最後に意識があった時は、身体が雨でずぶぬれになっていて、とにかく冷たくて寒かった。
そこにいきなり現れた鬼は見た目は怖そうだったのになんだか優しい不思議な鬼である。
手にした羽織はわずかに血がついていて、なんだか慈しみに満ちた目でケホケホと咳き込んで逃げる事もできない義勇を見ているその鬼には不似合いな気がした。
刀もないどころか体中冷え切って逃げる事もできなくて、ああ、もうここで鬼に喰われて人生を終えるのかと覚悟した義勇に、守ろうと思っていた相手が死ぬのを見るのは嫌だからと、捜しているであろう相手が見つけられるあたりまで送ってやると言って、いきなり抱き上げられて運ばれることに…
なんだかあまりに優しいので帰って切ない気分になり、相手が鬼だという事を忘れて、もう守ってくれる相手には見捨てられたのだと泣きながら訴えると、鬼は少し考えて、相手がそう言ったのか?と尋ねてくる。
そこで義勇は考えた。
錆兎は…口に出してそうは言ってない。
…では、態度に出されたのか?
…態度にも出してない…と思う。
…それなら何故そう思った?
…可愛い女性と話してたから……
その返事に鬼はたいそう複雑な表情をして
──貴様…焼きもちやきの新妻みたいな面倒な奴だな…
と言うと、はぁ~とため息をつきつつ続けた。
「絶対に相手は今頃必死に捜しているぞ。
非常に不本意だが俺が保証してやる。
絶対に相手の方が涙目だ…」
何故だかその言葉にひどく安心できてしまって、義勇はこんな時だと言うのに眠ってしまったらしい。
気づけば温かい布団の中だ。
でも布団は温かいのになんだか寒い。
ふるりと身を震わせて、寒いと泣けば、
──…これで少しは温かいか?
と、心地よい体温にくるまれて、ホッとする。
──お前はほんとうに仕方のないやつだ…
と、降ってくる言葉とは裏腹に声音が優しい。
──…家飼いの小鳥や子猫じゃないのだから、驚いて逃げるにしても知らぬ道を行くんじゃない…
と、それに続いてかけられる言葉も、なんだか優しい響きを感じて泣けてきてしまう。
それにやや慌てたように
──ああ、もう泣くな。可愛らしさに負けてそんな風に甘やかしてきた俺が全て悪かった
と、目尻に寄せられる唇の温かさ。
──俺は昔からお前に泣かれるのに弱いんだ。知っているだろう?
と、やや自嘲気味にこぼされる言葉に、ああ、そう言えばそうだったかも…と、義勇はぼ~っと思い出した。
義勇は何でも錆兎が一番ではあったのだが、義勇が何か要望すればたいていは譲ってくれたし、それでもだめで泣き出すまでいけばかなり無理な願いでも聞いてくれた気がする。
そうか…もしかして泣けばずっと一緒にいてくれるんだろうか…
もともと錆兎のように男としての矜持になどそれほどこだわりがないし、それで錆兎がずっと一緒に居てくれるなら、大切にしていたとしても投げ捨てられる気がした。
義勇はくすんくすん泣きながら添い寝をしてくれている錆兎の胸板に頭をすりつけて言う。
──いやだ…ずっと一緒にいてくれなきゃやだあ……
あれ?と自分でも思う。
もう少しちゃんと言うつもりだったのだが、頭がなんだかぼ~っとしているせいだろうか…
なんだか子どもが駄々をこねているような言い方になった。
錆兎もなんだかびっくりしたようで、頭を撫でていた手が一瞬ぴたっと止まったが、すぐ
──一緒にいるだろう?お前の身を守ってやれるから俺は柱になったんだぞ?
と、こつんと額と額をくっつけて言う。
…え?……と今度は義勇がびっくりした。
「…おれの…ため?」
「そうだ。柱になれば家だって持てるから一緒に暮らせるしな。
継子にしてしまえば俺の目の届かない任務に連れて行かれることもない。
お前も男として生まれたからには家族を殺した鬼を1体でも多く倒したいだろうが、俺が助けてやれないところにやるのは怖いからな」
「…俺と…一緒に暮らしたい?」
怖くて聞けなかったことを念のため涙が出ている状態で聞いてみると、
「当たり前だろう」
と、ぎゅうっと抱きしめられて心の底から安堵する。
それでも念のために
「…真菰…さんが一緒に暮らすようになっても?」
と聞いてみると、
「へ?なんで真菰??
あいつとそんな話してたのか?」
と、寝耳に水と言った感じに目を丸くされた。
嘘をついているようには見えないことに少し安心して、
「だって…仲良さそうだったから…。
俺に紹介したいって、そういうことかと……」
と、続けると、錆兎はやっぱりよくわからないと言うような表情で
「そりゃあ…姉みたいなもんだからな。
義勇だって姉が生きてたら俺に紹介してくれようとしないか?」
「…あ……」
言われてみれば姉さんが生きていたら真っ先に錆兎に紹介…というか、錆兎を紹介したいと思う。
義勇が納得したことがわかったのだろう。
「真菰に義勇を自慢したかった。
俺はずっと義勇と生きていくつもりだったから、そういう相手のことを姉には紹介したいだろう?」
「うん…」
「第一な、真菰は俺とは一緒に住まないぞ?
あいつは鬼殺隊を辞する時が来たら狭霧山に戻って鱗滝先生と住みたいそうだから」
「…そう、なのか?」
「ああ、昔っから先生を独り占めしたい奴だから、俺には里帰りはしても良いけど終の棲家と相手は他の場所で探せって言ってるし」
なんだ…そうなのか……
安心するとなんだかまた眠気が襲ってきた。
そして、
…さび…と……好き……大好き……
なんとかそれだけ口にすると、義勇はまたふわふわとした眠りの世界に落ちていった。
…あ…真菰のこと思い出したってことは……もしかして、記憶戻ったのか……
という錆兎の言葉が遠くに聞こえて、ああ、そう言えば…記憶がないってことは真菰のことを知らないはずだから、そうなってしまうのか…と、一瞬、しまったかな?と思ったが、まあなんとかなるだろう…
義勇にとって錆兎が全てなように、錆兎にとってもちゃんと義勇が一番のようだから……
それさえはっきりしているならば、あとはきっと大した問題ではないのだ。
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