少女で人生やり直し中_13_狭霧山へ

──えへへ、3人揃って元気に戻ったら先生びっくりするかな?

最終選別の地、藤襲山から徒歩で汽車の駅まで。
そこから汽車で二駅も行くと、懐かしの狭霧山の最寄り駅だ。

義勇がこの駅で降りるのは前世では何度もあったが今生では2回目。
前回は3年ほど前、親戚の手から逃れるために決死の覚悟で飛び出した時だった。

前世の最終選別の帰りは記憶にない。
だが、錆兎を亡くして目の前が真っ暗で、自分だけ生き残ってしまって先生に会うのも怖くて、とにかく恐ろしさと不安と悲しさで埋め尽くされていたと思う。


それが今回、錆兎どころか真菰まで一緒に先生の元へ帰ることができるのだ。
それを思えばついつい声が弾んでしまう。

買った駅弁を帰りの汽車で広げると、当たり前に2対の箸が伸びてきて、義勇の弁当にポトンポトンと橙色の果実を入れてくれた。

甘酸っぱくて美味しい干した杏。
前世でも行きは一緒に汽車に乗った錆兎が義勇にくれたのだが、帰りにはそのことが耐え難いほど悲しい思い出になった。

だが、今、自分の分とは別に2つの杏が並んでいることで、今生では本当に大切な相手を失わずに済んだのだと実感できて、やっぱり涙腺が緩んでしまう。

それに二人して慌てて心配してくるので、

──…ふたっ…ふたりがっ…生きてて…嬉しいっ…
と、泣きながら訴えると、二人は一瞬固まって、それから義勇は本当に泣き虫だから…と、錆兎が頭をなで、真菰が涙を拭いてくれた。

その後、二駅ということで乗車時間はそう長くはないので慌てて食べる弁当は、涙でしょっぱいが幸せな味がする。

そうして当たり前に食べきれずに義勇が食べ残した弁当の残りは錆兎が食べ、義勇はお腹いっぱいで心もほかほかで眠くなってきたが、寝る間はなく駅に着いた。



3人で並んで改札を出ると、
──おぶされ
と、錆兎が当たり前に真菰の前にしゃがみ込む。

例の鬼に捕まれた時にひねった真菰の足首は鬼殺隊本部できちんと手当をしてもらって湿布を張った上でしっかりと固定されていたが、まだ長距離…しかも山道を歩くのはつらいだろうと判断してのことだ。

それに真菰は
「手当してもらったから大丈夫だよ。
背負うなら義勇をせおってあげれば?眠そうだし」
と通り過ぎようとするので、その真菰の羽織の裾をその義勇がつかんで引き戻す。

「真菰姉さん、おぶってもらって?
私は歩くから。
錆兎の隣を歩きたい……えっと……錆兎のお嫁さん…だし?」

どう説得していいのかわからず、少し恥ずかしいがそう言うと、錆兎は少し赤くなって、真菰は
「そっか、そうだね。義勇は錆兎のお嫁さんだったね。祝言もあげたし、選別超えて錆兎も甲斐性できたしね」
と、楽しそうに笑って素直に錆兎におぶさった。


男だった前世から義勇にとってお嫁さんという言葉は特別な意味を持っていたと思う。
死ぬ直前まで姉が幸せそうにその言葉を口にしていたためだろう。

そう、幸せを凝縮するとお嫁さんという言葉になると言っても過言ではない。
前世では自分が男だったのでそれが最大級の幸せな形だとしても他人事ではあったのだが、今生では自分は女で自分自身がそれになれるのだ。
しかもその相手が前世から大好きだった錆兎である。
幸せでないはずがない。

前世でうっかり死んでしまった最終選別さえ超えてしまえば、誰よりも強い錆兎は義勇より先に死ぬことなどそうそうないだろうし、その錆兎が結婚できる18歳まで生き続けてくれれば、晴れて錆兎のお嫁さん、この世で一番の幸せをつかむことができるのだ。

狭霧山に戻って先生に挨拶をして、自分達に合わせて作った日輪刀が出来てくるのを待つ…それはそんな幸せな未来への第一歩である。

そのための道のりを歩くことくらい、全然たいしたことはない。


真菰を背負う錆兎の羽織の裾をそっとつかんで、錆兎より半歩後ろをテチテチと歩いて進む。

本当なら山を駆け上って一刻も早く先生に無事を伝えたいところだが、錆兎が真菰をおぶっているので速足といったところだ。

「…錆兎…今回は迷惑かけてごめんね。どうしても腹が立った…けど、未熟だった」
錆兎の背で真菰が身を小さくして謝罪する。

「いや…真菰が飛び出さなければ冷静さを欠いて飛び出したのはたぶん俺だった。
真菰が先に飛び出したから俺は逆に冷静になれたんだ。
あれは確かに腹が立つ」

「…うん……鱗滝さんに…あの鬼のこと、言う?」
「…そうだなぁ…でも先生は匂いでわかってしまうから…」
「…うん……」

そういえば出ていなかった結論を考える時間が出来て、今更ながらにどこまで伝えるか悩む狐っ子達。

「…嘘は言わない。でも言わないことはある…というのが良いのかもな」

しばらく考えて錆兎が言った。

「あの強い鬼にはあって、今までの兄弟子たちは皆あの鬼に喰われたという話は聞いた。
あの鬼がわざわざ面を目当てに兄弟子たちを殺したということは言わない。
ただ、面で先生の弟子だということはわかったのだということは言う」

