幸せ行きの薬_22_夢

数年ぶりに風邪をひいて寝込んだその日、幸せな夢を見た。
飼い猫のぎゆうが人間になって恩返しをする夢だ。


朝…いつも通りぎゆうがぱふぱふと前足で頬を突いて起こしてくれたのだが、なんだか喉と関節の節々が痛かった。
あ~、これは風邪をひいたか…と、即熱をはかったら38度。

病院に行くか一瞬迷ったが、だるさに負けて、薬を飲んで一日寝ていれば治るだろうと会社を休むことだけ電話で真菰に伝える。

そうして仕事関係は問題がなくなったあとは、まずはこれは自分の体調など関係ない。
ぎゆうの食事だ。

ただ、さすがに手作りをする元気はなくて、時間がない時用に買っておいた子猫用の猫缶。
パカンとそれを開けて、真菰には人間の風邪が猫にうつることはないと言われたのだが、万が一があったら自分が死ぬほど後悔をするのは目に見えているので、今日は指ではなくスプーンで食べさせる。

ぎゆうはとても賢い子猫なので、錆兎が体調を崩しているのがわかっているようだ。
ぺろり、ぺろりとエサを舐めとりながらも、時折心配そうに錆兎を見上げてくる。

ああ、優しくて可愛くて愛おしい。
一人でいるよりは手間暇がかかるわけだし、何か物理的にしてもらえるわけでもないのだが、それでも体調の悪い時に自分ひとりではないということが、こんなに嬉しいことだとは、思ってもみなかった。

「大丈夫。飯食って薬飲んで寝ておけば明日には元気になるから」
と、頭をなでてやると、にゃあおと可愛らしい声で鳴く。

その声に少し元気づけられて、錆兎はこれも非常時用に買ってあったレトルトの白粥をレンジで温め、もう器に移したり使った器を洗うのも面倒なので、封を切ってそこにそのままスプーンを突っ込んで食べた。

本当は白粥だけでなく何か栄養を摂った方がいいのかもしれないし、一応最低限の野菜や肉は真菰が冷凍しておいてくれているのだが、それらはだいたい真菰が作りに来てくれた時用で、自分一人の時に使うことはない。
ましてや体調の悪い時にレンチン以上のことをしたくはなかった。

なので白粥だけを流し込むように胃に入れたあとは、薬を飲んでぎゆうを連れてベッドへともぐりこんだ。


そうしてどのくらい眠っていたのだろう。
いや、正確にはその時もまだ眠っていたのだろうが…。

錆兎が目を開けるといつも錆兎の顔の横で聞こえるぴすぴすという寝息がしない。
起きているのか?と思って重い瞼をあけるが、視線の先にいつも見える小さな黒い塊が見えない。

潰してしまったかっ?!と、半身起こして自分の周りを見たがいない。
ではベッドから転がり落ちたかっ?!
と床を見てもいない。

「ぎゆうっ?!ぎゆうっ!!!!」
一体どこに行ってしまったんだ、と、錆兎は顔面蒼白であたりを見回して叫んだが、いつもなら名を呼べば聞こえる鳴き声が聞こえない。

ショックで心臓が止まりそうな気分で、とりあえず探すためにベッドから出ようとした瞬間、──にゃあ…と、どう聞いても子猫のそれではない声がドアの方からして、錆兎は驚いて振り向いた。

するとそこにはぎゆうのように真っ黒な髪に青い目…そして黒いシャツだけをまとったどこか愛らしい青年が洗面器を手に困ったように立っている。

綺麗な形の黒い眉を八の字にして、なんだか不安げな泣きそうな顔をしているのが、どこか錆兎の臆病だが可愛い子猫を思わせてしまって凝視していると、彼はやっぱりおそるおそる…といった風に
──え~っと…俺はぎゆうで……猫の恩返しだと思ってもらえると……
などと言うではないか。

それに思わず噴出した。
全くどうかしているとは思うのだが、錆兎はその言葉が嘘だとは全く思わなかったのだ。
ぎゆうが人間の姿になればきっとこんな感じなのだろうと思う。

いきなり家に居るのに不審者だとか思えずに、なぜぎゆうが人間の姿に?とそんな非現実的なことを考えて、ああ、そうか、これは夢か、久々に熱を出したせいで見ている夢なんだな、と思った。

おいで?と呼ぶといつものようにテチテチと寄ってきて、今日は少しだけ体が大きいのでベッドの横に膝立ちになる。

ああ、そうだ。
やっぱりぎゆうなんじゃないか。
と、錆兎は笑って頭を撫でてやる。


そうしていると、ぎゆうはいつものように気持ちよさそうに目を細め、そして、錆兎が日差しが眩しそうだったから、カーテンを閉めたいと思ったら人間になっていたのだなどと言う。

その理屈からして現実味がない。
やはりこれは錆兎が見ている夢なのだろう。

そのほかにもぎゆうは冷たいタオルを用意したり食事を作って冷凍しておいたりしたのだと、褒めて褒めてとそれは子猫の時と変わらない大きな青い目で訴えてくるので、思わずまたわしゃわしゃと頭を撫でまわしてやった。

しかし、夢でもいいからせっかくだしぎゆうとおしゃべりでもしようかと思っていると、いきなりぱふん!とぎゆうが子猫に戻ってしまう。

ああ…もう少し人間のぎゆうを堪能したかったのに…と、錆兎は残念に思ったが、手の中でにゃあ、と鳴くぎゆうも可愛いのでまあいいかと思った。

そうして夢の中なのにおかしいなと思いながらも、錆兎はふわふわと温かい子猫のぎゆうを枕元に置いて、それに寄り添うように再度眠りに落ちていった。


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