こうして作戦決行の前日、宇髄は今回の作戦の責任者である甲の津雲の泊まる宿にひょっこり顔を出した。
藤の家と呼ばれる鬼殺隊の協力者の宿に顔を出して来訪を告げると通された一室で、
「音柱様、何か御用ならこちらから出向きましたのに…」
と、津雲がずいぶんと恐縮して頭を下げてくる。
「あ~、そういうまどろっこしいのは今は良いわ。
それよりな、お前にちと頼みがあるんだが…
とりあえず、顔上げろ」
と、宇髄が手をひらひらさせながら言うと、津雲はおそるおそるといった風に顔を上げて
「頼み…でございますか。
宇髄様もご存じかと思いますが、私は明晩から下準備に数か月かけていた大型の作戦の指揮を執ることになっておりますので、それが終了いたしましたらなんなりと…」
と、少し困ったような顔でそう言った。
「いや、それが終了したらじゃなくて…その作戦にな、俺も混ぜて欲しいんだが」
「へ??音柱様を?!
総指揮を代わるという事でしょうか?」
「いんや、指揮はお前のままな。
俺は末端に潜り込みたいんだわ。
柱とか言わずにサクっときつねっこ達の班にな」
「あーーー」
3人揃ってキツネの面をつけて任務に臨む子ども達は柱周りのみならず、一部の隊士達の間でもなかなか有名だったらしい。
まあ、そうだろう。
犠牲者を出さない最終選別など長い鬼殺隊の歴史の中でも前代未聞だ。
それがそのうちの2人が試験会場のほとんどの鬼を斬り捨ててしまったためだと言うのだから、噂にならないほうがおかしい。
なるほど。
色々と評判の新米隊士を直に見てみたいということか…と、津雲は理解して、
「それならば、彼らと同じ行動班になるよう、手配いたします」
と、恭しく頭を下げる。
柱を一般隊士と共に仕切るなど恐れ多いことではあるが、本人が休暇中に少しばかりの気晴らしにということなら、当然戦力的にはこちらも助かるわけだし、問題ないだろう。
むしろ大きな作戦で何か不測の事態に陥った時に、鬼殺隊で最も優秀な隊士の1人で、現場の頂点である柱が控えていて下さると思えば、心強くもありがたい。
ということで、一ヶ月前ほど前から下準備をしていた作戦は前日に柱を1人加え、予定通り決行と相成った。
…なるほど、あれが噂のきつねっこか…
翌日、目立たぬようにいつもの派手な額当てを取り、髪を下ろし、こっそりと隊士達の列に加わる宇髄。
その視線の先にはまだ子どもと言っていい年の少年少女が居る。
中央にいるのは長めの宍色の髪が特徴的な少年。
髪色と同色の太めの眉と、その下の意志の強そうな少し吊り目がちだがくっきり大きな藤色の瞳が、まだ子どもらしさを残した愛らしい顔立ちながらも、しっかりと男らしい印象を与える。
唇の端から右頬に大きな傷痕があるが、顔の造作はたいそう整っていて、なによりも醸し出す雰囲気が圧倒的に負より正、闇より光だ。
以前、非番の炎柱にたまたま出会った時に連れていた長子の少年にどこか似た、いかにも良家で育った少年という印象を受けるが、炎柱の子よりはやや落ち着いて大人びたところがあるように思える。
なるほど、これに『大丈夫だ自分に付いてこい』と言われたならば、師範の元を離れたばかりで心細い選別参加者の子ども達は安心して付き従うだろう…と思える、どこか上に立つよう育てられた人間だけが持つカリスマ性のようなものをまとっていた。
その少年を中心に左右に立つ少女は、揃って目を引くほどに愛らしい。
両方華奢だが、右に立つ少女はどこかはしっこそうで、左はおっとり。
左側のおっとり系が隊服ではなく町娘のような着物を着ているということは、今回の作戦の囮役に選ばれたのだろう。
見た感じも本当に良い家で大切に育てられましたといった感じのぽわわんとした雰囲気で、剣士らしい空気が欠片も見えない。
それこそ傷ひとつない真っ白な肌に華奢な体格。
夢見るような大きな青い目で隣の少年を見上げてほわりと微笑む様子は鬼退治に参加する隊士には到底見えず、むしろ良家の子女の外出風景…いや、何かの絵物語に出てくる若武者と姫君のようだ。
少年の方も少女を見る目がずいぶんと柔らかく優しい。
それでも元水柱の元で修業してきたのだから、それなりの腕前なのだろう。
それをここまで完璧に隠せるのは、ある意味すごいと宇髄は感心した。
一方で右側の少女の方は、やはり少年とは親し気だが左側の少女とは着物と隊服という違い以上に、少年との関係性も性格もかなり違うように見て取れた。
どこかそつなく油断なく、寄り添う左側の少女とは違って、一緒に作戦を遂行する仲間…あるいは副官と言った感じだ。
そんな風に宇髄はきつねっこ達を遠目で観察する。
元忍者だけに忍ぶのは得意で意識して気配も消していたので、周りの隊士も宇髄のことを音柱と認識しているのは津雲くらいだったし、気づかれずに様子を見るなんて朝飯前のはずだったのだが、左右に愛らしい少女を従えたきつねっこの中の唯一の少年が、ふとこちらを見て、不思議そうに首をかしげた。
──錆兎、どうしたの?
と、花柄の羽織を着た少女がそんな少年に気づいてそう言いつつ少年の視線をたどってこちらを見る。
──…誰かいるの?
──…いや、気にするな。
と、少女の問いに首を横に振ると、少年は宇髄から視線を外した。
…なんだ、ありゃあ……
正直手が震えてどっと冷や汗を掻いた。
目立たず行動することに関しては絶対的な自信があったのに、あんな子どもに様子を伺っていることをあっさり気づかれた?
確かに元柱の愛弟子なのだから、普通の新米隊士とはわけが違う。
教わることのできる質も柱の弟子の継子と同等くらいのものだろうし、現役で任務についている柱よりも時間的に余裕のある引退した柱の弟子なら教われる時間も継子よりもずっと長く、むしろ継子よりも優秀な隊士に育っても不思議ではない。
だが、おそらく鬼殺隊一隠密行動に慣れているであろう宇髄に気づくあたりはもう、そういう次元の話を超えている。
…天才…そう、認識能力にかけては宇髄をも超える天賦の才の持ち主なのだろう。
こりゃあ、末恐ろしい麒麟児が入隊してきたもんだ!
派手におとぎ話の勇者並みだな!お姫さん付きの…
と、宇髄は内心舌を巻いた。
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