こうして血のついた服を脱いで体を洗い、仁の服を着てさっぱりした青年は震えながらも東屋のベンチで休んでいる。
──なあ、宇髄…
二人していつでも飛び出せるように海岸の方を睨むように見ていると、唐突に錆兎が口を開いた。
──例の化け物な…
──おう。
──たぶん武器じゃ倒せない
──…っ?…お前…正体知ってんのか?
飽くまで隣にいる互いにしか聞こえないトーンで淡々と話していたのだが、わずかに錆兎の視線が揺れた。
ああ、そうだ、あれは義勇から今回の招待について聞いた日の前日に見た夢に出てきた化け物だ。
洞窟で壁画を見た時に何故気づかなかったのだろう…と、錆兎は思う。
錆兎は敢えて他の注目を浴びないようにとまるで世間話でもするかのようにわずかに笑みさえ浮かべて続けた。
──…第六感とか虫の予感とか本当はあまり信じていないほうなんだが…
──…ああ?
──ここに来る前、夢で見た。
──夢?
──ああ。なにか気味の悪い緑色の腕が長いバケモノと戦っていたんだが、急所に突き入れて頭割っても生きてた
──マジか…
──ん~。ただの夢にしては特徴一緒すぎてな…
打ち明けられた宇髄の方も本来はその手のものは信じない主義だが、上陸する前から自身もこの島に対して底しれぬ嫌な空気を感じていたので、否定しきれない。
むしろこうやって得体のしれない化け物について色々聞いてみて、ストンと納得できてしまうものがあった。
しかし納得できたからといって、解決策が浮かぶわけではない。
万が一、錆兎が言うことが本当だったとして武器で倒せないとしたら、見つかったら最後ということなのだろうか…
今日漂着して、もしこの漂流が故意でクルーズ船側が隠しているとしたら、宇髄家にしても渡辺家にしても救助に動くのは今日の午後以降。
そうするとここに辿り着くのは最速でも明日。
遅ければそれこそ一週間くらいかかる。
幸いにして先程までの話だと錆兎達の他は一般人だ。
巻き添えにしてとことん追求すると考えられるのは、ターゲットの善逸の保護者である桑島老を除けば、渡辺家と宇随家…それに煉獄家くらいだ。
もし敵側が化け物をコントロール出来ているとすれば、そのあたりで囲んでいれば義勇も巻き込まれずに済むはずだが、果たしてコントロール出来ているのかもわからない。
さらに言うなら、善逸を守る不死川を見捨てるわけにも行かないので、最悪の場合は宇髄と煉獄に義勇を預けて自分はサバイバルだ。
武器で倒せなければ何かで拘束して動きを封じて逃げるくらいしか出来ないのか…
まあ自分と宇髄あたりなら持久力もあるしそれも一つの手だが…もし善逸を狙って追ってくるのなら、一緒に逃げなければならないことになるであろう善逸は、そこまで体力が続くとは思えない。
最悪抱えて走らないとならない。
それは錆兎でもなかなかキツイ。
「…我妻は…無事に帰ることができたなら、護身術まではとにかくとして、少しばかり逃げ続けられるように体力作りが必要かもな…」
もう今回は仕方ない。
そう割り切りつつも、これが最後になるわけではないだろうということで、錆兎がため息交じりに言うと、
「あ~、そんなら俺と煉獄は毎朝筋トレとランニングしてるから、一緒に鍛えてやってもいいぜ?」
と何でもないことのように言って宇髄が笑う。
そんな二人の様子は傍から見ると和やかに雑談中に見えるだろう。
錆兎は敢えてそう見えるようにぎりぎり気を張っているのだが、宇髄は別にそういうわけでもなく、極々普通に余裕で構えているようにみえて、すごいな…と感心するも、それを口にしたら返ってきた言葉は、──何言ってやがる。俺からするとお前の方がとんでもなく平静にみえるぜ?…で、互いにそう思っていたらしい。
結局のところ、2人とも周りに弱みを見せるなと幼少時から叩き込まれて育った旧家の跡取りのど根性と言ったところのようだ。
ともあれ、ゆっくりもしていられない。
「そうだな。あとで実弥に提案してやってくれ」
と、宇髄の提案はそう流しつつ、錆兎は遠い未来より、目前の危機に目を向けることにする。
そして
「それはそれとして、そんな未来を迎えるにはまず、武器攻撃が通じないかもしれない化け物相手にどうするかだよなぁ…」
と、最終的に錆兎が口にした時…
──あのぉ…そのことなんですがぁ……
と、いきなり聞こえてきた声に、錆兎は宇髄と二人、驚きのあまりあげそうになる悲鳴を飲み込んで、後ろを振り向いた。
え?ええ??気配に敏いはずの二人なのに全く気配に気づかなかったっ!!!
