幸せ行きの薬_24_ぎゆうと義勇

「ぎゆう、寝てて食事遅れてごめんな」

錆兎が猫缶をもって寝室に戻ると、ぎゆうが眠たげに目を開けて、クアァァとあくびをしたあと、ゆっくりとした足取りで寄ってきた。

ふみぃ…と、少し気づかわし気に大きな丸い目で錆兎をみあげる様子は、まるで大丈夫?と錆兎の体調を気遣ってでもいるように見えるし、実際そうなのだと思う。

ぎゆうはとても賢い子猫なのだ。

だから、
「ああ、一日寝たら治ったようだ。
熱も平熱に下がっていたし、念のためあと1度だけ風邪薬は飲んでおくが、それで完治だと思うぞ」
と、普通なら伝わらないそんな言葉を並べても、ちゃんと伝わるらしくて、にゃあ…と、良かったとでも言うように錆兎に頭をすりつけてくるのである。


幸いにして今日は金曜日で明日は休日だ。
家でゆっくりしていれば完全に元通りだろう…と、錆兎はぎゆうをだきあげて猫缶をスプーンで口に運んでやっていた。

ぎゆうは相変わらずゆっくりゆっくりそれを食べながら、時折物問いたげにまんまるの青い目をちらりちらりと錆兎に向けてくるので、
「ああ、大丈夫。
お前の食事を終えたら俺もちゃんと食うから」
と、錆兎が言うと、にゃあ…と分かったとでも言うように一声鳴くと、食事に集中をし始める。

はっくんはっくんとエサを食べつつ、時々、にゃっと鳴いて小首をかしげながら錆兎を見上げて、そしてすりりっと錆兎の手に頭を摺り寄せる様子は、まるで、

『体調が悪いのにエサを用意してくれてありがとう。
でも早く元気になっていつもの餌を作ってね』
と言っているように見えた。

そんなぎゆうの言葉ではない意思表示のようなものに、錆兎は本当にメロメロになってしまう。

そして、んんっと呻いて片手で顔を覆うと、
──ああ、もうお前はなんだか甘え上手だし可愛すぎだろう
と、誰にともなく…ではなく、本来言葉が通じないであろう子猫に思わずそう語りかけた。

そうしてぎゆうの食事を終え、さあ、自分の食事を…と思って迷う。
そう…冷凍庫に入っているものを食うかどうかだ。

いやいや、本当は何故そこにあるのかわからないようなものを口にするなど狂気の沙汰だろう…と、思うのが普通である。

だが錆兎の認識としては、それはぎゆうが錆兎のために作ってくれたものなのだ。
食わずに捨ててしまえばぎゆうを傷つけるだろう。

「…とりあえず俺が一人で住んでいる家の冷凍庫に入っているということは、俺のものということで間違いはないよな」
と、そこだけは少し考えて、それから錆兎は冷凍庫にあったジップロックをぎゆうの鼻先にかざして、

「俺はこれはお前が俺のために用意してくれたものと認識しているのだが、相違ないか?
食っても大丈夫か?」
と、はたからみれば動物にそれ聞く?と正気ではないと思われるような行動に出てみるが、そう言われた子猫の方は、青い目をキラキラさせて、しっぽをぴ~ん!と立てて、なんだか嬉しそうに、にゃっ!と鳴くので、錆兎はそれを食べる決意をした。

中に入っているおじやを耐熱皿に移してレンジで温め、朝がおかゆで昼は寝ていて空腹だったのもあって、冷蔵庫に入っていた肉じゃがもレンチン。

そうしていつもの通り身に着けたエプロンのポケットにぎゆうを入れたまま、実食。
とてもいい匂いが漂ってくるのでまずくはないだろうと思って、箸を伸ばして、出汁がしみて茶色くなっているジャガイモをぱくり。

「…っ!…うっま……」
空腹なのもあるが、かなり美味い。
五臓六腑に染み渡るような味である。

口に入れた瞬間、思わずそう言って少し固まった後は、もうがつがつと一気に胃に収めて、あっという間に空になった皿を前に、ふ~っと一息ついた。

それを見て、少し得意げににゃぁ~と鳴きながら、ふんすふんすと錆兎を見上げる子猫に、もう色々と些末なことにこだわりをもたない、ある意味脳筋な男は
「すごく美味かった。ありがとな。ご馳走様」
と、それが完全に自分の子猫が作ったものだという前提で、そう礼を言うと、食器を片付ける。

ここに真菰あたりがいれば、子猫が人間になって恩返しに食事を作るなんてことは絶対にありえないし、誰が作ったかわからないものなんだから危ないし口に入れるな!と怒られそうだが、錆兎の脳内ではそれはまぎれもない事実なのだ。

事実である以上、たとえそれがどういう味であれ、多少アレなものであれ、可愛いぎゆうが作ってくれたものを口もつけずに処分するなどありえない。

しかも実際美味かったし問題はない!
子猫の恩返し、おおいに結構じゃないかっ!
今日は病み上がりなので雑炊とおかず一品でおさめておいたが、明日はちゃんと全部食う!と、決意している。

ある意味…ぎゆうの自己肯定感的に、ここで何も考えず迷わず、ありえないことだからと切り捨てもせずに、好意を受け取ってくれる錆兎がぎゆうを拾ってくれた相手だったのは幸いだった。

何もできない子猫の状態でも惜しみのない愛情を注いでくれて、好意や善意は細かいことを気にせず余すことなく受け取ってくれる。

そんな相手といることで、いったんは粉々に砕けたぎゆうの心は少しずつ回復していったのである。

そうして一人と一匹がお腹も心も満足した週末の夜、錆兎に知らない女性から一本の電話がかかってきた。

彼女の名前は坂本珠代。
元隣人である冨岡義勇の実家の隣に住んでいたという彼女に2,3質問をされたあと、大事な話があると言われ、錆兎は翌日彼女と会うことにした。



Before <<<    >>> Next  (7月19日0時更新予定)




0 件のコメント :

コメントを投稿