幸せ行きの薬_20_胡蝶しのぶの立証

当事者である義勇でも改めて聞くとまるでドラマのようだなと思う諸々。
つつましい生活を続けてきた貧乏学生には現実感のない大金の話。

なのに淡々と何の思い入れもなさげに話を進める弁護士達。
それと対照的にヒステリックに泣きわめくマリ。

「嘘よっ!!全部嘘っ!!!
パパはお金持ちだもん!!
乞食の義勇のお金なんてとるわけないっ!!
乞食の義勇の親の知り合いの弁護士の言うことなんてでたらめに決まってるっ!!」

そういうマリに、
「それでは完全に第三者の私が分析させていただきますね」
と、そこで自分が呼ばれた理由をよく理解しているしのぶが、代理人の弁護士から説明役を引き継いだ。

「角田マリさんのお父様、A社勤務で、冨岡義勇氏を引き取った年、40歳で課長ということで、推定年収1000万です。
まあ高い方ですよね。
しかし同年、ご自宅推定価格1億を購入。
こちらは1000万ほど頭金を入れた前提で、ローンや保有税などを加味すると、返済額がおおよそ年442万円。
残り558万で生活をするという形になります。
マリさんの私立の小学校の学費が年間110万なので、こちらを差し引いて448万。
毎年行ってらした長期の海外旅行。
これが安く見積もって3人で100万。
ということで、348万。
3年に1度ほどの頻度で車も買い替えていらっしゃいますよね。
1000万クラスの車で、新車買い替えの時にだいたい元の車を4割ほどで売って、購入代金が実質600万。
自動車税で約11万
年間換算すると自動車関係で年211万。
年収の残りからこれを差し引くと、年間137万、月の生活費が11万4千円なんですが…
これは冨岡さんを引き取ったことによる養育費40万がなければ、家族3人の生活は成り立ちませんよね?
感謝はしても見下す要因はどこにもありませんよ?」
と、電卓を叩いて時折見せながら話すしのぶに、わなわなと唇をかみしめるマリ。

そんな彼女を全く気にもかける様子もなく、しのぶは淡々と続けていった。

「これはマリさんが中等部までの話で、高等部はさらに学費が20万ほどあがるので、生活費に避けるお金は年間117万。
だいたい低所得者と言われる年収が夫婦子持ちだと255万円以下ですので、持ち家ということでその半額としても、十分低所得者家庭になります。
ああ、でもこれにマリさんの学校までの交通費もかかるので、実際は月9万円くらいですね。
でも普通にブランドの服を買ったり化粧品を買ったりなさっていたようですから、そのあたりは…というか、マリさんの家庭の生活費は冨岡さんの養育費でほぼ賄われていたと思われます。
そうなると育ててもらっていたのは冨岡さんではなく、マリさんのご家族の方が冨岡さんに養って頂いていたというのが正しいですね。
と、ここまでが冨岡さんが未成年のうちの話で……」

…なんかしのぶ、すごく容赦ないな…
…う~ん…マリさんみたいなタイプ、しのぶちゃん嫌いだからじゃない?

生き生きとにこやかに追い詰めていくしのぶの様子に、こそこそッとつぶやき合う従姉弟二人。

「結論として、マリさんのお父様は高収入であるということは事実です。
それでもご家庭全般で浪費が多いので、賄いきれなかったというのが正しいですね。

家計としていくつか削れるものはあって、現在3年で600万ほど費やしている車の購入費を300万ほどの車を5年乗るという形にすれば、年間の車の費用が年間4,50万くらいに抑えられて、今よりも年間にして150万~160万くらい浮きますし、海外旅行をやめればさらに100万。
計250~260万くらい増えて、これに117万を足せば年間380万前後、月に32万弱を生活費として使えるので、マリさんがご自宅から大学に通うことにして贅沢を控えれば、冨岡さんの資産がなくても十分暮らしていけたはずなんですけど絶対に生活レベルを落としたくなかったんでしょうね。

