「鱗滝さん、お話があります。そこに座って下さいな」
もう来てくださって結構ですと呼ばれて居間に戻るといきなり笑顔でそう言われて、正直錆兎は少しビビった。
綺麗な人だけに笑顔も美しいが、なんだかそのフレーズは叱られる時のそれのようで、緊張をする。
「…は、はい…」
とややガクブルしながら座る錆兎に、
「ああ、別にそんなに固くならないでくださいな。
苦情とかではないので」
と、珠世は朗らかに笑った。
そんな二人の様子を見ていて、錆兎みたいにすごい男でも緊張することはあるんだな、と、ぎゆうは思う。
一方で珠世の方はこちらの方が本来は緊張するであろうに、あくまで笑顔だ。
笑顔のまま、
「鱗滝さんがこの子猫をとても大切にお世話して下さっているのを感じられるので、少し質問をさせていただいた後、本当のことを打ち明けようと思います」
と、始める。
それに錆兎は少し緊張を解いて、ぎゆうと珠世を交互に見つつ耳を傾けた。
「鱗滝さんが経験されたこと…本当のことだったらどう思われます?」
「はあ…まあ、楽しい経験ではあったんですが、惜しいことをしたなと思います」
「惜しい?」
「ええ、もう少しぎゆうと話をしてみたかったので…」
と、完全にリラックスした様子で答える錆兎に、珠世は
「そうですか」
と、こちらもまた笑顔で頷いた。
そして次に
「気味悪かったり怖かったりはしませんか?」
とさらに問う。
それに錆兎は少し心外と言った感じに
「ありえないでしょう?
どういうことであれ、俺がぎゆうを気味悪がったり怖がったりすることはありません」
と言った。
ああ、それが本当だったら…とぎゆうが祈るような気持ちで聞いている前で珠世が、実は…と話し始める。
それは義勇に話したのと同じ、薬とその効力、そして13年前の話だ。
珠世がすべて話し終わった時、錆兎はとても難しい顔をしていて、ぎゆうは早くも珠世にすべてを説明してくれるように頼んだことを後悔する。
そうして次に錆兎が助けてくれてからついさっきまで、ずっと慈しんでくれた日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
ああ…自分は錆兎に疎まれたショックで死ぬのかもしれない…
ぎゆうがそう思った直後、錆兎は、う~んと唸りながら
「それは…もしかして、あの時義勇がすぐ子猫に戻ったのは、俺がぎゆうがまた人間の姿を捨てて猫に戻りたくなるようなことをしてしまったから…ということですか?
未熟っ!!」
と、パン!と自分の額を叩く。
え?…難しい顔をしていたのはそっち?!
と、ぎゆうは青い大きな目をまんまるく見開いた。
珠世も彼女にしては心底驚いたようにぽか~んと呆けている。
しかし義勇よりは人生経験豊富な彼女はすぐ我に返って、
「それは…子猫としてはもちろん、人間でも彼を受け入れてもらえる…と思ってもいいのかしら?」
と、確認をとると、錆兎は
「なぜ人だとダメなんです?
確かに子猫はふわふわと柔らかくて可愛らしいですけど、人なら話をしたりあちこち出かけたりできるじゃないですか。
今までは俺の言葉を一方的に伝えるだけでしたけど、ぎゆうの方の言葉を聞けるのは嬉しいじゃないですか」
と、なぜそんな当たり前のことを聞く?と言わんばかりに頷いた。
「子猫のぎゆうもすごく好きでしたけど、人間になったらしてやりたいこと、してやれることがたくさんあるんです。
あとは…寿命の問題もありますしね。
猫なら十数年しか一緒に居られないが、人間ならかなり長い時を一緒に居られるし…」
と楽しそうに言う錆兎の言葉は嘘のようには思えない。
本当にそう思ってくれているんだろうか…。
「そうか~。
お前はなりたいと思えば人になれるんだな。
なら、俺はお前が安心して人になれるよう、もっともっとお前のことを大切にして幸せだと思えるよう頑張らねばな」
錆兎がそう言って大きな両手でぎゆうを抱き上げ、ちゅっと鼻先に口づけた瞬間…ぽわん!!と間の抜けた音と共に、黒い毛玉が消えて素っ裸の綺麗な青年が鱗滝家のリビングのソファの前に現れた。
「あらあら、まあまあ」
と笑う珠世。
「おお~、この前ぶりだな、ぎゆう」
と、子猫の時とは大きさも年齢も違うというのに、子猫の姿の時と同じように頭を撫でまわす錆兎。
薬を作った珠世はとにかくとして、錆兎は動じなさすぎだろうと思いつつ、ぎゆうはとりあえずそれを指摘するより先に
──すまないが…服を貸してもらえないか?
と、羞恥に真っ赤になりながら言った。
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