十分だし、それよりマリが来ないでくれた方がいい!!」
と、義勇にしては珍しく声高に言った。

ああ、本当に…彼女には幼い頃からいじめられ続けていたので、立場的に自分の方が強者になったからといって、強く出られるかと言うとそうではない。
彼女に怒鳴られるといまだに身がすくんでしまうと思う。

「大丈夫。義勇のことは俺が責任をもって面倒をみるし、万が一生活に困るようなことになればうちの会社に来ればいい」

マリの恐ろしさを思い出して青ざめる義勇を守るようにその肩に手をまわして錆兎がそう請け負えば、それなりの企業の社長の言うことでもあるので、友人の遺児を守ろうという使命感に燃える弁護士も納得してくれた。

ということで、マンションと実家、二つの不動産の権利書と現金の入った通帳、そしてそれを保管する貸金庫のカードと鍵を弁護士から引き継いで、とりあえず弁護士との話し合いは無事終了した。



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