だから冨岡さんに代理人の方から資産の説明がなされれば、もう今まで自由に使っていた冨岡さんの養育費40のうちの30万や、進学の際に振り込まれた数十万から数百万を使えなくなるので、その前に資産価値の大きな不動産を詐取しようとしたんでしょうけど…」



「…私は…どうなるの?」

しのぶに電卓片手に畳みかけられてようやく理解できたらしい。
マリがおそるおそる尋ねる。

「マリさんは横領についてはご存じなかったようなので、罪には問われないと思いますよ?
ただ、法的に冨岡さんの資産となっているものに関しては権利はないので、冨岡さんのマンションからは退去しなければいけませんね。
お父様が横領で起訴されて会社を懲戒解雇になってしまわれたので、ご自身でご自身の生活の糧を得なければいけなくなりますし。
失礼ですがご自宅のローンもお父様の収入がなくなったことを考えると支払いができなくなると思いますし、残積がおそらく半分ほど残っていると思いますので売るしかないと思うんですが、私は専門ではないのではっきりしたことは言えませんが、特別に人気のエリアというわけでもないので、売れて購入額の7割くらいかなと。
税金や諸々を考えると額がはっきりしている高校時代から現在までの横領金1200万を冨岡さんに返却したらおそらくほとんど手元にお金は残りませんね。
もちろん小学校から中学までの分の返済を求められればさらに金額は大きくなって、手元に残るどころかマイナスです。
でも保証人になっているわけではないので、親の資産がどうであれ、マリさんは返済義務があるわけではないのでマイナスではなく、0の状態ですね。
だから大学はそれこそ奨学金を借りればいいことですし、続けることは可能だと思いますよ。
選ばなければ仕事はありますし、大学の時間以外死ぬ気で働けばなんとかなりますっ!」

「私…働いたことなんてないし…」
「良かったですね、新しい人生のスタートです」

「無理…絶対に無理」
「無理でもやるしかないですよ」

「あ、でもパパが犯罪を犯してても私は関係ないのよね?」
「ええ、まあそうですが…」

「そうしたらね、もし義勇が殺されてたりしたら、他に身内はいないし義勇のお金って全部私のものってこと?」

うあああ~~~!!!
と、思い切りドン引きする錆兎と真菰。

それまですべてに無関心だった義勇も、さすがにその発言は恐ろしくてぴるぴると震えながら錆兎の手に飛び込んだ。


しかししのぶはさすがだ。
顔色一つ変えずに笑顔で答える。

──従姉妹には相続権がありませんからマリさんの手には1円たりとも渡りません。


「え?うそっ!!だって他にもらう人いないのよっ?!
血縁は私だけなのにっ?!」

「遺言状が遺されていない場合、遺産を相続できるのはまずは配偶者と子ども。子どもが死亡している場合は代襲相続で孫。
これが第一順位です。
そのいずれもいない場合は両親。もし両親が死亡していて祖父母が存命の場合は祖父母。
これが第二順位です。
第一第二順位のいずれもいない場合は、兄弟姉妹。
兄弟姉妹が死亡している場合は甥姪。
これが第三順位で、遺言書なしに自動的に相続できる法定相続人はここまでです。
この範囲の親族がいない場合は、最終的に国庫に帰属することとなります」

「あ、あの、じゃあ、うちのママは?!
法定相続人だったりする?!」
「いえ、伯父伯母は法定相続人ではありませんね」
「甥姪は相続人だって言ったじゃないっ!」
「ええ、でも伯父伯母は違います」
「えっ、じゃあ、パパと私がいなかったら義勇はママの遺産を受け取れるけど、ママは義勇の遺産を受け取れないってことっ?!
そんなのずるくないっ?!」
「…ずるいと言われても、法律上そうなっていますから」
「ずるいっ!絶対にずるいっ!!」
「……どうしても許せないとおっしゃるなら、政治家にでもなって問題提起されてはいかがでしょう?」

