「鱗滝さん、この度はご迷惑をおかけしております。
こちら、つまらないものですが、猫好きさん達の間で有名なお店の猫ちゃんが喜んで食べると評判の猫ちゃん用ケーキです。
成分表ももちろん明記してありますし、よろしければ猫ちゃんにと思って持参してきました」
と、最初に到着した代理人弁護士から差し出される可愛らしいパッケージ。
「賄賂を贈るなんて卑怯よっ！！」
と、怒鳴りつけるが、彼は
「賄賂なんてとんでもない。
うちは妻も私も愛猫家で、鱗滝さんからご連絡をいただいた時に妻がもし猫ちゃんもいるならぜひ持って行ってあげてと、わざわざ買いに行ったんです。
賄賂のつもりなら鱗滝さん本人に良い酒でも持参しますよ」
と、ニコニコと受け流す。
真菰はそのやりとりにチラリと錆兎に視線を向け指示を待ち、錆兎が苦笑しつつ
「まあ今回俺たちは場所を用意して人を集めるだけで口を出すわけではないし、万が一賄賂だったとしてもなんの意味もないから。
せっかくだから頂いて、念のため成分確認後、ぎゆうに食わせてやってくれ」
と言うと、
「ありがとうございます。いただきます」
と、この人上手いなぁと思いつつも礼を言って箱を受け取った。
可愛らしいパッケージを開けると、中にはささ身のゼリーケーキ。
人参などを使ってかわいらしくデコレーションされている。
そしてそれを目の前にしたぎゆうは、大きな青い目をまんまるくして、ふんふんと匂いを嗅ぐと、期待に満ちた目で真菰を見上げた。
その可愛らしい様子に錆兎はメロメロだ。
「あ～…俺がやりたい。
真菰、今だけ代わってくれ。
桑島先生がいらっしゃる前に、資料の確認とかよろしくな」
と、真菰とチェンジしてぎゆうの前の席に来ると、スプーンでケーキをすくってぎゆうに食わせてやる。
ぎゆうは差し出されるスプーンの上のゼリーケーキをハムっと口にすると、もっきゅもっきゅと味わうように食べて、飲み込み終わると、美味しい！と言うように目を輝かせながら、にゃあっと鳴く。
「そうか、美味いか、良かったな」
と、目を細める錆兎。
そんな一人と一匹のおやつ風景を目の端に移しながら、真菰はまず猫ケーキの店の場所を聞いたあと、本題に入る。
「今回全員で6名ということでしたので、一通りの資料は同席される方々にお渡しできるよう、5部ずつコピーして参りました。
ですが一部依頼人の個人情報にあたるものもありますので、同席される二人の弁護士の先生にお渡しする分以外は、話し合いが終わりましたら回収という形をとらせて頂きますことをご了承ください」
と言う代理人弁護士。
彼とその資料の大方の確認などの話をしているうちに一人目の弁護士、胡蝶しのぶが到着した。
「あ～、しのぶ、こんなに遅い時間に急に呼び出して本当に悪かったな。
今度何かで埋め合わせするから」
と、こちらには気軽な様子で声をかける錆兎。
それに
「まあ…錆兎さんには学生時代から随分とお世話になっているので仕方ないですね。
でも私夕食まだなんですよ。
注文してしまって構いません？」
と、にこやかに応じて、見知らぬ二人、代理人弁護士とマリに笑顔で会釈をすると、真菰が促す席に着くしのぶ。
「ああ、今日は全部俺持ちだから何でも好きなものを頼んでくれ。
角田さんも良ければどうぞ。
桑島先生が到着したら、即本題だから」
と、錆兎はしのぶの言葉に了承をして、マリにも声をかけた。
そうしてしのぶが手際よくアレルギーや好き嫌いの有無を確認後、全員分の懐石のコースを注文。
女性陣は来て早々に食べ始め、錆兎は資料に目を通しつつ、代理人弁護士に質問をしていく。
そうして30分ほどが経過。
「慈悟郎先生が着いたっ！
お出迎えしてくるからっ！！」
と、振動するスマホを確認した錆兎が、バッ！と立ち上がって足早に部屋を出ていく。
それにそれまで楽し気に箸を口に運んでいたしのぶの手がピタッと止まった。
そして硬直。
「…え……あの、もう一人来る桑島弁護士って…若手の桑島ちゃんじゃなくて、慈悟郎先生の方なのっ？！
早く言ってくださいよっ！！先に箸付けちゃったじゃないですかっ！！
というか、こんな個人レベルの案件のさらに確認するだけのために、あんな重鎮の先生呼んじゃったんですか、錆兎さんっ！！」
と、慌てだすしのぶの言葉に、代理人弁護士まで
「え？！！まさか桑島慈悟郎って…あの桑島慈悟郎先生ですかっ？！！！」
と、立ち上がった。
「…ええ、おそらくは…」
と、はあああぁあ～～～と大きなため息をつくしのぶに、
「うあああぁぁ～～！！」
と、頭を抱える代理人弁護士。
そんな二人の慌てっぷりに、真菰が
「まあ…桑島先生にとっては錆兎は小さい頃から知ってる親友の孫だから…」
と、苦笑。
マリだけが意味がわからずキョトンとしている。
そうして大御所は遅れて登場するとばかりに
「待たせたようですまんのう、皆の衆」
と、全員が直立不動で出迎える中、錆兎を後ろに従えて、弁護士桑島慈悟郎が悠々と部屋に入ってきた。
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