幸せ行きの薬_16_待ち伏せ

弁護士が訪ねて来て数日後…錆兎の巻き込まれっぷりはある意味すごかった。

本当なら冨岡義勇とはただの元隣人。
その従姉妹の角田マリとはただの隣人。
冨岡義勇の亡き父の代理人である弁護士なんて、一生相手を認識することもないくらいの人間だったはずだ。

弁護士からは冨岡義勇の行方不明当日の状況と、彼の伯母から聞いた話に関しての証言を頼まれて、さらに善意で預かっている義勇の荷物の保管の継続の依頼。

それだけでも隣人としてはかなり踏み込んでいる状態だが、ある日、錆兎が帰宅すると、いきなり彼の家の前で義勇の従姉妹マリに待ち伏せされた。

「鱗滝さんっ!助けてくださいっ!!」
といきなり抱き着かれそうになるのを手で制して、
「どういう事情かわかりませんが、不審者でもいるなら警察に通報しましょう。
警察が到着するまでは仕方がないので私も一緒にここで待ちますから」
と、善良な一般市民の義務の範疇を絶対に出ないように気を付けながら錆兎がスマホを取り出すと、
「そういう意味じゃなくてっ!!」
と、マリは地団太を踏んだ。


そして
「とにかく中に入れてくださいっ!!」
と言われて

「嫌です。プライベートに踏み込まれるのは迷惑です」
ときっぱり断ると、その場で泣きだされたので、

「管理人さんか親御さんに連絡を取りますか?」
と、やはりスマホで電話をタップすると、

「だからっ!!その親が大変だって言ってるじゃないですかぁっ!!!
と、ヒステリックに怒鳴られた。

いや、言ってないだろう?と心の中で突っ込みを入れる錆兎。
ポケットの中では義勇がぴるぴる震えている。


これは…逃げた方がいいのか?
でも相手が女性だと、ないことないこと言いふらされたら男の方は非常に不利になる可能性もある。
なので、錆兎は最近あまりに色々あるのでこっそり右ポケットに忍ばせている小型のICレコーダーのスイッチを入れつつ、

「つまり…ご両親に何かトラブルがあって困っているということですか?」
と聞くと、マリは泣きながら
「だから話をするため部屋に入れてください」
とうなずいた。


「それは困ります。
この時間に異性と密室に二人きりにはなりたくありません」
と言うと、またすごい形相で

「そんなにあたしが嫌ですかっ?!!!!」
と詰め寄られたので、錆兎は

「たまたま部屋が隣だっただけのただの隣人ですよ?
先日のつきまとい行為の時に言いましたよね?
これ以上迷惑行為を続けるなら管理人に苦情を申し立てると。
私は今まさにそれを実行しなければと思っているのですが?」
とはぁ~とため息をつく。


それにマリはきまり悪そうに
「でも…鱗滝さんしか頼れる人がいないんです…」
と口にした。

「いや、私は本当にただの隣人なので頼られても迷惑だし困るんですが?」
「男としてか弱い女性が困っているのを助けようと思わないんですかっ?!!」

「…挨拶を交わす程度の他人なので。そんなことを求められても困りますが…なんなら頼れそうな人を紹介しましょうか?」

「鱗滝さんのお知り合いですかっ?!」
と、根負けしたような錆兎の言葉に目を輝かせるマリ。

それに錆兎はスマホのアドレス帳から一人の連絡先を選び出して彼女に見せて言う。

「弁護士先生です。
ちょうどあなたの従兄弟の代理人らしいから、話を聞いてくれるんじゃないですか?」

もう最悪、相談料が発生するなら金くらいなら自分が払ってもいいと思って言ったのだが、それを見た瞬間、マリは

「そいつのせいで大変なことになってるんですっ!!!
そんな奴呼ばないでくださいっ!!!」
と、金切り声をあげた。

「あの…申し訳ないが声のトーンを抑えてくれませんか?
うちの猫が怯えるので」
と錆兎が言うと、
「鱗滝さんが家に入れて話を聞いてくれないのが悪いんじゃないですかっ!!」
とさらに怒鳴る。

ああ、これ通報かな…と思いつつも、何が起こっているのかは気になった。

なので、
「わかりました。
とりあえず場所を移しましょう」
と提案して、真菰に連絡。
レストランの個室を手配してもらい、タクシーでそこに向かうことにした。

マリはレストランでと言うと機嫌を直して快諾したが、
「鱗滝さんの車じゃないんですかぁ?」
ときいてくる。

それに自分の車に乗せたくはないと正直に言えばまたもめると思ったので、錆兎は
「食事中に私に一切アルコールを飲むなと?」
と、返すと、
「そうでしたねっ」
と、にこやかに言った。


帰りをどうするかわからない以上、交通の便は良いところが良いだろうと、真菰は繁華街の一角にある個室の日本料理店を予約してくれたようだ。

真菰の知人がやっているということで、お猫様も特別に入店可。
ただし店の前で真菰がゲージを用意しておくので部屋に入るまではそちらに居ていただくという条件で。
もう至れり尽くせりである。

店の前でタクシーを降りると、
「錆兎~!」
と真菰が笑顔で手を振っている。
それに錆兎が少し笑みを浮かべて手を振り返すと、横でマリがすごい顔をした。

「じゃ、ぎゆうはいったんこっちね。
すぐ出してあげるからちょっとだけ我慢して?」
と、ゲージを開けて当たり前にぎゆうを預かると、またマリがすごい顔をする。

「鱗滝さん、そちらはどなたですか?」
と、少し錆兎に身を近づけようとするのを、錆兎の方はさりげなく距離を取り、
「とりあえず中に移動しましょう」
と、真菰にアイコンタクトを送り、先に立って歩かせた。

こうして部屋に落ち着くと、錆兎はマリを奥の席へと促して、自分と真菰をドア側に。
真菰はと言うと、ささっとテーブルの上にいつものようにハンドタオルを敷いて、ぎゆうをゲージから出してそこに座らせる。

「ぎゆう、ご飯まだでしょ?
今日は手作れないから猫缶ね」
と、カバンの中から子猫用の猫缶と食べるのが下手なぎゆうようにスプーンを出した。

「みんな美味しいもの食べるから、今日はぎゆうも大好きな鮭の猫缶だよ~」
と、ぎゆうの頭を撫でながらにこやかに話しかけている真菰に、錆兎は
「その前に一応な、挨拶しろ、真菰」
と彼女に声をかけた。

そしてまず自分が
「彼女は私の公私ともに頼れるパートナーです」
と、紹介する。

その言葉に真菰は
「真菰ですっ。
錆兎とは誰よりも長い付き合いで、彼のことは誰よりも知っている家族のような関係の人間です」
と、にこやかにつづけた。

それにマリの顔が完全にひきつって、何か言おうと口をパクパクと開閉していると、錆兎は
「真菰、もういいぞ。ぎゆうに食事をやってくれ」
と、真菰に声をかけたあと、マリには
「今回はこの時間で店の中とはいえ異性と二人きりというのは好ましくないと思いましたので、もう一人同席させることにしました。
それではサクっと本題をある程度お聞きしてから食事をして解散しますか」
と、そう促した。



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