さすがのしのぶも面倒になったのか、投げやりにそう言って再度箸をとって食事を再開した。

マリはしばらくずるいずるい騒いでいたが、相手にされないのでさすがに諦めて、
「で…私は今日からどうすればいいの?
マンションも出ていけって言われてるんだけど…」
と、ふてくされたように言って代理人弁護士をにらみつける。

「う~ん…マリさん、母方の親族は冨岡義勇さんだけってことだけど、父方はいないの?」
と、もう誰も反応をしないので、仕方なしに真菰がきくと、

「ジジババがいるけど、この時間じゃバスが終わってる片田舎だから行くの無理だし」
と、口をとがらせる。


ああ、それでも他に身内がいたのか、と、ホッとする錆兎。
それなら最終的に引き渡すなりなんなりすればいいと、マリに電話をさせて明日とりあえず東京に来てもらうようにして、今日はホテルに泊まらせることにする。

某高級ホテルのスイートルームにこちらが費用をもって泊まらせてやる代わりに、今後一切錆兎とその周りに接触を持たない接近禁止という約束で、ちょうど弁護士がいるということで誓約書を書かせて公正証書としてサインさせた。

引き渡すまでの手配も費用は錆兎持ちでしのぶに頼む。

こうしてようやく片がつき、桑島老には突然呼び出して巻き込んだ詫びをして、お車代ももちろん支払って、甘え上手でお気に入りの真菰に自宅まで送っていかせ、代理人弁護士には逆に丁重に礼を言われて家まで送ってもらった。

全てが終わって自宅に着いた時にはもう0時前。

「あ~、疲れた。明日が休みで良かったな…」
と、背広のポケットからぎゆうを出して、ぎゆうの浴槽代わりの風呂桶に入れると一緒に風呂に入って温まる。

まず風呂桶にお湯を入れてそこでぎゆうを洗ってやった後、あたらしく温めのお湯を入れてそこにぎゆうを入れ、それをシャワーの湯がかからないように蓋をした浴槽の上に置き、自分の体と髪を洗い、その後、半分だけ浴槽の蓋を開けて蓋の上においた湯船のぎゆうと差し向かいで自分も湯につかるのが、最近の錆兎の入浴スタイルだ。

そうしてその日の出来事やなんやをぎゆうに語る。
不思議なことにぎゆうはまるで合いの手を入れるように、錆兎の会話の合間に、にゃあ、みぃ、など鳴いて見せるので、本当に家族や親しい友人とおしゃべりを楽しんでいるような気分で、日々楽しい。

ぎゆうも錆兎の感情を感じるのか、錆兎がすごく興が乗ってくると、なぜか楽しそうに小さな前足でぱしゃぱしゃと湯を叩いてみたりするし、これまでの一人暮らしの生活が嘘のようだ。

「俺も一人が長かったから、お前が一緒に住むようになって本当に日々楽しくなった。
でも…お前が言葉が話せたらもっと楽しかったかもな。
お前は俺の話にこたえてはくれるが、お前の話も聞きたいし…
まあ、それでもお前がきてくれてから、日々幸せだ」

ぽろりとそんな言葉が零れ落ちるくらいには、錆兎にとって子猫のぎゆうは特別な存在だ。
ぎゆうにとってもそうだと思いたいし、本当に錆兎の言葉がわかって楽しんでくれているのだと思う。

今日の猫ケーキの話なんてもう興奮のあまり身を乗り出してきて、風呂桶がひっくり返りそうになって慌てて支えたなんて一幕も…。

今回は本当に飛んでもない巻き込まれだったが、思いがけず美味しい猫用ケーキでパンパンになったお腹を見せて風呂桶でリラックスするぎゆうに、あのケーキの店を知ることができたことだけは収穫だったな、と、ひそかに代理人弁護士に感謝した。


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