驚きに鋭くなる視線に、後ろに控えていた3人組は、こちらは、ヒィィッ!!と、素直に小さな悲鳴をあげて一歩後ずさる。
そう、そこに居たのは銀狼寮の寮生3人組である。
…すみません、すみません、モブの分際でお二人のお話の邪魔をしてすみません!!
頭を抱えながら謝罪の言葉を繰り返す3人。
宇髄はまだ驚きのあまり3人をガン見したまま固まっているが、錆兎はそこは彼らの寮の寮長だ。
「いや、何かあったのか?」
と、なんとか穏やかな笑みというものを貼り付けて尋ねた。
すると、やはり自寮の寮長ということで敬意のような気持ちを持っているのだろうか。
ホワァァとキラキラした目を向けてくる3人。
…錆兎、まじ寮生に好かれてんなぁ…
と、その3人の様子に隣でつぶやく宇髄。
そんな中、
「あ、あの…もしすでに色々考えていらっしゃったら、本当に余計なことで申し訳ないんですが…」
と、3人の中の1人、錆兎と同じ小屋の寮生、茂部太郎がおそるおそる錆兎を見上げて口を開く。
「お、俺ら話してたんですけど、ゲームとかだと、結構昼間のアレが敵の倒し方とかだったりするよなって……いや、ゲームと現実は全然違うってわかってんですけど…」
「…昼間の……アレ……」
言われた言葉を繰り返しながら、錆兎は脳内でその言葉を消化する。
昼間…ドーム内で見た壁画…か…
「「それかっ!!」」
宇髄と顔を合わせてそう叫ぶと、錆兎は
「偉いぞっ!よく思い出してよく気づいたっ!!
さすが銀狼寮の寮生だっ!!
モブなんて謙遜することないぞっ!」
と、くしゃくしゃと3人の頭を交互に撫で回したが、3人は嬉しそうにしながらも、自分達はモブ…しかも無害で目立たない白モブでいるのが好きなのだとおかしな主張するので、
「そうか~。じゃ、お前たちは白モブ三銃士だなっ!」
と、なんとなくノリでそう言うと、なんだかとても喜ばれた。
その後、そこで錆兎がスマホを持ち出して、壁画の検証を始める。
壁画は5枚。
スマホで写真を撮った入り口から向かって右の絵から順番に…
1. うっすらと黒い影が浮き上がっているピンポン玉くらいの大きさの真っ赤な円形の石の絵
2.その赤い石のようなものからさきほどの緑の化け物が赤い何かに包まれて飛び出してきたような絵。
3.緑の化け物に人が食われている絵
4.人間を追い回している緑の化け物の前に立ちふさがるように飛ぶ蝶の絵。
5.腕を振り上げた緑の化け物に無数の蝶が群がっている絵
「…これ…普通に考えると、赤い石から化け物が生まれて人を喰って、さらに人間を追い回してたところに人間を助けに来た蝶に倒された…とか、そういう感じっすか…」
と、3人組が話し合って最終的に錆兎にそうお伺いをたててくる。
「…確かに…。
俺、なんであそこから音が出るようになってんのか気になってたんだが、もしかしてあそこに倒し方が記されてるって知らせるためじゃね?
