「私はぎゆうのお世話係してるから、気にしないでね」
とにこやかに宣言する真菰。
「だって錆兎がただの隣人で本来無関係っていうなら、私なんて同じ区に住んでいるってだけの隣人ですらないただの通りすがりだよ?」
と、返されて撃沈する。
まあこんな時間にいきなりぎゆうも一緒に入れる店の手配なんて無茶ぶりを聞いてもらっただけでなく、そのぎゆうの食事の用意までしてきてもらっているのだから、感謝することはあっても文句は言えない。
実におっとりとお行儀よく真菰がスプーンですくってやるエサをハクハクと食べているぎゆうを横目で見ながら、錆兎は諦めてマリに向き直るが、感情的にわめきたてる彼女の言うことを正確に理解できる気がしない。
いわく…彼女の両親が冨岡義勇の代理人の弁護士に陥れられて、逮捕されたということである。
どうやら亡き友人の息子のために、すべての物的証拠、証言その他を集めた弁護士は、それを元に警察に駆け込んで捜査を依頼したようだ。
「うちのパパはお金持ちなんですよっ?!
それで善意で引き取ってやった乞食の子に陥れられて、ありもしないあいつのお金を取ったなんて逮捕されるなんて、ひどすぎますっ!!」
と、そのマリの言葉で、少なくとも彼女は真相を知らなかったんだな…と、錆兎は知った。
「…それがもし事実だとして、赤の他人でただの隣人でしかない私に何を望んでいるんです?」
「…だって…他に頼れる知人なんていないし…弁護士に言いがかりをつけるのをやめろって言ってもらえないかと思って…」
と上目遣いに視線を向けるのは本当にやめてほしい。
だから何度も言うように、たまたま隣に住んでいただけで、本当に赤の他人の自分を頼ろうとすることがそもそもおかしいと何度も説明しているのに全然聞いてもらえない。
論破するのは簡単だが、下手に首を突っ込みすぎると粘着される恐れもある。
さて、どうするか……と、錆兎は考え込んで、結局さらに第三者を入れようと提案することにした。
「警察も証拠なしには動きませんし、弁護士が主張する根拠と言うのを見ずには何も言えません。
なので、冨岡氏の代理人の弁護士の主張をとりあえず聞くための場所を設けて、きちんと物的証拠と説明を求めたらいかがです?
相手が法律の専門家で言いくるめられるのが怖いというなら、どちらとも他人である私の知人の弁護士に同席してもらいます。
それで本当に横領があったなら、逮捕も仕方ないでしょうし、もし虚偽の訴えなら相手の弁護士を侮辱罪で訴えたらいいでしょう?
ただしもうこれきりです。
本当にこれ以上つきまとうなら私の方があなたをつきまといで訴えます」
「…その場には…鱗滝さんもいてもらえるんですよね?」
「ええ。もう仕方ないので立会人として付き合いますよ?
ただし本当にそれでおしまいです。
それ以上は必要なら弁護士は紹介しますので、勝手にやってください。
私も本当に赤の他人にここまで時間を割くほど暇じゃないんです」
そういうと、ぎゆうの口にエサを運んでいた真菰がぴたりと手を止めて、
「弁護士…しのぶちゃんでいいかな?」
と、お伺いを立ててくる。
まあ能力的には良い人選だとは思うが、この本質を見る目のない女子大生はおそらく錆兎が知る中でも群を抜いて優秀な弁護士なのだが若い女性であるしのぶの言うことでは納得しないだろう。
「ああ。一応一人だと意見が偏る可能性もあるから、あとは桑島老にお願いしてくれ。
丁重にな」
「了解。ちょっとお願いしてくるから離席するね?」
と、立ち上がりかける真菰に、錆兎は
「いや、個室だしここで構わないぞ。
俺も冨岡氏の弁護士とアポとるし、時間のすり合わせも今してしまおう」
と言って、自分もスマホを取り出した。
こうしてさすがに3人の弁護士の時間のすり合わせは難しく、しかし早急にということで3人ともたまたま今この時間なら勤務外だがと言ってくれたので、それぞれに特別に礼をするからということで、集まってもらうことにした。
こうして全員とアポが取れた時点で、
「あ~…桑島さんと話すのかぁ……緊張するな」
と、錆兎は大きくため息をつく。
そして念のため、
「これから冨岡氏の代理人の弁護士のほかに、特別にお願いして二人の弁護士に来ていただきます。
一人は若い女性ですが、旧帝大在学中に弁護士資格を取って次席で卒業したあと数多くの案件で勝利を勝ち取っている才媛で、もう一人はニュースとかでも話題になったような大事件の弁護団のトップを務めたことも多々あるような弁護士会の重鎮で、私の会社でも会社の社運を左右するような案件の時だけお願いしている方なので、本来はこんな個人的なことでご足労頂けるような弁護士ではないんです。
あなたはよほどの人間が言わないと納得しないと思うので、祖父が懇意にしている関係で今回特別にお願いして来ていただけることになったので、まかり間違っても失礼のないようにお願いします。
たとえあなたの望むような結果が得られなくても、ですよ?
弁護士は法に照らし合わせて罪の有無と罰の増減を交渉するだけで、白を黒にする人ではありませんからね?
それだけ権威と経験のある弁護士が黒と判断したら黒なんだと認識してください」
と、釘をさしておいた。
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