なるほど!それは名案だ、と、真菰と義勇は同意した。
さすが錆兎だ!と、義勇はこれまで何度も思ったことをまた改めて思う。

不思議なことなのだが、前世でも錆兎は強くて優しくて賢くて完璧だと思っていたが、今生ではさらに強くて賢い。
剣の腕にしても前世よりもさらに数段あがっているように思う。

今生では義勇は前世とは体や筋力が違うので鍛えられる範囲も当然違って、前世には到底及ばない腕である自覚はあるが、実際に鬼殺隊に入って柱にまでなったので知識は当然そのままある。

その柱を経験し、強い者を見てきた身から見ても、今の錆兎の剣技は見事なものだと思う。

あの手鬼を前にした時も、他の鬼と比べた時の相対的な強さで相手が強いと判断したわけだが、実戦経験の乏しい自分との強さの違いについて図ることができていなかっただけのように思う。
いま、こうして一度その強さの鬼を倒したあとに、もしもう一度同じ強さの鬼が出たとしたら、今生の錆兎はきっと義勇の補佐がなくともそれを軽く倒せるだろう。

前世でも強かった錆兎が、今生では数倍は強くなっているのは、男であることにこだわりを持つ彼の周りにいるのが女ばかりで、それを守らなければと強く思って鍛えたからなのかもしれない。

同性と一緒に育って相手に負けるまいと思うより、異性と一緒にいて相手を守ってやらねば…と思うほうが、気持ちが強くなる性格なのだろう。

そういう意味では義勇が女になったのは、正解だったように思う。


義勇自身はと言うと、結局錆兎が生きていてくれさえすれば、自分の性別などどうでもいいのだ。
義勇もまた、錆兎に勝ちたいわけでも追いつきたいわけでもなく、ただ共にありたいだけなのだから…。


錆兎と真菰が手鬼のことをどこまで鱗滝先生に話すかを相談している間、義勇は黙ってそんなことを考えていた。
最終選別の帰り道、こうして錆兎が生きて話をしている、それだけで幸せを実感できる。


しかも…真菰と話しながらも錆兎は無言の義勇にも気づいてくれていたようで、

「義勇、さきほどから無言だけど大丈夫か?疲れたなら少し休むか?」
などと気遣ってくれるので、なんだか頬が緩んでしまった。

「えっとね…これからのこと考えてた。
錆兎は強いからきっとすぐ柱になるなぁって」
ムフフとそう言って笑うと、義勇は気が早いなぁと言って二人も笑ってくれる。

そう、二人が生きて笑っている。
それがこんなにも嬉しい。

すごい、すごい、すごい。

これからもずっと一緒に生きていける。
今生での自分は女だから、祝言どころか、いつか錆兎の子どもだって産めてしまうかもしれないのだ。

そう思ったら未来は幸せに満ちている気がする。


笑顔で登った狭霧山のてっぺんでは、天狗の面をつけていても笑顔だとわかる先生が手を広げて待っていてくれた。

「先生、先生っ!!戻ってきたよっ!!!」
と、もうそこからは真菰も錆兎の背から飛び降りて、3人で師匠の腕に飛び込んでいく。

「よく帰ったっ!3人とも!!!」
泣きながら笑う先生。

ああ、そうだ。
前世からずっとこれを望んでいたのだ。

笑顔の帰還。
1人だとすっぽりと入ってしまう鱗滝先生の腕の中は、3人では本当に狭くて押し合いへし合いだが、それがいい!!


それから3人は先生の用意してくれていたご飯を食べて、風呂はさすがに分かれて入ったが、夜は今生では初めて全員一緒に布団を並べて寝た。

真菰と義勇で先生を囲んで、義勇の反対側の隣に錆兎が寝る。

今生では女だったためずっと真菰と二人で並んで寝ていたので、錆兎とこうして並んで寝るのは前世ぶりだ。

寒い寒い狭霧山だというのに、その夜の鱗滝邸はとても暖かかった。
前世では冷たかった布団が、今生では温かい。
きっとこの先の人生も同じくだろう。

こうして最終選別を終えて、3人は刀が届くまではまた、狭霧山での生活を満喫することになる。







0 件のコメント :

コメントを投稿