確か幼馴染3人組が蝶塚みつけたって 言ってたし、それ正解な感じか?」
と、宇髄もそう言葉を添えた。
蝶塚だけではなく、そう言えばこの島はあまり動物はみないが、あちこちにひらひらと蝶が飛んでいる。
それが化け物を倒すキーなのか……
と、そんなことを考えていたときだった。
「…来たかもしれねえぞ?」
と、宇髄がクンと鼻を鳴らして海岸方向の荒縄のあたりで待機している大学生二人組の方に駆け出した。
シュタッ!と宇髄が何本も持ち歩いている宇随家に伝わる小さな刃物…いわゆる苦無を構える。
その視線の先の草むらがわずかに揺れた。
宇髄は本当に気づくのが早すぎだろうっ!と思いつつも、錆兎もナイフを手に警戒を強める。
暗い森の中で巨体から伸びたアンバランスに長い腕がガサガサと草むらをかき分けて近づいてきた。
「白モブ三銃士、1人は全員にいざとなったら退避できるように荷物をまとめて置くように伝えろっ!
あとの二人はまだ待機っ!
化け物が荒縄を超えてくるようなら、さらに1人が全小屋に退避のために東屋集合の伝達っ!
残り1人はその後のイレギュラーのためにさらに待機。
実際の退避の指揮は俺が取るから同行しろ!」
錆兎の指示に、らじゃっ!と仁が抜けて駆け出していく。
「あ~最悪俺が引きつけて引き受けるけど、うちのゴリプリよろっ。
まあ奴は足手まといにはならねえけどな」
と、それに宇髄が軽く手をあげた。
「それじゃあ俺らは戦いとかには邪魔だと思うから連絡係かな。
他にも何かできることあれば指示してっ」
と、大学生組は勇敢にもそこで協力する旨を口にする。
そんなやりとりを口早に交わしている間も、謎の巨体はズルリ、ズルリ、と、近づきつつあった。
フシュー、フシューと声だか息遣いだかが漏れる口からは、茶色く変色した血をこびりつかせた牙と、長細い赤い舌がのぞく。
生臭い匂い…
近づいてくるほど高まる悪寒。
この島にたどり着いた時に感じた漠然とした不安はまさに目の前の存在のために湧き上がったものだったのだ…と、錆兎は思う。
プシュッ!プシュッ!と宇髄がその眉間にあたる部分に苦無を投げるが、突き刺さった衝撃で一瞬足が止まるものの、すぐ何事もなかったように進んでくる。
ずるり…ずぅるりと敵が進む分、いざとなった時に退却できるよう少しずつ後ずさる宇髄。
そうして荒縄まであと1mほどに迫ったあたりで伸ばされてくる長い腕。
長く鋭い爪は血で染まり、抜けた人間の髪のようなものが絡まっている。
その様子にこの化け物と対峙した大学生組の1人が喰われた図を想像したのだろう。
大学生組の1人が青ざめて後方に駆け出していくと、どうやら戻しているような声が聞こえた。
よどんだ緑色の顔に2つ開いた穴には眼球はなく、暗いのもあってよく見えないのだが、ただ穴が開いているだけのように見える。
そうして移動しつつ前方に伸ばした手は、しかしちょうど荒縄の位置で止まった。
まるでそこに壁でもあるように、髪が絡みついて血だらけの赤い手で虚空を撫で回していたが、やがてそこを叩きつけるように、手を前後に振る。
すると不思議な事に何もないはずの場所から、固いものを叩いたように、バン!バン!と音がした。
そこで宇髄が少し肩の力を抜いて
「やっぱ…これって結界っぽいよな?」
と、息を吐き出して言う。
それに錆兎も
「…みたいだな……。
とりあえず、様子見か…」
と、大きく息を吐き出した。
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修正漏れ報告です。「香が言うことが」←おそらく香ではなく錆兎かと…ご確認ください。(;'∀')💦
返信削除ご指摘ありがとうございます。
削除修正しました😊
化け物が出てきても、冷静な錆兎、本当にカッコいい!
返信削除ありがとうございます✨
削除護衛系の家系に育っている設定なので、気味が悪いとか怖いという感情がないわけではないけど、それとやるべきこととは切り離せる少年です😁